【読み切り】不運なアシェリー

天川 七

不運なアシェリー

 騎士・魔術師・商人・冒険者──……この世界はさまざまな職種で溢れている。だが、誰もが望む通りの職業につけるとは限らない。人にはそれぞれ適性職業と呼ばれるものが存在し、そこから自分の職業を決めるのが一般的な流れである。


 ところが、ごくまれにその中にとんでもなく不運な職種を背負う者が現れることもあるのだ。



「ぜんぜいぃっ、嘘だと言ってぇっ!」


「う~ん、そう言われてもこればかりは個人差だからね。僕の授業を受けていたなら当然知っているだろうけど、適性職業はあくまでもそれがおすすめってだけで、必ずならなければいけないわけじゃない。だから、そう気を落とさずに」


 ぽんと肩を叩かれて、アシェリーはこげ茶色の瞳を涙に滲ませて、古代魔法の教師、バンスを見上げた。しかしその青い瞳は微笑んでいるのに明後日の方向に向けられている。


「目を逸らしてるぅ!? バンズ先生だって、あの時言ってたじゃないですか! 『適性職業はなるべく選んだ方が得だよ』って! それ以外の職業を選んでも上手くいかない方が多いからってぇっ!!」


「そんなことも言ったような……言ったような?」


「絶対覚えてますよね!? だずげでぇっ、ぜんぜいぃぃっ! 適性職業が一つだけしかないのに、これはあんまりだ~」


「お、落ち着こうか、アシェリー君? 君には付加魔法だってあるだろ? そちらを伸ばせば」


「五分しか持続効果がないのに意味ないですよ! 武器や防具にいくらかけても、下手をすれば町から出発する前に効果が消えるんです! 使い道があると思いますかっ?」


 アシェリーはぶわっと両目から涙を零しながら、椅子に座りながらのけぞり気味のバンズの胸元を逃がすまいとわし掴む。相手はさりげなさを装ってアシェリーの両手を剥がそうしてくるが、そこには全力でNOを突き付けて、女らしさを丸投げして号泣する。


 だって、どうすればいいの? こんな適性職業では両親をがっかりさせてしまうだろうし、弟にも馬鹿にされる。なんで私の適正だけ……っ!!

 

 その時、バンッと扉が開かれて、つかつかと足音がしたかと思えば、思いっきり身体を横に押された。


「ちょっとあなた! 面談に時間をかけすぎよ。さっさと終わりにしなさい。次はこのあたしの番なんだからね」


 堂々と胸を張って横やりを入れてきたのは、いつも取り巻きを連れているエミリだ。きつい顔立ちには華があるが、その性格と家柄から同性には嫌煙されがちなクラスメイトである。


 癖のある緑色の髪を手で払いながら水色の瞳がきつく睨まれれば、黙って引き下がる子ばかりだろう。クラスに埋もれるほど平凡なアシェリーも本来なら早々に目の前から逃げ出す相手だ。


 しかし、今は自分の将来がかかっている。嗚咽を漏らしながら、アシェリーは普段なら絶対しないだろう行動を取った。


「うっうっ……ごめんなざい。でも、もう少しだけ待って。まだ先生に相談が……」


「あたしの貴重な時間を無駄にしないでくれる? だいたいなにをそんなに泣いて……うわぁ、悲惨! あなたってそんなお粗末な職業しか適正が出なかったの!?」


「勝手に見ないで!」


 右手から結果の書かれていた紙を抜き取られてしまう。そして、それを上から下まで流し見られて鼻で笑われる。


「ぷっ、キャンディー職人だけしかないなんて、どれだけ不運なの? 本当に信じらんない! あたしの適正を見せてあげる。ほら、魔導師、白魔導師、召喚師の適正だってあるの。あたしの未来は明るいことが約束されているけど、あなたの未来はお先真っ暗って感じ。可哀想だから、あたしが白魔導師になった暁には、キャンディーが売れずに苦労するだろうあなたから一度くらい買ってあげる」


