第44話 神に感謝

 愛依いといが言う、直子なおこさんから聞いた俺の悩みは、実は悩みでもなんでもない。

 俺が直子さんのことを男だと思い込んでいたからこそ聞いた『お前ならこんな時、どうする?』程度の軽い気持ちの質問だったのだ。


 だが直子さんは女性だった。

 当然男とは受け止め方が違う。


 ……だからその軽い気持ちが悩みに置き換わり、愛依に伝わって、非常に気まずい?

 とういうより恥ずかしい問題に発展したのだ。


 とりあえず……どうしよう。

 色々恥ずかしい、拳王さんが女性だった時点でかなり恥ずかしい事だったのに、それが愛依にまで伝わるだなんて。

 これは、軽く悪夢だ。


壮一郎そういちろう!」

「はい!」

「私……その……よく分からないから単刀直入に聞くね」

「う……うん」

 愛依がかなり上気している。やっぱ例の問題だよな。


「壮一郎……溜まってるって……本当なの?」


 本当に単刀直入だった。

 清々しいぐらい単刀直入だった。

 こんな場合、俺も『うん、溜まってるよ』って、単刀直入で答えた方がいいのだろうか?

 でも、それだと少し愛依に罪悪感を与えてしまわないか?

 いや……上目遣いプラス上気した顔で彼女にこんな質問をさせた時点で今更か。

 愛依とはこれから一緒に過ごす時間の方が長い。

 これは今誤魔化してもいずれまた発生する問題だ。

 いわばこの問題は生理現象なのだ……取り繕っても仕方がない。

 

 正直に話そう。

 俺は覚悟を決めた。


「うん……本当」

「そ……そう」

 愛依はさらに上気した。


「刺激……強すぎたかな? 控えようか?」

 な……なんですと!

 確かに抱き枕など刺激は強かった……でも控えるとか控えないの問題ではない。


「い、いや、大丈夫だよ……今まで通りがいい」

 これは、切実な願いです。


「うん……分かった」

 少し目を逸らす愛依……やっぱ恥ずかしいよね!

 俺も恥ずかしい!


「でも、壮一郎……こんなこと他の子から聞くの恥ずかしいから、絶対他の女の子には言わないでね」

 しっとりと見つめられた。


 直子さんのことは男だと思っていた。俺にもいいわけというか、言い分はある……でも、

 俺は「はい」としか答えられなかった。


「どうしても無理なときは……恥ずかしいだろうけど言ってね」

 お……おう……これはハードルが高い。


「そしたら私……」

 そしたら私なに?

 もしかして、どうにかしてくれる?


 固唾を飲んで、愛依の言葉の続きを待った。


「……長風呂とかコンビニ出かけるから」

 思っていた答えと違った。


「じゃぁ……そろそろお風呂……入ろっか」

「う、うん」

 そう……そうだお風呂だ。

 これからが今日の本番なのだ。

 はじめての一緒のお風呂。

 そして、あわよくばその後の初体験。


 もし今日を最善の形で乗り切れば、今話したような問題が発生する確率が、グッと下がる。むしろ皆無になると言ってもいい。


 俺の振る舞い次第で、色んな問題が解決できる記念すべき日になるかもしれない。


「……」


 そう考えると、めっちゃドキドキしてきた。心なしか身体も火照ってきた。


「あれ? 壮一郎……少し顔赤くない?」

 そりゃそうだ。めっちゃ上気しているのが自分でも分かるのだから。


「そ……そうかな」

 でもそんなことはとても言えない。


「ちょっと待って」

 愛依がおでことおでこを合わせて来た。

  

「ねえ壮一郎、凄い熱だと思うんだけど……」

「え……そんなことないと思うけど」

 ……あんな恥ずかしい質問に答えて、これから一緒にお風呂に入るって分かってて、この距離に愛依の顔があるんだ。

 熱が上がっていない方がおかしい。


「体温計でちゃんと測ろうか」

「うん」

 賛成だ。

 ちゃんと熱を測れば、何でもないってことが直ぐに証明されるはずだ。


「壮一郎……38度5分」

 え、そんなはずは……って、言われてみると、なんか関節とかも怠い気がしてきた。

 そして寒気も……。


 こ……これは、

「風邪……だね」

 やらかしてしまった。


 俺の意気込みも虚しく、はじめての一緒のお風呂は中止になった。


 病は気からとはよく言ったもので、熱があると分かったとたんに、全身の力が抜けていった。


 なんて日だ!



