Chapter0-3「Confirm」

コツコツとハイヒールで歩く音のみが聞こえる。

「あのー」

「……なんだい?」

 俺は気まずい。ただそれだけの気持ちで話しかけたのだ。話題を作らないと。

「ここはなんなんですか?」

「ここは実験場だ。後で正式に説明を受けるだろうが、簡単な実験内容だけ説明しよう」

 そう言って彼女はESS《簡易スクリーンシステム》を展開した。ちなみに、ESSとは人間の網膜に直接投影されるスクリーンである。

「君はDSWというゲームを知っているかな?」

「えぇ」

「あのゲームを使った実験だということだけ言っておこう」

(まじで簡単な説明じゃないか!)

 俺はそう思いながら、新たな疑問を回収しようと試みる。

「でも、あのゲームは一般人はプレイできないんですよね?」

「そうだね。ある機関の許可が必要だ」

「まさか……」

「そう。その機関ってやつがここだよ。なんせDSWを開発したのは我々だからね」

 俺はこの話には何も偽りがないと思った。まぁ、偽りがあったとしてもそれは今の俺には関係ないことだ。

「さぁ、私の担当はここまでだ。中に入りたまえ」

 そう言って女は立ち去っていった。

 ***

 女に促されて入った部屋には俺に契約書を書かせたクラミア・デッドや椅子に堂々と座っている男がいた。

「やぁ、はじめまして。僕は寺田愚者てらだぐしゃという者だ。歓迎するよ末元君」

 そう椅子に座っている男が言ってきた。

「まずは契約について偽ったことを謝罪させていただきたい。この件ははじめに話してしまうと怖気付かれる可能性が高かったんだ。すまない。許してくれ」

 そう言いながらクラミアさんは頭を下げる。

「気にしないでください。火事場の馬鹿力の研究とか、はなから胡散臭いとは思っていましたしね」

 俺はそう言って寺田さんに向き直る。

「で? 本当の実験はなんの実験なんですか?」

「実験の正体は、目の前で死を目撃した時の人間の感情の揺さぶりの実験だ」

「なんだって! その犯罪を俺にしろと?」

 俺は声を荒げる。

「まぁ、話を聞きたまえ」

 そう寺田さんは諭すように言ってきた。

「君には死刑囚を殺してほしい。まぁ、殺すのはゲームの中なんだがね」

 俺は首を傾げる。

「DSW……限られたプレイヤーが参加できるギャンブルゲームだ」

「そのゲーム内で死刑囚殺してほしいということですか?」

「あぁ。具体的な話はゲームにログインしてからの方が早いのだが、契約書の確立のためにこれだけは説明しておくよ」

 俺は固唾を飲み込む。ただならぬ気配を感じたからだ。

「WSDの世界は現実だ」

「……はい?」

 矛盾だろと思ってしまった。

「度直球な言い方の方が好みだったか。よし、わかりやすく言い直そう」

 すぅーと息を吸い込んだ口から飛び出た言葉は衝撃的な物だった。

「WSDの世界で君が死ねば、現実世界の君も死ぬ。ということさ」

 俺はクラミアさんに目線を送る。

「……だから妹のために命をかけられるか聞いたんですね?」

「はい」

「僕が死ぬ可能性があるということは、殺した死刑囚とやらもゲームで負ければ死ぬということですか?」

「そうだね。大雑把にまとめるのであれば、君は殺し屋で、対象も君を殺そうとしてくるといった世界だ」

 そう言いながら寺田さんは契約書を出してきた。

「なんの真似ですか?」

「いや、怖気付かれた時のための最終確認だよ。契約を破棄したいのならこの紙を破けばいい。もし、このまま続けるのなら手印を押してくれたまえ」

 そう言って寺田さんは小型端末も出してきた。この時代の手印は指紋に印鑑の液をつけてやるなどといった古典的な方法ではない。この端末に指を触れるだけで、情報が登録される。消去が不可能なほどに。

「人殺しになる決断をする手印か……。これほどの決断は人生で一度きりかな?」

 俺の心には一つの答えしかなかった。

「やってやるよ。命とは均等な物だ。俺が他人の命を奪う可能性と奪われる可能性は半々。そこでの俺は生きてるんだろうな」

「君の考えはつまり」

「もちろん、受けさせてもらうよ。妹を助けるのが第一だ」

 そう言いながら俺は端末に右親指を押しつける。

 『ユーザーデータ情報の登録及び、DSWサバイバー契約完了いたしました』

 無機質な声が広がったのを確認して寺田さんはニコリと笑った。

「改めてよろしく。早速で悪いんだが、これから君には基本訓練をうけてもらうよ。クラミア、連れて行ってやりな」

「はっ!」

 俺は話の流れについていけない中、黙って寺田さんに従った。

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DSW《デッドサバイブワールド》 世も末コウセン @kota3383

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