「エミリ君、勝手に人の職業適性を覗き見るのはマナー違反だよ。それに、言い過ぎだ」


「先生こそ、こんな子に時間を割く暇なんてないのでは? あたしのお父様がどれだけこの学園に寄付しているか、ご存じですよね?」


「……アシェリー君、君の適性にも必ず意味があるよ。自分の可能性を信じなさい。──明日の放課後、ここで君を待ってる。じっくり話そう」


 エミリの言葉には先生も逆らえなかったのか、アシェリーを慰めるようにそう言うと、そっと囁かれながら背中を押された。エミリは勝ち誇った顔をして、しっしっと手で出て行けと示される。


 アシェリーは唇を噛みしめて、自分の職業適性が書かれた用紙を胸元に押しつけるように隠しながら足早に廊下へ出ると、悔しさに歯ぎしりしながら涙を拳で拭う。


 ──いくら名門貴族の令嬢だからって、あれは酷過ぎるよ! ……私だって、やればできることを証明してやる! 


  アシェリーのなけなしの負けん気に火がついた。



******



 翌日の放課後、アシェリーは一つの野望を胸に生徒指導室のドアを開いた。


「バンズ先生、私に知恵を下さい!」


 コーヒーの香ばしい香りを突っ切るように、椅子に座りながら振り返ったバンズ先生の前に立つと、バンズは目を丸くして、アシェリーを見上げた。驚きを飲み込むように青い瞳が瞬くと、甘い顔立ちに笑みが浮かぶ。


「これはまた突然だね? どういう心境の変化かな?」


「前向きに自分の適性職業と向き合うことにしたんです。キャンディー職人になれっていうならなってやりますとも! ただ、私にはそれを使ってどういう方向に商売を広げればいいのかがわからないんです。だから、協力してくれませんか? バンズ先生はもともと冒険者だったって聞きました。先生なら私が知らない方法がわかるんじゃないかと思って」


「なるほど、君より七年分長く生きてる人生経験を買われたってところか」


「お願い出来ますか?」


 アシェリーは緊張に胸をどきどきさせながら、返事を待つ。バンズは両手を腹部で組んで、鷹揚に微笑む。


「いいとも。教え子の頼みなら、いくらでも僕の力を貸そう。さっそくこれからの話をしようか。君は自分自身のことをもっと深く知るべきだと思うよ」


「どういうことですか?」


「たとえば君の付加魔法について、なぜ持続時間が五分しかもたないのか、気にならないかい?」


「そう言えば……諦めただけでそこまで考えなかったです」


「そういうことを一つ一つ調べていけば、新しい道が見つかるかもしれないよ。根気のいる作業になるけど、アシェリー君はやり通せるかな?」


「自分の不運を嘆くより幸せになる方法を探したいから、どんな苦労にも負けません!」


「その言葉を信じるよ。それじゃあ、さっそくやってみようか。君の可能生を一緒に探し出そう」


「はいっ、よろしくお願いします、バンズ先生!」


 アシェリーは希望に目を輝かせて、意気ごみながら明るく返した。



******



 ガランビラ国・首都センスワンにその店はオープンした。その名もマジックキャンディー専門店【グラトゥーナ】古い言葉で『幸運』を意味する。その店はわずか三カ月という驚異的な期間で、冒険者達の御用立つ店として早々に名を上げていた。


 ガラス作りの扉を冒険者のチームだろうか三人の男女が揃って扉を押し開く。シャラシャラと扉の上に備え付けられたベルがお客さんの訪れを店員達に知らせる。


「いらっしゃいませ!」


「三名様のご来店で~す」


「ようこそお客様!」


 双子の男女の店員達が楽しげに声を出し、カウンターの中では店長であるアシェリーがにっこり微笑んでお客さんを出迎えた。


 実はバンズに協力を頼んだ日から、アシェリーはその指導の元で卒業間近まで自分の能力について研究し、ついに自分の付加魔法がキャンディーを使うことに特化していることを発見したのである。