 ***



 翌朝も熱は続いた。

「まだ38度あるよ……壮一郎は学校休もうね」

「うん……そうする」

 普通にまだ、無理な感じだった。


「壮一郎……私も学校休もうか?」

 愛依が居てくれると心強いは心強いけど、その為に学校を休ませるのも抵抗があるし、風邪をうつすのも嫌だ。


「いや、大丈夫だよ……大人しく寝てるから、愛依は学校に行って」

「遠慮しなくていいんだよ?」

 なんて心が揺れる言葉なんだ。


「大丈夫! 遠慮してないよ」

 本当に遠慮はしていないけど、かなり強がったかも知れない。


「分かった、じゃ、行って来るね。何かあったら遠慮なく着信とかメッセージ入れてね」

「ありがとう、愛依、心強いよ」

「じゃ、行ってきますのチューは無いけど、いい子にしててね」

 それは本当に残念だ。いい子にして速攻で治す!


「気をつけてね」

「うん、ありがとう」

「いってらっしゃい」

「いってきます!」


 愛依を送り出すのは地味に初めてだ。……出ていかれたことはあるけど。

 考えてみれば、1人になるのも随分久しぶりだ。

 ていうか、愛依と暮らしてから初めての1人の時間かもしれない。

 だから、例の問題に発展したといえるんだけど……この熱は本当に残念すぎる。

 

「……」


 まてよ……今俺はひとりじゃないか。

 昨日解決できなかった例の問題を解決できる、千載一遇のチャンスじゃないか!


「……」


 でも、ガチで熱があるし……そんな気分じゃないし。

 

 ……耐えられるのか?


 いま、しておかないと、後々後悔することになるんじゃないのか?

 愛依の性格だと熱が下がってもしばらくの間は、俺の身体に気をつかって、そんな感じにならない確率は高い。


 今このチャンスに、何とかしなければ……本当にやばいことになるんじゃないか?


 俺は悩んだ……布団の中で悩んだ。

 何とかするべきか……しないべきかを……、

 そして決めた。

 

 今後のために……何とかしよう。

 

 コレクションはこの間片付けてしまった。

 だから、マシンに保存しているバックアップだ。


 マシンのスリープを解除し、ファイルを検索する。そしてファイルをクリックしようと思ったら、一件の通知が入っていた。

 この通知は俺が楽しみにしている工作系の動画の更新を知らせる物だった。

 

 見たい! 

 でも、しなくちゃダメだし……、


「……」


 悩んだ挙句、俺は更新された動画を見ることにした。

 欲望に打ち勝ったのだ。


 ていうか今日は長い。

 焦る必要はない!

 なんて考えていた。


 そして……、

「壮一郎なにしてるの?」

 ……振り向くと愛依がいた。


「いや、メールのチェックだけ、しとこうと思ったら、お気に入りの動画が更新されていて……つい」

「ダメじゃない壮一郎……熱あるんだから」

「うん……そうだよね……だから緊急の仕事受けられないって、連絡しておこうと思って」

「そうだったのね、でも動画はダメよ」

「うん……分かった。愛依は、どうして?」

「やっぱり心配だから戻ってきちゃった」

 とっさについた嘘……天使のような笑顔の愛依を見ていると、とても胸が痛んだ。


「動画はやめて、早くお布団に戻りなよ」

「……うん、ありがとう」


 危なかった。

 本当に危なかった。

 動画が更新されていたことを、神に感謝した俺だった。



 ————————


 【あとがき】

 これは本当に危なかった!


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ひとり暮らしが寂しくて同居人を募集したら学年NO1美少女と同棲することになってモテ期が来た 逢坂こひる @minaiosaka

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