誰から殺すか考えることにしよう

常世田健人

誰から殺すか考えることにしよう

 突然だが今、僕の視界には幽霊が存在している。

 少し肌寒くなってきた夜更けの通学路に、唐突に現れた。

 生まれてこの方幽霊なんて存在を目の当たりにしたことはなかったけれど、宙に浮いていて透き通って見える時点でもうそれは幽霊以外の何者でもないだろう。高校生として生活してきた僕の一生もいよいよ終わってしまうのかとさみしくなりながら、幽霊に語り掛けるとする。

 さあ――ここで一つの問題だ。

 誰から話しかけるかが悩みどころだ。

 このあたりは住宅街のため、コンクリートの壁で左右をおおわれている。

 そのちょうど境目となっているこの十字路にて、僕は三体の幽霊と邂逅した。

 三体の幽霊がそれぞれの道をふさいでしまっている。

 とにもかくにも考えても仕方がない。

 ひとまず時計回りに話しかけるとしよう。

「えーと、まず左側の貴女から話を聞いても良いでしょうか」

「そんな他人行儀な話し方やめてよ。君とアタシ、同じ高校で仲良かったじゃん」

「まあ、そうだけど」

 左側で浮いている彼女は最近自殺してしまったと言われている元同級生だった。

小柄で茶髪のロングが印象的な、笑顔が可愛らしい女生徒だ。同級生の中でも『付き合うのは誰か』という話題が出たら多くの者が真っ先に名前を挙げるほど誰からも好かれていた。あまり可愛くないと揶揄される制服を可愛く着こなしているのは彼女くらいだっただろう。

 記憶の中と同じ姿の彼女を目の前にしながら、僕は一番聞きたいことを口にした。

「人気者だった君が、どうして死んでしまったのさ」

「それがね、わからないの。学校の校舎の裏に居たところまでは覚えてるんだけどね、その後の記憶が無いの。死んだ直前の記憶って怖くてなくしてしまうものなのかしら」

 彼女の一言を聞いて安心した自分が居た。

 苦しんだ瞬間を覚えていないのならばそれが一番良いだろう。

 次に聞きたいことを聞いてみる。

「何で僕の前に現れたの?」

「私ね、君のことが好きだったの」

「そうなんだ」

「だからね、君にも死んでもらえれば、ずっと一緒に居れるかなって思ったの」

 なるほど、理にかなっている。

 蠱惑的な笑みを浮かべている彼女の真意を理解した後、続いて真正面に居る幽霊に話しかけようとした――その時だった。

「アハハハハハ! 小娘が何をほざいているのさ。この男の子を殺すのは私だよ!」

 僕が話しかけるよりも先に眼前の幽霊が口火を切った。

 黒髪ロングでメガネをかけている女性だ。スーツに身を包んでいるところから察するに元々OLだったのだろうか。高身長で端正な顔立ちだが、下卑た笑いが全てを台無しにしていた。

「うるさい。おばさんは黙ってて」同級生が心底嫌そうな表情を向ける。

「小娘に何を言われようが何も響かないねえ。私はこの美味しそうな高校生男子にしか興味が無い」

「お姉さんは、僕を食べたいんですか」

「んー、良い質問をするねえ」

 OLは僕を見て高らかに笑う。

「そうさ、私は君を食べたいんだ。色んな意味で食べたい。高校生男子っていうのはそれくらい魅力的なんだ。だが、高校生を卒業してしまってからは途端に魅力が失われてしまう。それならば、魅力的なうちにその花を摘んでしまった方が君のためだろう」

 なかなか倒錯した癖をお持ちの女性だった。

 硬骨な表情で身悶えするスーツ姿の女性を見て胃もたれを感じつつ、最後に右側の幽霊に話しかける。

 これまでの二人もかなりインパクトがあったが、右側の幽霊は他の二人を上回っていた。

「まずは、ご職業を伺ってもよろしいでしょうか」

「我は勇者だ! 日々鍛錬を積み、魔王を討伐することを生涯の目的とする者!」

「なるほど……」

 ゲームからそのまま出てきたのかと言わんばかりの勇者だった。

 ロールプレイングゲームでよく見る装束を着ており、手には一振りの剣を持っている。その剣を僕に向けて離さない。物騒としか言いようがない。異世界から舞い降りた節が濃厚だろう。今更異世界に驚きはなかったが、異世界の住人が幽霊となって現世に現れるとは思いも寄らなかった。

「何で勇者が死んでしまったんですか」

「記憶はないが、目が覚めたらこの世界にて幽霊として存在していた!」

「僕なんかをどうこうするより魔王を倒しに行った方が良いのでは?」

「道中にて、小僧から強い魔物の気配を感じた。恐らく何らかの経緯で魔物の血を引いてしまったのだろう。そんな君の存在を知ってしまったのにみすみす見過ごすわけにはいかない。我は勇者だからだっ!」