 付加魔法のかけられたキャンディーを食べた人間には、長時間の付加がつけられるのだ。持続時間は最大で一時間。武器や防具につけたものなど比べ物にならないほどその時間は伸びたのである。これは国の中でも滅多に存在しない能力だった。


「実はオレ達初めて来たんだけど、付加魔法がかけられたキャンディーってどれだ?」


「当店のキャンディーはすべてそうですよ! こちらのピリッと辛いキャンディーは攻撃力強化、す~っとするミントのキャンディーは異常効果防御、甘いレモンキャンディーは速度上昇なんていうのもあります」


「全部そうなのか!? あんた、なかなかやるな!」


【そうでしょうそうでしょう! ここにおわず我等がアシェリー店長が全て作ってるんですよ】


「いやぁ~照れちゃうよ」


 双子のラキナとロキスがそっくりな顔を誇らしげにして、両手をアシェリーに広げて見せる。


 アシェリーは照れながら意味もなく髪を触った。在学中はまさかこんなに立派なお店を持てるなんてちっとも思っていなかったし、可愛い店員に慕われる未来だって想像したこもなかった。


 わざと注目を集めさせる派手な演出に冒険者達が顔を見合わせて驚きをあらわにする。


「あんたが店長なのか!? レイモンドさんに話だけは聞いていたけど、まさかこんな女がなぁ……てぇっ!?」


「店長さんに失礼でしょ! 本当にごめんなさい。こいつデリカシーってもんがまるでないから」


「ちょっとお馬鹿なだけで、悪意から出た言葉じゃないんです!」


「私だからいいけれど、プライドの高い店長さんだと怒りますよ。今後は気をつけること! でも、今回はレイモンドさんのご紹介ということだから、お試し割引きでしちゃおうかな?」


 アシェリーは駆け出しの冒険者を大人らしく窘めてから、サービスすることにした。S級冒険者のレイモンドにはバンズの伝手もあり、お店を立てる前から試供品を試してもらったり、周りの人に配ってもらったりと何度もお世話になっている。


 こうして新しいお客さんまで紹介してくれるなんて、ありがた過ぎて信仰心さえ芽生えてしまいそうだ。


 アシェリーの太っ腹な申し出に駆け出し冒険者達は素直に喜んでくれた。


「いいの!? じゃあ、あたしはこのキャンディーセットにするよ」


「いい選択だね。それなら僕は防御力上昇って書いてあるから、紅茶キャンディーを十個買おうかな」


「オレは辛いやつな!」


「お買い上げありがとうございます。ラキナ、ロキス、お支払いの確認をお願い」


【はいっ、アシェリー店長!】


「おい、ものを間違えるなよ?」


【失礼な! 我等にお任せあれ~】


 声をぴったり揃えて二人が飛ぶような勢いでカウンターに駆け込む。冒険者の子達とも年齢が近そうだし、いい友達になれるかもしれない。微笑ましいやり取りに微笑んでいると再びベルがシャラシャラと鳴った。


「いらっしゃい──……」


「へぇ……質素な内装だね。こんな小さな店に魔法のキャンディーなんて本当にあるの?」


 鼻につく高慢な口調と露出の多い服に白い杖を持った白魔導師の女性が、四人の男性をひきつれて店に入ってきた。見た覚えのある顔に、アシェリーは驚きに言葉を失う。まさかこんなに早くこの店を作るきっかけとなった彼女に再会しようとは。


 アシェリーの気も知らずに、エミリは顎をつんとあげて自信の溢れた笑みを浮かべた。


「こんな小さな店にまで、あたしの名が届いているなんて少しだけ驚いたよ。でも、当然だよね。あなた達はあたしの治癒魔法がほとんど必要ないくらい強いもの。次のクエストでS級ランクにだってなれるくらい。ねぇ、あなた達もそう思っているよね?」


