Epi94 従妹と新大久保散策

 見事に洗脳された菜乃葉ちゃんだけど、陽和もまた同じ手口で洗脳してた。

 俺を見る二人の視線は熱い。


「明穂」

「なに?」

「無いから」

「なんで?」


 明穂一人居れば充分だし、明穂以上の女子なんてそうそう居ない。だったら経験は他に要らないし、話をして参考程度にはしても、肉体関係を持つことはない。って言ったら。「大貴は頑なだ」だそうで。


「もっと柔軟に片っ端から、とまでは言わないまでも、あたしが許可した相手なら遠慮要らないんだよ」


 明穂がいくら許可してもその内心は俺にはわからない。こうして見ると楽しんでるように見えるけど、実際は苦渋の決断をしてた、なんてのは嫌だし、明穂にそんな思いさせたくないし。

 たぶん聞いても問題無いとか言いそうだし。顔で笑って心で泣いて、なんてのは望まないから。


「その気になってるのに放置するの?」

「えっと、それは明穂の洗脳を解けば」

「洗脳なんてできないし、あたしは大貴の良さを説いただけ」


 物は言いようだなあ。

 二人とも俺と明穂の会話に理解が及ばない? なんかぼけっとした感じで見てる。


「じゃあ、菜乃葉ちゃんの親交を目的にどっか出掛けようか? せっかく東京に来たのに、観光なしじゃつまんないでしょ」

「それは構わないけど」


 急遽お出掛けが決まった。

 母さんと佳菜子叔母さんに話をすると、小遣いをいくらか渡され「ホテル代にはならないけど、少しは格好つけさせてあげるから」と言われ、母さんと叔母さんからそれぞれ一万円。この金額なら四人でそこそこ遊べそうだけど。


 菜乃葉ちゃんに行きたい所か、見てみたい所を聞いてみる。


「えっとねえ、スカイツリーとか」


 ここからだと結構時間掛かるんだよね。渋谷新宿原宿なら近いんだけど。


「ちょっと時間掛かるけど」

「じゃあ、渋谷とか原宿とか池袋とか。あとね新大久保!」


 まあ、地方出身者が行きたい場所の定番って感じ。新大久保か。東京のコリアンタウンなんて呼ばれてるし、韓流好きの地方の子から見たら憧れるのかな。


「新大久保でいいかな」

「うん! 行きたい!」


 明穂とか陽和は興味無いのかな?


「明穂もそれでいい? 陽和は?」

「いいよ」

「お兄ちゃんに任せる」


 こっそり二人に韓流に興味無いのか聞いてみると「あたしは興味無い。あるのは大貴だけ」って、明穂には聞くまでも無かった。陽和も「それ程興味無いけど」だって。俺はと言えばアイドルグループとかいいと思うけど、陽和と同じくそんなに興味無いんだよね。

 まあ、今回はお客さん優先だから、要望はできるだけ叶えてあげよう。


 出掛ける時に母さんに声を掛けておく。


「新大久保行って来る」

「何時頃帰ってくるの?」

「えっと、五時までには」


 佳菜子叔母さんには「韓流コスメ買って来て欲しい」とか言われた。その分も追加でお金を出してくれてたけど、俺にコスメなんてわからない。買う時にSNSで聞けば指示するそうで。

 四人でぞろぞろ駅まで向かうと、やっぱり明穂が絡んでくる。その反対側で遠慮がちに菜乃葉ちゃんが手を取りたそうにしてる。なんかちょっと初々しい感じ。


「手くらい繋いであげれば?」


 明穂に言われたけど、その程度ならまあいいかってことで、手を取って繋ぐと照れてるし。なんかウブな感じがいいとか思っちゃう。明穂はその対極に居るから。

 で、陽和は一人手持ち無沙汰なのか、両手を後ろに回して、足を投げ出す感じで歩いててちょっと不満そう。

 男は俺しか居ないし、陽和と手を繋ぐってのもなんか変だし。


 電車に乗って途中で二回乗り換え、その後新大久保駅で下車。

 新宿では人の多さと複雑さで目を回す菜乃葉ちゃんだった。俺も迷う程だから、地方からいきなり来ると戸惑うよね。


「大貴は方向音痴だから」

「そう言われても……。新宿駅って複雑すぎるから」


 新大久保に着くと、やっぱり人の多さにびっくりする菜乃葉ちゃん。


「若い人多い」

「なんか第三次ブームらしいけど」


 店を回って昼ご飯をどこで、となればやっぱ韓国料理とか言って、メディアで紹介されていた店に入ることに。希望したのは菜乃葉ちゃんだけど。

 ただ、マスコミが紹介すると殺到するから、混むんじゃないのって言ったけど「行きたい店だから」だそうで。店に行くとやっぱりすぐには入れず、待ち時間たっぷり。さらに、オーダーしてから出てくるまで三十分。もう腹減り捲りだったけど、出て来た韓国料理に感激してた。


