Epi90 女子中学生がやって来た
体を鍛えるのは決定事項のようだ。こんな冬になってからジョギングなんて、寒いだけできっと心臓発作を起こす。
「そんなわけないって」
「でも、日頃運動してないから、急に動くと負担が掛かりすぎて」
「だから最初は軽めのジョギングからなんだよ」
俺の場合は体がなまくらだから、当面五キロ程度の距離から初めて、徐々に距離を延ばすんだそうで。五キロを歩くより早めの速度なら、負担も少なく歩数も稼げるから、体全体の血行も促進されて頭も働くのだとか。
「最初だけだから、きついのって。まず基礎体力を付けないとなにもできない」
で、これは決定。明日からやるんだとか。明穂も並走するからなにかあっても大丈夫、だそうだ。
「あとね、筋肉量が増えれば男らしい体格になる。女の子みたい、とか言われずに済むよ」
男性ホルモンも活発に働いて筋肉量も増えて、副次的効果も期待できると言って憚らない。つまりあれだ、夜の営みに期待してるんだろう。アスリートは夜も強そうだし。知らないけど。
そんな話をしながら小説を書いていると、ドアがノックされた。
陽和が来て友達が会わせて欲しいと言ってるそうで。
「俺が行くの?」
「お兄ちゃんの部屋に来てもらうの?」
「あー、いや。それで明穂も一緒でいいの?」
明穂を見て俺を見ると「お兄ちゃんが霞むからお兄ちゃんだけでいい」らしい。
それもそうか。見た目の華やかさからして、そこらの女子なんて吹き飛ぶからなあ。俺も花の周りを飛ぶコバエみたいなもんだし。
「えっと、明穂は部屋で待ってる?」
「挨拶したいなあ」
だから明穂が来ると俺の存在なんて消えるんだってば。自分がどれだけ目立つ存在かもう少し自覚して欲しい。
「無しで」
「そうやって格好よく見せて手籠めにするんだ」
「しないってば」
「じゃあ、待ってる」
手籠めって、相手は中学生だし陽和の友達だし、ちょっと挨拶するだけだし。
明穂を部屋に置いて陽和の部屋に。
紹介されるんだけど、なんか幼い顔立ちの子が二人居て、俺を見て、これ、がっかりしてるんじゃないの? 口半分開いてなんか呆けた感じだし。
「陽和」
「ん?」
「俺をどう自慢してた?」
「文学少年で将来の文豪」
見た目がどうこうは無いのか聞くと、「見た目はあたしと似てる」とだけ伝えてたそうだ。決してルックスがいいなんて言ってないらしい。ちょっとだけ女の子顔だとは言ったらしいけど。
「きっと頭の中で思い描いていた姿と違い過ぎて、言葉もない状態なんだろうね」
「美化されてたのかな」
「たぶんそうじゃないの?」
勝手に想像してすごいイケメンとか期待してたら、なんか冴えない男が来て、これじゃない感がすごいんだろう。失礼だとは思うけど所詮中学生だし。世の中の現実も知らないし。すごい文豪がイケメンなんて、ほとんど聞いたことないから。
「これ以上居ると凹みそうだから、部屋に戻る」
「なんかごめん。お兄ちゃん」
「いいよ。こうなるのはわかってたし」
陽和の部屋を後にして自室に戻ると明穂がへらへらしてるし。
「もう済んだの? 早いね」
「だって、あの反応だと凹むから」
「あの反応って?」
「なんか呆れた感じで見られてた」
陽和の説明から過度に期待してたら、しょぼい男が出てきて期待を裏切られた、そんな感じじゃないのかなって、明穂に言った。
「中学生くらいって見た目重視だし、中身なんてどうでも良くて、ただカッコいいとか、スポーツでキラキラした汗流してる、爽やか系がいいからね」
俺の場合は文系でパッと見ても冴えないし、白い歯がキラッってのも無いし。今もネクラな部分はしっかり残ってるし。ぼっちは解消されたけど。
俺でがっかりした後に明穂を見たら「素敵なお姉さま」って感じで、すごく憧れるんだろうな。外見だけじゃなく中身もほぼパーフェクトだし。このまま会わせない方がいいかも。
「落ち込んでるの?」
「ちょっとだけ。なんか少し自分に自信付いた、と思ったけど、世間はやっぱ簡単じゃなかった」
「商業作家ならねえ。それだけですごい! ってなるんだけど」
高校の頂点程度じゃ底が知れてるってことか。
「とりあえず小説書くよ」
「そうだね。持ち込み原稿を仕上げて、商業デビューしちゃえば反応変わるから」
なんか隣でぼそぼそ言ってる。「中学生程度に大貴の良さなんて理解できるわけ無い」とか「派手なら脳筋でもそっちを好むのが女子中学生」とかなんとか。
挙句「サッカーバカとかバスケバカとか、偏向フィルター通して見てるだけだし」なんてことまで言ってるし。俺が残念だと思われたのが明穂も悔しいのかな。
「中学生程度だとバカでもキラキラしてればいいから単純」
もう、止まりません。
「文学文芸の話なんてちんぷんかんぷんでも、笑うと白い歯が輝けばそれで惚れちゃう程度の浅はかさだし」
俺を見て「幼いから仕方ないんだけどね」だそうで。
「明穂は中学生の時どうだったの?」
少し悩んでる?
