Chapter0-2「consent」
「どういう事だ!」
「わかりません。体温が28.5度なんて……」
「ありえないだろう。このままだと臓器が機能停止に陥ってしまう」
俺の妹が医師たちに囲まれて治療(無意味)を受けている。
現在の俺の状況は、その光景をガラス越しに見ていると言ったところだ。
こんなところで自己紹介するのは場違いだろうが、気晴らしに付き合ってもらう。
俺の名前は末元すえもと抗輝こうき。現在、大学2年生である。趣味は読書。これ以外に取り柄はない。
……すまない。今は気晴らしもしていられる余裕はなさそうだ。
俺はガラスに手を置いてため息をついた。ガラスは白く曇り、僕の顔は見えなくなった。そんな光景は俺を憂鬱な気持ちにさせる。
「妹さんを助けたいかな?」
「はい……っ!」
俺は弱々しい返事をした後にことの重大さに気付いて振り返る。
そこには外国人に似た容姿の男が立っていた。
「はじめまして。DSW開発部のクラミア・デッドと申します」
あまりにも悠長な日本語に困惑しながら男を観察する。
「外国の方ですかね?」
「父がイタリア人なんですよ」
「へー」
駄目だ。まともに会話ができない。これが絶望という物なのか。
とりあえず、相手について知らなければならない。
俺は男を睨みつけて突き放すようにこう言った。
「なんのようです?」
男は俺の言葉を聞くとニヤリと笑った。
「実験への協力をと思いまして」
俺は首を傾げる。
「メリットは?」
「妹さんの延命処置をしてあげましょう」
俺はそう聞いて顔をあげる。
「できるのか?」
「えぇ。話を聞いてくれそうなので、一つ情報を差し上げます。妹さんは未知のウイルスに感染しています。後、もって2、3日でしょう」
「なっ⁉︎」
俺は反射的に妹の方を見る。
「私たちの実験に協力してくれるのなら、前払いで、妹さんの寿命を3年伸ばします」
「3年……」
俺は考える。実験に参加すると言っても具体的な実験内容について知りたい。そもそも、延命措置を施せるかもどうか……。
「どうしますか?」
「実験って何をするんだ?」
俺は鋭い眼光で男を睨みつける。
「火事場の馬鹿力という言葉を聞いたことはありますか?」
「あぁ」
俺は警戒を続ける。警戒しているから、いつもより口調が荒くなっている。明らかに目上の相手には敬語を使わないといけないのだが。今はそんなことはどうでもいい。
「その火事場の馬鹿力の研究です。私たちは、究極に追い込まれた時、どれほど人は己の肉体の限界を超えられるのか知りたいのです。まぁ、詳しい話は契約を結んでからということで」
そう言って男はさりげなく契約書を出してきた。
「わかったよ。いや、正直なことを言うとわからないことだらけだ。でも、あいつの命が助かるなら俺はなんだってする」
俺はそう言ってペンを握る。
「へぇーなんでもですか……」
「妹のためにそこまでするのはシスコンってか?」
「いえいえ、全く。ただこう思っただけですよ」
男はニッコリと笑いながら、しかし目は笑っていない状態で僕にこう言ってきた。
「あなたは妹さんのために、確かな証拠もない私の言葉に、命をも投げ出す覚悟はあるのですか?」
彼の言葉には、実験が死と隣り合わせであることを教えてくれている。俺はそう察した。
「えぇ。ありますよ。安っぽいなんて言わせない。足りてないなんて言わせない。ただひたむきに、ゴールに向かって突き進む。どんな障害が訪れようと、俺は俺の意思を貫き通す!」
そう言って俺は契約者名に名前を書き終えた。
頷きながら笑う男からは不気味さしか感じ取れなかった。
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