「僕は魔物ではないのですが……」

 無茶苦茶な理論だなと思いながらも、この勇者も僕を殺そうと狙っていることには変わりがない。

 さあ、困ったぞ。

 僕を殺そうと、三者三様の幽霊がにらみ合っている。

「アタシが彼と一番仲が良いんだからアタシに権利があるでしょう」

「私が一番彼を愛でられる自信がある!」

「我には生前から続く使命がある! その重みは性に突き動かされる醜い欲望とはかけ離れているものだ。だから我に殺させろ!」

「「あぁん?」」

 二人の女性が勇者に向けて敵意を放ち始めた。

 殺されようとしている僕から見ても今の発言は一番よくないだろう。

 血の気が盛んなOLの方が先に怒号を発する。

「こういう時は年長者に譲るものだろうが。お前、何歳だよ」

「十七歳だが」

「じゅ、十七歳! 誕生日を迎える前の高校三年生じゃないか!」

 一瞬で年齢計算が出来てしまうところが流石と言ったところなのだろう。

 OLは僕と勇者を交互に見てよだれを垂らし始めている。

「……決めた。まず勇者を私の物にする。勇者なんて食べたことないから食べてみたい」

「あんた何を言ってるの!」

「うるさい黙れ」

「へぇ。そういうこと言うんだ」

 同級生がOLにかみつこうとしたがOLは既に同級生を眼中に入れていなかった。

 その様子を見て堪忍袋の緒が切れたのだろう――同級生は生前に見たことが無いような怒りを露わにしていた。

「……ちょっと待て」

 その様子を見て一言発したのは、意外にも勇者だった。

 怒りに我を忘れる同級生をじっくり見ながら、勇者は剣の先を――同級生に向ける。

「どういう魂胆なのかな」

 同級生は冷汗を流しながら聞いた。

 それに対し、勇者は「笑止千万」と吐き捨てる。

「怒りに突き動かされたお主から魔物の気配がした。この小僧と同じくお主にも魔物の血が流れているのだろう。生者を殺すのは簡単だが既に亡き者を更に葬るには苦労を強いられるだろう。であるならば、まずはお前からだ」

「あのねえ、戯言口にしてるんじゃないわよ。アタシはまず、このおばさんを痛めつけたいの」

 三体の幽霊が、それぞれ違う相手に標的を絞り始めた。

 まるで三すくみのようににらみ合った幽霊たちは、そのまま上空へと飛んでいった。

 夜空を見上げると、幽霊たちが取っ組み合いをしている。僕のことはもう眼中にないらしい。

「助かった、のか」

 試しに右手を空に掲げ、軽く指先に力を入れて切り裂く動作をしてみた。

 それでも上空に存在している三体の幽霊は見事にびくともしない。

「……死んでしまったら手出しが出来ないということか」

 幽霊側から僕に手出しが出来るのかどうかは確認してみたかったところではあるが、試さなくても良いのであればそれならそれで良いだろう。

 OLが先ほどまでいた道をまっすぐに進む。

 少し進んだ先で、向こう側から女子高生が歩いてくる。

歩きスマホをしている。こんな夜道に一人で歩くなど不用心この上なかった。

 そんな中、ふと、ある考えに思い立ってしまう。

 立ち止まった僕は再度右手の指先に力を入れながら――

 右横を通り過ぎようとする女子高生に向けて、一振りしてみた――


 女子高生が、縦に五つに割れた。


 苦痛を感じる間もなく絶命しただろう。血の池が一瞬にして女子高生の下に出来上がる。僕はその血の池に右の掌を沈めて体内に取り込みながら、五つに分かれた女子高生の刺身を一つずつ食べた。

 ああ、甘美だ。

 やはり血と肉体は別々で嗜むに限る。

 勢いよく食べてしまったためまたもや舌を噛んでしまった。女子高生を食べるときのいつもの癖だ。高校生くらいの年代の方が美味なため勢いよくかみついてしまう。舌から血が出てしまうがすぐに治るからどうでも良い。

 と言う訳で、一瞬にしてその場から女子高生の存在そのものがなくなったのを見て、僕の力が衰えたわけではないことを確認出来た。

 もしかして僕が弱くなったから幽霊を屠れなかったと考えたが、そうではないようだ。

 ――僕は、現世で人を殺して食べ続けている。

 現世で隠れて食事にありつくことに嫌気を差して一度異世界に移ったこともあった。

 勇者とやらも含めて全ての存在を食べつくして何もなくなった異世界に飽き、再び現世に戻ったのは数日前のことだ。

 僕は高校生としてこの世に存在している。

 社会的地位は低いものの、異世界で何の気なしに行う食事よりもこうしてひっそり食事をした方がそそられることがわかったため何の不満もない。

しかし、そうか、幽霊なんてものが存在するのか。

 そして僕は幽霊に手出しが出来ない。

 殺した直後の記憶が無くなることだけでも知れて良かったというところだろう。

「これからは僕にあまり関係がない人を殺さないといけないな」

 帰り道でもう一人くらい食べたいなと思いながら――

 まずは、誰から殺すか考えることにしよう。



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