Epi99 新たな目標に向かって

『作品の質は申し分ないと思う』


 編集者からの電話の内容はあまりよく覚えていない。

 ただ、今回は見送りと言うことと、次回作に期待をすると言うことだった。

 気落ちしたけど当然の結果だと思うし、世の中そう甘くはない。思い付きから書き上げた小説では通用するわけもないと。

 明穂にも報告はした。


「大貴、落ち込んでる?」

「落ち込んでないと言えば嘘になる。でも、編集の人も言ってたけど、もう少しわかりやすくすれば売れる可能性はあるって」

「無駄に凝り過ぎちゃったんだね。あたしが余計なこと言ったから」

「明穂のせいじゃ無いって」


 部屋でお互い寄り添って気が抜けた感じだけど、これが逆に落ち着いてより良い小説作りに打ち込める、そう感じてもいた。


「焦ってもいい結果は出ないってわかった」

「卒業までの一年間で採用される作品作ろうか?」

「俺もそうしたい。もう少し時間を掛けて取り組んでみたいし」

「あたしはどうしようかな?」


 今回の一件で余計な口出しをするか、悩んじゃったみたい。

 文芸作品での商業デビューの難易度の高さは、明穂でも難しいと痛感したみたいで。俺の感性にすべて委ねた方が、良い結果を得るんじゃないかって。


「でも、明穂のアドバイスが無いと、たぶんもっと粗末になってたと思う」

「そんなこと無い。あたしがいじり過ぎた」


 俺の小説の良さを明穂の感性で塗り潰してしまった。だから評価を得難くなったと、なんか気弱になった明穂が居る。


「ねえ大貴」

「なに?」

「あたしが小説書かない理由、わかったでしょ?」


 単に一緒に居たいとか、支えたいってのとは違うのかな?


「俺を支えるとか一緒に居たいから、じゃないの?」

「違うよ。それもあるけど、大貴にはあたしの夢も同時に叶えて欲しい、そう思ってた」


 明穂の夢。

 俺と結婚して生涯を共に過ごすのかと思ってたけど。それだけじゃなかった?


「あたしには人を惹き付ける文章なんて書けない。読むのは得意だし文句も言う。でも自分が創作したものに価値はない。だから」

「明穂って小説書いてたの?」

「持ち込みなら何度か」


 衝撃の事実。

 明穂は書かない、てっきりそう思ってたのに既に持ち込みしてた。


「もしかして?」

「送った小説全部音信不通」


 なんかいつもの自信たっぷりの明穂は俺の隣に居ない。代わりに肩を落として自信なさげな、悲し気な少女が居る。背中も丸まって別人みたいだ。

 価値が無いって言ってた。そんなこと無いと思うけど。


「書評とかもらえないんだよね? 普通は」

「そう。だからあたしの書いたものは、編集部の段ボールの中か、シュレッダーにかけられて細切れ」


 掛ける言葉が見付からない。

 いつも明穂が俺にしてくれてた、自信を付けさせる言葉。同じようにできないもどかしさ。なんでこんな時に元気付けられないんだろう。


「あの、明穂。俺に明穂の小説読ませて欲しい」

「手元に無いんだけど」

「じゃあ、一緒に書こうよ。俺は俺の小説を、明穂は明穂の小説を」


 膝を抱き抱えてさらに落ち込んだ感じになってる。これ、逆効果だった?


「あたしは二度と書かない。だから大貴に託したの」

「でも、文芸作品って大人でも難しいんだから、高校生程度で見切り付けるものじゃないと思うんだけど」

「あたしに文才は無い。言ったでしょ? 人を惹き付ける文章が書けないって」


 どうしよう。こんな明穂、見たことも無いし対処できないし。どうすればいつもの明穂になってくれるの?

 打つ手が思い付かず、そっと抱き締めてみた。


「慰めてくれるの?」

「えっと、それもあるけど、明穂にはいつもの輝く明穂で居て欲しい」


 俺を見る目は揺らいでる感じだ。なんか自信の無さが出ちゃってる。かつての俺みたいに輝きも無い。こんなの俺をずっと支えて来てくれた明穂じゃない。

 なんで俺の失敗で明穂が自信を失うの? だって書いたの俺だし、明穂のアドバイスを聞いたのも俺。そのアドバイスに逆らって自分を押し通す、その勇気すら無かったのも俺。全部俺が悪いのに、なんで明穂が自信喪失するの?


