第42話 ラッキーだった

カラオケ……実は家族以外とカラオケに行くのは初めてで、地味に緊張していたりする。

 3人は道中も盛り上がっていたけど、俺はカラオケでは少し浮いてしまうかもしれない。


「いらっしゃませ」

 受付……やっぱここは男の俺がビシッと仕切らないとダメだよね。

 なんて思っていると、直子なおこさんが先んじて受付とやりとりして、色々仕切ってくれた。


「とりあえず2時間でいいやんな?」

 愛依いといさきさんも、2時間で十分だよねなんて話しているけど、本当に2時間でいけるのか?

 たった2時間じゃ足りなくないか?


「まあ、盛り上がったら延長したらいいやんね」

 なに!? 延長なんてできるのか?


 地元では、なにも言わなくても店の人がいいようにやってくれるから、分からない事だらけだ。

 

 しかし……にぎやかな所だ。


 そして俺が、ソワソワしていると、

「どうしたん壮一郎君? 緊張?」

 直子さんが心を見透かしたかのように話題を振ってくれた。


「はい、みんなと会うのも初めてだし、こういう場所に来るのも初めてなんで」

「うそん、カラオケ初めてなん?」

 目を丸くして驚く直子さん。


「いえ、カラオケ自体は初めてじゃないんですけど、俺の実家……本気の田舎なんで、こんなに賑やかじゃないんです」

「そうなんや、でも、半年以上もミナミで暮らしてるんやろ? 友達等で行ったりせーへんの?」

「俺……最近まで友達いなかったんで……」

「あ……」

 ……謎にお互いが気まずくなった。

 ごめんね直子さん。

 

 愛依は咲さんと気が合うのか、ずっと2人で楽しそうに話してる。

 まあ、そんなわけで必然的に俺は直子さんとの会話が多くなった。


「壮一郎君」

「はい」

「例の話の彼女って……愛依ちゃんやよね?」

 ニヤニヤしながら問いかけてくる直子さん。

 こ……答え辛えぇぇぇぇぇぇ。


「まあ、あれやよ。皆んな通る道やから、そないに意識せんようにね」

「は……はい」

 そんな事言われると、意識しちゃうのが男のさが

 皆んなってことは直子さんも……なんて想像をしてしまう馬鹿な生き物なのだ。


「こら、あんまりウチをじろじろ見んな! さっきもなんか胸のあたりに、やたら視線感じたけど?」

 ……やっぱバレていた。


「あ、図星だった?」

「はい……すみません」

「まあ、別に謝らんでもいいけど、女の子は案外そういうの気付くから、もっと、さり気なくせなあかんで」

 そ……そうだったのか……てことは愛依とか未央みおとか未羽みうちゃんとか、結構ガン見したことあるけど……皆んな気付いていたのだろうか。

 今度聞くってわけにもいかないから、取り敢えず、直子さんの言うように気をつけよう。


「壮一郎、何の話してたの?」

「いや、何でもない」

 なんだろう、このタイミング。

 女子ってそういうセンサーでもついているのだろうか。


 とりあえず、部屋に案内されると、

「ねえ、ウチお酒飲んでいい?」

 と直子さんが切り出した。


 直子さん……成人していたのか。

 見た目は俺たちと変わらないから、同年代だと思ってしまう。

 でも、この年齢だと“若く見えますね”は、子どもっぽいって取られるから褒め言葉じゃないってミッシーに教わったことがある。

 聞いておいてよかった。ミッシーとその話題になっていなかったら、俺は今確実に“若く見えますね”と言ったはずだ。


 10代の俺たち3人は普通にソフトドリンクを注文した。


『『かんぱ〜い』』


 こうして、俺たちのプチオフ会、第1回戦が始まった。

 まず、口火を切ったのはやはり、直子さんだった。


 直子さんが歌ったのは、今をときめく女性シンガーソングライター『ソメイヨシノ』の曲だった。

 ハンドルネーム拳王のイメージとは全く異なる、とても透き通るような美しい声を披露してくれた。

 ソメイヨシノといえば、切なくて力強い歌声が特徴で、直子さんの声のイメージとは少し違うんだけど、これはこれで良かった。

 直子さん……歌上手い!

 

 そして2番手は咲さん。 

 見るからに大人しそうな咲さんなのだが、歌うとキャラクターが変わった。

 咲さんがチョイスしたのは“ヘビメタ”だった。

 そしてその容姿から想像がつかない程の野太い声と、ハイトーンヴォイスでシャウトを決めまくっていた。

 人は……見かけで判断したらダメだという好例だった。

 咲さんの豹変っぷりに皆んな驚いていた。

 俺も驚いた。

 まさかメガネを吹き飛ばしてまでヘッドバンキングをするとは思わなかった。


 そしていよいよ、俺の番だ。

 めっちゃ緊張してきた。

 イントロが始まると、マイクを握るのを躊躇するぐらい手汗をかいてきた。これは後でマイクをちゃんと拭かないと、気持ち悪いって思われるヤツだ。

 だけど、歌が始まると緊張なんて何処かへ行ってしまった。

 気持ちよかった。

 友達と行くカラオケがこんなに気持ちい良いもんだなんて思ってもみなかった。

 ちなみに選曲は少し古い渋谷系のギターポップ、ネオアコなんて呼ばれるジャンルだ。

 古いジャンルだからもはや全然ネオではない。


「次、愛依だね……マイクどうぞ」

「あ……ありがとう壮一郎」

 俺はおしぼりでしっかりとマイクを拭き、愛依に手渡した。珍しく愛依は緊張している様子だった。

 そういえば、愛依とカラオケにきたのも初めてだから、愛依の歌を聴くのは初めてだ。

 校内ヒエラルキートップに君臨する愛依の歌……楽しみだ。


 愛依がチョイスしたのも、直子さんと同じくソメイヨシノの曲で、アルバムの中に収録されている、ファンの中では結構人気のある曲だった。


 そして、歌が始まると俺は新たな愛依を知ることになる。

 愛依の歌は……とてもデンジャランスだった。

 何でもそつなく平均点以上にこなす愛依。

 可愛くて、優しくて、勉強もできて、運動神経もよくて、料理も上手で、神様はいったい幾つの才能を愛依に与えるんだと思っていたけど、

 歌の才能だけは与えなかったようだ。


 愛依の歌で、直子さんと俺は完全にグロッキーになった。

 だけど、なぜか咲さんはノリノリでこの2時間、愛依と咲さんの奇声が室内に響いた。


 俺はある意味ラッキーだった。

 2人っきりの時に愛依をカラオケに誘わずにすんだのだから。


 もちろん延長はしなかった。

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