「ああ、もちろん……」


「そうなるといいな」


「エミリの治癒魔法は、その、特殊だからオレ達にはもったいない」


「オ、オレ達はもっと強くなる必要があるよな!」


 噂に聞いていた通りのようだ。学園生活で取り巻きだった男子生徒が今度はパーティとして組まされているとは聞いていたが、かなり消耗させられているのが見て取れた。


 彼女の家柄を考えれば今更パーティを抜けたいとは言いにくいだろうし、なによりもその治癒魔法は相手にかなりの苦痛を伴うと聞いている。別名『激痛魔導師』の異名は伊達ではないらしい。


 周囲の評判や仲間の顔色にも気づいていないようで、彼女は学園時代と変わらない高慢な口調でアシェリーを嘲るように笑った。


「あたしが全部買ってあげてもいいよ?」


「買ってくれなくて結構だよ。同情してもらうほど困ってないから」


「なんなわけその態度。こっちはお客なのに!」


「あなた自身が学園時代に言ったことでしょ? ごらんのとおり店は軌道に乗ってるし、あなたに買ってもらう必要は今後もなさそうなの。お客様じゃないのなら、帰ってくれる? 私の時間を無駄にしないで」


 清々しい気分で昔言われた言葉をそのままお返したら、エミリの顔が屈辱を受けたと言わんばかりに険しくしかめらた。真っ赤に塗られた唇を噛みしめて肩をいからせているが、アシェリーは一歩も引かずに笑顔をキープする。


「失礼な女! こんな小さな店、私がお父様に頼めばすぐにでも潰れるんだからね!」


「いつまで経っても大人になれない子のようだね、君は」


「バンズ先生!? なぜ、あなたがここに!?」


 奥からやって来たのは、かつての担当教師、そして今は──私の愛しい人。バンズはアシェリーの肩を抱きよせておでこにキスを送ると、目で大丈夫かを尋ねてくる。頬に熱を上げながら小さく頷くと、彼はかつての教え子にちらりと目を向ける。


「彼女と結婚したからだよ。君こそ悪評をよく耳にするけど、大丈夫なのかい? お父上もたいそう頭を痛めていらっしゃるとか」


「な、なんのこと?」


「君の魔法のことさ。僕が教師をしていた時に言っただろう? 白魔導師に適正が出ていたけど君の魔法とは相性が悪いってね」


「あたしはちゃんと使えてる!」


「それにしては彼等の顔色が悪いようだけど? まぁ、僕はもう教師じゃないから妻を貶める相手に助言を与える必要はないね。ああ、でも一つだけ忠告しておくよ。次のクエストを受けるのは止めておきなさい。君達では無理だ。あれはS級冒険者向きだよ」


「どうしてあなたにそんなことを……っ」


「僕はS級冒険者だよ。君達もつくべき相手は選びなさい。生き残りたいならね?」


 鋭い殺気を帯びた視線に睥睨されて、四人は震えあがる。それでもエミリだけはプライドからか震えながら吐き捨てた。


「こ、こんな店もう二度と来ないから!」


「なんだありゃあ?」



 肩を怒らせて大股で出ていくエミリとそれを追いかけるパーティメンバーを見て、駆け出し冒険者の少年が唖然とした声を出す。アシェリーは思わず大笑いする。


「そんなに笑ったら僕達の子がびっくりするよ」


「だってなんだか信じられなくて。バンズ先生と結婚していることも、子供がお腹にいることも」


「アシェリーが自分の力を信じて努力したから、僕も心を決められたんだよ。あの時は君を守ってあげられなかったけど、これからは君と君の大事なものを必ず守るから、旦那様に任せておきなさい」


 片目を閉じて茶目っ気たっぷりに微笑む素敵な旦那様に、アシェリーは幸せな気持ちで抱きついた。






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