「やっぱスポーツやってるとカッコイイとか?」
「あたしは違う。文学少女だから汗臭い連中は好きじゃなかった」
汗臭いんだ。
「もっと早く大貴と出会ってれば、証明できたのに」
いや、過去に出会っていても、きっと明穂は俺を好きになってくれた、そう思ってる。地頭のいい人って幼い頃から違うし、やり取りしてる間に、見た目だけの薄っぺらか、そうでないかの判断はできたと思う。
「明穂のことは全幅の信頼を置いてるから」
「そう?」
力強く頷いたら、なんか嬉しそうだな。
「じゃあ夜は励めるね」
それは違うと思います。
「あ、大貴、婚約指輪どうしようか?」
えーっと。高校生にとって極めて高価で、容易に入手不可能な代物だと思います。
やっぱ必要なのかな。
「買ってあげたいけど、今の俺だと無理があるし」
「とりあえずプチプラで充分だけど」
「婚約指輪ってなんか決まりってあるの?」
「無いよ。なんでもいいんだよ。約束したって証だし」
だったら、〇九辺りのアクセサリーショップで売ってる、安価なものでもいいのかな。
「大人がそれだとアウトだけどね」
「まあそうだと思うけど」
「ちゃんと記念になるように考えてくれるなら、今はなにか形になってればそれでいい」
今度買いに行くか。明穂に付き添ってもらった方が、失敗が無くていいとは思うけど、それだと感動も半分になりそうだし。自分だけで行ってちゃんと考えた方が、たぶん喜んでくれるんだろう。
あんまり小説は進んでないけど、少しするとドアがノックされた。
ドアを開けると陽和が居て、その後ろにさっきの子たちが居て、なにやら覗き込もうとしてる。
「なんか、お兄ちゃんの彼女、見てみたいって」
「言ったの?」
「お兄ちゃんにはすごい彼女が居るって、言っちゃった」
なんて言うか。陽和も俺がコケにされて悔しいとか思った? だからつい、明穂のことを言って、俺にはすごい彼女が居て、そこらの女子なんて足元にも及ばないとか。そんな自慢しちゃったんだろうか。
明穂を見ると「いいよ。挨拶したかったし」だってさ。
で、部屋から出てきた明穂を見て、黄色い歓声が上がるし。明穂は別格だからね。見た目も中身も。一部変態だけど。
陽和の友達を見た明穂だけど。
「君らに大貴の良さは理解不可能だね。子どもすぎて」
そんな嫌味言わなくても、と思うけど。
それでも友達の目がキラッキラだし。これって宝塚に憧れる少女みたいなものかも。明穂って着飾ったらそんな雰囲気だし。立ち居振る舞いもしっかりしてるしなあ。すぐにフラフラする俺とは大違いだ。
「すごい美人」
「なんか憧れるー」
だろうなあ。校内でも明穂だけは特別扱いだし。
そんな最高の女性と付き合ってる俺が、無価値なわけ無いって、そう思ったりするのかな。それとも騙されてるんだ、とか。
でも、思ったよりも素直だった。
「すごい人と付き合ってるって、実はお兄さんもすごいんですね」
だって。
明穂が居ることで俺の株も少しは上がったみたい。
二人とも感心しながら帰ったみたいだ。
「良かったね大貴。ちゃんと認めてくれたし」
「明穂の功績しかないみたいだけど」
「でもいいじゃん。あの程度って認識から、すごい人になったんだから」
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