第43話 アレがない!

 ミナミで暮らしていると、季節ごとのイベントを否が応でも意識する。街がそれに合わせてデコレーションされるからだ。


 そして12月、街はクリスマス一色だ。


 クリスマスが終われば年末……年末といえば帰省……俺も実家に帰らなければならないけど、愛依いといはどうするのだろうか。


「ねえ愛依、年末ってどうするの? やっぱり帰省するの?」

「え、あ、うん、そのことなんだけど……」

 ん? どうしたんだ? なんか、歯切れが悪いけど。


「どうしたの?」

「うん……」

 愛依は急に正座をして、もじもじし始めた。


「あのね……お姉ちゃんと一緒にね」

「うん」

 平野ひらのさんと一緒に?


壮一郎そういちろうの実家でお世話になることにしたの」

「そうなんだ」

 うんうん……うちの実家でね。

 そっか、なら年末年始も愛依と一緒か……。



 って!



「え——————————っ!

 なんで? いつの間に?

 この間電話した時、母ちゃんそんな事、言ってなかったけど?」

 

 愛依は苦笑いを浮かべ、

「お姉ちゃんに、壮一郎には内緒だって、口止めされてたの」と答えた。


「な……なんで、そんな事を内緒に?」

「さあ? でもお姉ちゃんのことは、壮一郎の方がよく知ってるんじゃないの?」

 まあ、確かに。


 まあ……ただの悪戯心だろうな。


 ん、待てよ……というこは!

「じゃぁ、愛依と一緒にカウントダウンできるんだね!」

「そうだね」


 ヤバい……帰省で愛依と離れると思って、ちょっとブルーになってたけど……これは嬉しすぎる。

 嬉しすぎる誤算だ。

 

 でも、その前に……クリスマスだ!

 彼女と一緒に過ごす初クリスマス。

 平野さんに頼んで多めに案件振ってもらったから、50万ぐらいの予算はある。


 だから、出し惜しみせず、思い出に残るクリスマスに!


「ねえ壮一郎、クリスマスの事なんだけど……」

 お、以心伝心か、俺もちょうど考えてたところだ。


「私さ、彼氏と過ごす初めてのクリスマスはね」

 うんうん。


「できれば、どっちからの家でゆっくりすごしたいなあと思ってたの」

 え……マジか。


「壮一郎は……嫌?」

 ……まあ、気合は入れてたつもりだから、肩透かし感はあるけど、もちろん嫌じゃない。

 むしろ……本音で言うと、そっちの方が嬉しいかも?


「いや」

「嫌?」

「違う違う、全然いやじゃないよ」

「そう、良かった」

 笑顔で答える、今日も可愛い俺の彼女。


 でも、プレゼントは必要だよね。

 できればサプライズで用意したいけど、ずっと一緒だからなかなか機会がないんだよね。

 どうしようかな……。

 でいうか、愛依が何が欲しいのかもわからないってのが実情だけど……一緒に買いに行った方がいいのかな。


「壮一郎……私ね、バイトしようと思ってるの」

「ば、バイト? なんで?」

「いや、だって……ここの生活費だって、ほとんど出してもらってるし……それに」

 ……それに。


「私も何か、壮一郎にプレゼントしたい」

 やっべ……めっちゃ嬉しい。

 ここも以心伝心!

 まあ、プレゼントとかは置いといて気持ちがめっちゃ嬉しい。

 でも、愛依がバイトして、一緒に過ごす時間が減るのはいやだな。

 ……俺が、仕事をしてるときに愛依が家事をしてくれてるから、仕事量も増やせたわけだし。

 これは何かいい提案が必要だな。


「どんな、バイトするつもりなの?」

「まだ何も考えてない」

「そっか」

 まだ何も考えていない……それなら。


「愛依ってパソコンの入力ってできる?」

「まあ、普通にできるけど」

「なら、俺の仕事手伝わない?」

「え……壮一郎の?」

「うん、俺の仕事って3分の1はメールなんだよ」

「メール?」

「そそ、メールを送って完了報告とか経過報告とかが必要なんだよ……もし良かったら、それを手伝ってもらえると、すごく助かるんだけど」

「え……メールだけでいいの?」

「尋常じゃない量があるから慣れるまでは結構大変だよ、それでよければ」

「尋常じゃない量って……どんなの?」

「ちょっと見てみる?」

「うん」

 

 自室のマシンで、愛依にメールを見せた。


「え……こんな量やってるの?」

「ああ、そうだよ慣れたら、まあそんなに掛からないと思うけど、慣れるまではそれなりに大変かな」


「で……出来るかな……私に」

 愛依は少したじろいでいた。

 

「余裕余裕、ほとんど辞書登録してるから、それさえ覚えたら」

「分かった、やってみる!」

「ありがとう、俺も助かるよ」

 よし、これでまた一緒にいる時間が増えた。


「時給1200円ぐらいでいいかな?」

「そ……そんなにも!? 壮一郎っていったいいくらもらってるの?」

「え、俺は案件ベースだから……一案件平均30万ぐらいかな?」

 愛依が愕然としていた。


「え……それを、学校に通いながらやってるの?」

「そうだよ」

「なんか、凄いね……稼げる男だね」

「仕込んだのも平野さんで、仕事を振ってくれるのも平野さんだけどね」

「あはは……お姉ちゃんか」

「まあ、ありがたい事だよ」

 平野さんがいなかったら今の自分がいないのは確かだ。平野さんが俺にプログラムを仕込むきっかけになったのが愛依だ。

 つまり、間接的に愛依のおかげでもある。


「愛依、そろそろお風呂にする」

「そ……そうね」

 うん? また愛依がもじもじし始めた。

 これは、もしかして……、

「壮一郎、一緒に入る?」

 キタァァァァァァァァァァッ!


「入る! もちろん一緒に入る!」

「ちょっと、前のめりすぎだよ……」

「あ、ごめん……とりあえず、お湯入れてくるね」

「……うん」


 ついに来た……ついにこの日がやって来た。

 愛依と暮らし始めて、約1ヶ月半。

 俺はその間、ずっとあんな可愛い子の抱き枕になって、ひたすら耐えに耐えて来た。


 もしかすると今日……最後までいけるのかな。

 おれ……卒業しちゃう!?


 あ……でも、アレがない……!

 

 こんなチャンスが来るとは思っていなかったから、買ってなかったよ。

 コンビニまでダッシュで数十秒だ。

 買いに行くべき……買いに行くべきだよね!


 でも……なんて言って出かければ……。

 

 俺は考えた。恐らくこの国で最高峰であろう頭脳を使って考えた。

 そして導き出された答えは……、

『お風呂上がりにアイスを食いたい』

 これだ!

 これなら極自然にアレを買いに行くことができる。それに愛依にも喜ばれる。

 まさに一石二鳥だ!


「どうしたの? 壮一郎そんなところで固まって」

「あ、いや、何でもないよ」

 とりあえず、湯船を軽く洗って、お湯張りボタンを押した。


 そしてリビングに戻ると愛依がソファーの上で正座していた。

 さっきまでの和やかな感じではなく、真剣な表情だった。


 この一瞬の間に何事?

「壮一郎……ちょっと話があるの」


 このタイミングで何の話だろう。

 俺も正座で愛依に向き合った。


「私、直子なおこさんに聞いたよ、壮一郎の悩み……」

 

 あ……これは、ダメなやつだ。


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