Epi92 出版社は怖い所なのか

 放課後。

 部室内でコンクール受賞作を掲載した文芸集を読む部員たち。

 今日が今年の部活最終日。


「先輩。さすがです。すごい感動しました」


 津島さんが感心してるけど、この子、まだ俺を諦めて無いし。

 明穂が居るのにその反対側に陣取って、俺にべったり張り付くし。


「あの、少し離れて」

「なんでですか? 先輩を感じられるのはこの時間しか無いんです」


 どうしたらいいの、これ? 明穂はと思って見ると、気にしてない風を装ってるけど、さっきから抓られて痛いんです。さっさと剥がしやがれ、ってことなんだろうけど、離れてくれないし、言うと更に張り付きが激しくなるし。

 誰か、助けて。


「大貴」

「はい、なんでしょう?」

「なんで敬語? あ、それはともかく、持ち込み原稿できた?」

「まだだけど」


 クリスマスとイブは明穂の家で爛れ捲って、なにひとつ作業進んでないし。

 今年中に仕上げるのは無理があるし。


「早い方がいいんだけどな」

「でも、十万文字以上でしょ」

「本一冊分だからね」

「頑張っても来月末くらいになりそうだけど」


 明穂のお義父さんにより優先して読んでくれることになってる。

 編集者の都合もあるから、完成したらなんて呑気なことは言ってられないらしい。一応いつまでの期限もあって、商業出版の場合は締め切りもあるから、自由気ままに書くわけにも行かないんだそうで。


「末じゃ遅いなあ」

「学校もあるし、勉強しないとだし」

「そこは協力するからペース上げよう」


 隣で聞いてる津島さんが「本出すんですか?」とか言ってるけど、その前段階。


「まだ。これから出せるかどうか見てもらう予定」

「すぐ読んでもらえるんですか?」

「特例だから、誰もが可能なことじゃないんだよね」

「先輩! 凄すぎます! 抱いてください。滅茶苦茶にしていいですから」


 だから、それは無いんだってば。明穂に絞殺される。

 今だってまたシャーペンの先で突かれてるし、ちくちくして痛いんだって。


「来月の中旬前には完成させないと」

「冬休み中費やしても無理がありそうなんだけど」

「駄目。それだと期限過ぎて読んでもらえない」


 厳しいなあ。

 まだデビューもできないのに、締め切りで喘ぐ作家さんの気分を味わってる。


「一月十一日が締め切りだからね。これから死ぬ気で書いてもらうよ」

「死ぬ気じゃなくて死ぬと思う。マジで」

「その程度じゃ死なないしみんな通ってる道だから」


 怖い。出版社怖い。


「一番大変のは編集さんだよ?」

「そうなんだろうけど」

「締め切り守らない作家さん多くて、尻叩いて書かせてほんとにギリギリなんだって」


 締め切り直前に逃げ出す人も居て、探し出して首に縄付けて書かせたり、わかる。わかるんだけど、一日に書ける量なんて知れてるし。そこから逆算すると一月末が限界なんだけど、それが通じない。