 食後は佳菜子叔母さん要望のコスメを漁り、明穂も少し興味があるのか、いろいろ見てた。


「安い」

「安いの?」

「中身はわかんないけど、百均よりまともで、日本製より雑かもしれないけど、その分安い」


 価格を見ての感想だった。

 買うのかと思ったら全然買わなかった。

 コスメを見て回り街ブラで疲れると韓国スイーツを買って、食べながらさらに散策。なんか疲れてきて帰りたいけど、菜乃葉ちゃんのテンション高くて言い出せず、付き合わされた感じ。雑踏にも疲れるし、引っ張り回されても疲れるし。

 時間も迫ってるからって言って、新大久保を後にした。


「大貴疲れてるね」

「人混み苦手だし」

「女性比率高いから?」

「それもあるかも」


 明穂が耳元で「もっと女性慣れした方がいいね」とか囁いてるし。

 その反対側で陽和と菜乃葉ちゃん、すっかり仲良くなったみたい。俺の手を二人で共有。器用なことしてるなあ。


「もう少し見たかったな」

「またそのうち来ればいいと思う」

「高校、地元とか思ったけど、こっちにしようかな」


 志望校を今さら変えるの?

 ただ、東京を見ちゃうと田舎じゃ満足できないだろうね。こっちから行くと気分転換になるし、俺なんかは田舎の方がいいなって思うけど。


 家に帰ると佳菜子叔母さんに「こっちの高校じゃ駄目?」とか言ってる。

 一人暮らしなんかさせられないし「どこに住むの」ってなったら、この家に住むとか言ってるし。

 それを見た母さん苦笑い。佳菜子叔母さんも「迷惑になるから」とか。

 説得を試みるも、今度は俺に抱き付いて来て「大貴兄ちゃんと一緒がいい」とか言い出して、慌てる佳菜子叔母さんだった。


「いつの間に落としたの?」


 母さんに言われるけど、俺はなにもしてない。仕込んだのは明穂だし。


「明穂ちゃんもよくわかんない子だね」


 俺もそう思う。なんでくっ付けたがるのか。いくら経験とは言っても、明穂とは婚約までしてるんだから、普通に考えてあり得ないと思う。爛れた関係は明穂とだけでいい。

 結局、もう少しよく考えなさいってなってる。

 菜乃葉ちゃんは機嫌悪くなってるし、俺に張り付くし、佳菜子叔母さんが俺を睨んでるし。俺は無実です。すべては明穂の企みなので。


 母さんが夕食の準備に入ると、明穂も手伝うとかで一緒にキッチンへ。

 手際の良さとレパートリーの豊富さで、母さんの信頼を完全に勝ち得た明穂は、嫁としても申し分ない存在だと思う。


 夕食ができるまでの間。


「大貴君」

「はい……」

「どうしてこうなったの?」


 俺は今、佳菜子叔母さんを前にして、追及されてるんですが、俺のせいじゃ無いんですって言いたい。でも、それをすると明穂に矛先が向かうし。でも、明穂なら軽くいなして逆に丸め込みそうな気もする。


「わかりません」

「菜乃葉。大貴君には婚約者が居るってわかってるよね?」


 菜乃葉ちゃんも一緒に床に正座してます。

 うちの母さんほどに緩くない性格なのか。それとも母さんが明穂に毒されたのか。


「明穂お姉さんが思うがままにって言った」


 さすが中学生。素直に言うんだもんなあ。


 そうなると今度は明穂に視線を向けて、追及が始まるかと思いきや「恋愛は当事者の自由です。大人がそれを縛っても無意味ですから」と明穂が言い放った。

 さらに続けて「大人はなんでも自分の言う通りに、と従わせますが、それでは子供の成長に繋がりません。ロボットを作りたいならそれでもいいと思いますが、自立したひとりの人間をと考えるのならば、余計なことを言う必要はありません。自分で考えて行動するから自立するんです」と。

 未成年だ、なんて言い分は明穂に通じる訳もなく。


「子ども扱いしていれば、近い内に反発しますよ」


 なんか有無を言わせない感じ。

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