「明穂。この結果は俺のせいだから」

「余計なことを言っておかしくしたのはあたし」

「違う。違うよ明穂。俺が自分を信じないから、だから簡単に明穂の言う通りにしてた。でも、それじゃ駄目なんだって、自分を出すってそういうことじゃ無いんだよね?」


 そうだよ。全部俺のせいじゃん。

 自分の小説なのに人任せで、どうして評価されると思ったんだろう。たぶん編集者さんには小説の中に俺が見えなかったんだ。だから不採用。だとすれば。


「明穂には校正と校閲だけお願いする」

「アドバイスとかは要らないよね。邪魔してるだけだし」

「そうじゃないってば。自分の小説なのに人に言われるがままに書いて、それがじゃあ俺の作品なのかって言ったら、違うよね? 明穂だって本当はそう思ってるでしょ?」


 明穂の落ち込みの理由って、たぶん余計な口出しし過ぎたことで、明穂の言う俺の持ち味が無くなってた、だからそれで落ち込んでるんだと思う。

 情けないなあ俺って。


「大貴」

「えっと、なに?」

「自分の小説に自信を持って持ち込める?」

「次はそうする。そうしないと意味が無い」


 ぎゅって抱き締められてる。なんか耳元で囁いてるけどなに?


「大貴の才能を信じ切れなった。だから落ちた。次は大貴ひとりで書き上げるんだよ。あたしは手出ししない。校正校閲くらいならやる」

「うん。自分の力だけでやってみるよ。そうじゃないと明穂に託してもらった意味無いし」


 お互いぎゅってしてキスして、明穂にも笑顔が出て俺もなんかすっきりした。

 あれ?

 もしかして俺を励ますために明穂自ら貶めたの?


「大貴。深く考えちゃ駄目。あたしの行動はあたしがしたいと思ったことだから」


 ずっと支え続けるのだけは確定してるんだとか。その支え方は口出しすることじゃなく精神面で。

 結婚してしまえば家のことも全部任せろだそうだ。専業主婦をやるのかと思ったら「それだと大貴が売れるまで生活できない」って、俺も働く気なんだけど。


「大貴にはあたしの夢も掛かってるんだよ? 呑気にサラリーマンなんてやってる余裕無いからね」

「いや、でも、社会経験も必要でしょ?」

「そんなの二~三年程度働けば充分。今どきの企業なんて腰掛け程度でいい。昔みたいに定年まできっちり面倒見ないんだから、こっちも利用するだけしてさっさと見切り付けた方がいい」


 そういうものなのでしょうか?

 ただ、見聞を広めるために人との関りは積極的に持つべきだそうだ。

 小説になにを描くのかと言えば人。だから必要なんだそうで。


「仮に三年以内に企業で結果を出せたら、もう少し居てもいいと思う」

「じゃあ」

「昇進しないならその企業での先は無いから」

「そうなの?」


 出世する人は若くしてどんどん上に引っ張られる。でも、三年居て同じならその企業では通用しない。だから辞めた方がいいんだとか。「どうせリストラされるだけだよ」だそうで。


「えっと、その辺はまた先の話だから、その時に考えたいんだけど」

「まだ先なんて無いんだよ。今も少し先もそのさらに先も、ずっと先を見据えて行動しないと」


 まだ先、なんてのは行き当たりばったりと同じだそうだ。


「頑張ってみる」

「辛くなったらあたしがなんとしても支えるから。安心して突っ走って欲しい」


 今回も落ち込む俺を励ましてくれた。

 明穂なら頼りない俺を支え続けてくれる、それを信じられる。


「そう言えば、放置してた小説があるんだった」

「そっち進めてみる?」

「うん。なんか今ならもう少し違うものが書けそうだし」

「期限は無いから、納得行くまできっちり仕上げるといいよ」


 その前に期末考査もあるから、勉強もしておかないといけない。


「それでね大貴」

「なに?」

「三年になったら一緒に住もう」

「卒業まで待つんじゃ?」


 明穂曰く、勉強を見るにしても、互いの家に行ったり来たりじゃ効率が悪いそうで。だったらずっとじゃなくても、月単位で双方の家に居れば、その間は極めて効率の良い対策が取れるんだって。


「相談してみるよ」

「あたしは問題無いから」

「だよね」


 成績が落ちない限り明穂の自由は制限されないんだし。

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