「先輩。あたしも協力しますよ」

「すること無いと思うけど」

「いえいえ、そんなことありません。シモの世話くらいなら」

「無いから」


 そこは明穂に吸われ尽くされて出涸らしだから。

 隣で科作って胸を押し付けるけど、生憎俺は今賢者だから無反応。それより明穂のちくちくが痛い。

 他の部員も文芸集を読んでるようで、こっちが気になるのか視線がちらちら。


「浅尾」

「なんですか?」

「羨ましい」


 いちいち言わなくても。こっちは災難なんですが。

 この子、明穂並の張り付き方するし。


 文芸部の活動が終わると家に帰って、時間の許す限り小説を書く。明穂が隣で都度指摘して完成度を高めながらの共同作業。

 ドアがノックされて夕飯だと伝えられると、食事を済ませてまた書く。

 十時になると一旦部屋から引きずり出されて、風呂に連れ込まれ遊ばれ部屋に戻って、明穂に蹂躙され尽くすと就寝。

 ベッドに並んで寝るんだけど、そろそろベッドを大きくしたいなんて。


「あの」

「なに?」

「明穂としなければ一時間はあるんだけど」


 固まった。


「一時間あれば三千文字は進むと思う」

「大貴」

「えっと、なに?」

「あたしに死ねと?」


 それこそ死ぬわけ無いし。そもそも俺を食わないと死ぬって、どんな体質なのさ。


「少し我慢してくれれば捗ると思うんだけど」


 そこですごい悩まなくても。

 うんうん唸ったと思ったら「じゃあ、明日から少し加減する」だって。それが精一杯の譲歩だとか。結局やることはやるんだ。


 そして冬休みに突入した。

 俺の部屋に入り浸りの明穂は、ひたすら鬼編集ばりに俺の尻を叩く。


「書いて書いて書き捲るんだよ」


 せっつきながら「作家には盆暮れ正月は無いと思え」とか言ってるし。

 まだ作家じゃないし、ただの高校生だし。勉強もしないと上がった成績落ちるし。

 すごい上がったけど、怠けると急降下するんだよね。俺の場合。


 ドアがノックされて陽和が顔を出してる。


「お兄ちゃん」

「なに?」

「進んだ?」

「まだ」


 気になってるんだろうか?

 時々部屋に来ては様子を窺う陽和だけど、陽和もまた来年受験だし最後の追い込みじゃないの。


「お兄ちゃん」

「なに?」

「今度、あの、えっとね」


 なんか言い辛そうだけど。


「なに? 言い難いこと?」

「あのね、疲れてない?」


 疲れはまだそれほどでも無いけど、これ毎日繰り返してたら、疲労が溜まって身動き取れなくなりそう。肩も凝ってくるし、姿勢が同じだから背中も尻も痛いし。


「来年早々に疲労困憊で倒れるかも」

「大貴は軟弱だなあ。ジョギングの距離伸ばして、もっとスパルタがいいのかな」

「勘弁してください」

「あのね、疲れが溜まってしんどくなったら」


 モジモジしてるのはなんで?


「えっとね」


 顔が真っ赤になってる。

 えーっと、なんか如何わしいこと考えてない?


「お兄ちゃんの、背中、流してマッサージしてあげてもいい」


 背中流してマッサージって、風呂で?


「陽和」

「あ、お兄ちゃんが嫌なら無理強いしない」

「大貴。一日妹に癒してもらえばいいと思うよ。お互い裸の付き合いもいいでしょ」


 無いんだってば。

 風呂じゃなくて普通にマッサージしてくれるだけで、充分労ってくれたことになるし。わざわざ裸の付き合いなんて、そんなの幼稚園までだってば。


「えっと、やっぱ嫌、だよね」


 そう言って悲し気な表情されると、どうすればいいのか。裸は拙いしでも、陽和で股間が元気になることは無いから、俺さえ気にしなければ問題無いのか?

 いやいや、良いわけ無いし。


「気持ちだけありがたく受け取っておくよ」

「大貴。なにおっさんみたいなこと言ってるの?」

「おっさんって」

「遠慮なくちん〇ん洗ってもらえばいいでしょ」


 要らないし、流すのは背中だし。

 明穂が煩すぎて肩凝りが激しくなったら、陽和にマッサージしてもらうことで決着した。風呂上がりにだけど。


「全裸だよ」

「なんで?」

「服着てたらやり辛いんだってば。ついでにち〇ちんもマッサージしてもらうといいよ」


 そこから離れようよ。

 どうあっても近親相姦をさせたいらしい。明穂の目的はそれだから。


 この日は明穂も大人しく寝てくれた。

 さすがに作業が滞る程に毎晩ってわけにも行かず、最優先は小説を書き上げることだから。それが済んだら好きにしていいって、譲歩案も出したことで納得してくれた。


 そう言えば冬休みに親戚の子が来るんだっけ。


 冬休み二日目。

 親戚の子が遊びに来る。母さんがお出迎えに行くんだって。俺とか陽和だと面識が無いから。

 事前に写真送る手段もあったけど、そんな面倒なことするなら、母さんが迎えに行った方が早いから。

 それと、父さんも帰ってくる。


 なんか今年の年末は賑やかになりそうだ。

 でも、親戚の子も受験生とか言ってたし、あんまりのんびりできないだろうな。


「じゃあ迎えに行ってくるから」


 母さんがそう言って家を出ると、三人ともリビングで待つんだけど、楽しみそうなのはなぜか明穂だ。

 冬休み中、俺の尻を叩く為に家に寝泊まりするそうで。


「どんな子かなあ。可愛いといいね」

「別に親戚の子だって言うなら、普通でもなんでもいいけど」

「だって、抱けるかもしれないんだよ」

「抱かないし、抱かれたいなんて思わないでしょ」


 傍で陽和がそわそわしてる。


「どうしたの?」

「同い年で同じ受験生だと、話が合うかなあって」


 そうか。

 やっぱ気になるよね。

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