Epi86 開拓するのが吉とか

 そこに需要があるから供給があり、それを本気で望む兄など居ないのだ、と最近になって明穂に言われたらしく、俺にしても需給関係上変態小説を書く。読まれねばそれはただの文字の羅列、しかし読まれることで意味を成すのだから、と。


「明穂さんに言われたから」


 俺を見ながら「あたしの裸を見たいわけじゃないんだよね」と言ってる。

 当然だが、陽和の裸なんて興味の欠片も無い。たぶん見ても感動も無ければ、気まずさしか無いのは断言できるし。


「そんなわけ無いし」

「こういうのって人気あるの?」

「まあ、読者はたくさん付く」


 俺の小説には読者付かないけど。


「じゃあ仕方ないんだね」


 物分かりが良すぎませんか?


「なんか難しい言葉使ってるんだね」

「あ、いやまあ、それは、ちょっと文学的表現って奴も」


 恥ずかしいから読まないで欲しい。


「読まれるんだったら書いててもいいと思う」

「そう?」

「お兄ちゃん」

「なに?」


 じっと俺を見つめてるけど、なにが言いたいのかな?


「ほんとに大丈夫なんだよね?」

「大丈夫ってなにが?」

「あたしに、その、変な気持ち持たないんだよね?」

「無いから! それは絶対ないって断言できるから」


 じゃあいい、だそうで。

 俺の書く小説にいちいち文句付ける筋合い無いんだそうだ。懸念してたのは兄が妹に性的関係を求める、そんな事態は気持ち悪過ぎるだけで、フィクションの世界にまで、ケチ付けることはしないんだって。明穂もそこは寛大な気持ちを持たないと、俺の将来を狭めることになるからと、念を押されたらしい。


「お兄ちゃん。ご飯だから」

「あ、うん」


 二人でダイニングへ行き夕飯を済ませる。

 ちょっと俺的には気まずい感じだけど、陽和が割り切ってくれるなら、その方が今後活動しやすいのは確か。

 食事中に陽和がなにやら言い出した。


「母と息子ものって書かないの?」


 噴いた。


「大貴。なに? いきなり」

「お兄ちゃん。なに狼狽えてるの?」


 いきなり母子ものとか言い出すから、驚いただけで。


「陽和、まさかそんなの読んだの?」

「たまたま見たんだけど」

「書けと?」

「妹ばっかじゃなくて、お母さんを書いてもいいと思う」


 俺の変態に磨きを掛けたいと、そう言うのかね? 陽和は。

 母子ものは需要としてはそれ程ないと思う。


「大貴、陽和も。なんの話?」

「お兄ちゃんの小説で、お母さんとお兄ちゃんのエッチい話書かないのかなって」


 母さん。俺を見ても仕方ないんだけど。

 これってもしかして明穂が仕掛けてないかな。陽和がこんなこと口にするわけないし、そういう世界があるって教えて、俺に書かせたら面白そうだとか。

 明穂ならやりかねないし。


「大貴」

「えっと」

「書かないの?」

「は?」


 現実で難しいならせめて小説の世界で燃えたい、とかなに言ってくれてんの?

 母さん、マジで俺を欲してる? しかも体。なんかヤバすぎでしょ。


「大貴をマザコンに育てられなかったのは失敗かも」

「ならないから」

「なっていいのに。夜眠れないからって、ベッドに潜り込む息子なんて、可愛くて堪らないんだけどね」


 挙句「潜り込んだら楽しめるのに」じゃないでしょ。頭の中身を疑われるレベルだってば。


「大貴が書くなら協力は惜しまないからね」


 絶対書かない。

 なにされるかわかったもんじゃないし。明穂がこの家に入り浸ると、家族がどんどん変態になってくる。毒されて俺が犯される日もそう遠くないかも。

 だったら、婚約も決まったから明穂の家に居た方が……。

 駄目だったー! 明穂のお義母さんにも狙われてた。


「お兄ちゃん。明穂さん言ってたけど、新しい世界を開拓するのがいいんだって」


 やっぱ犯人は明穂だった。

 どうやって陽和を丸め込んだのか知らないけど、普通なら拒絶反応示すはずが、理解し過ぎるのも変だと思った。

 口達者な明穂だからこそできるんだよ。


 食後に明穂に電話すると。


『書けばいいじゃん』

「書かないってば」

『大貴、なんか勘違いしてるけど、そうじゃないんだって』


 明穂曰く、エロ小説を書けとは言って無くて、母と息子の愛を描けば、また違った分野を知る機会にもなる上に、表現の幅も広がるから、なんでも書いてみるのがいいと。

 母子愛もきちんと文学として成立するのだから、そういうジャンルにも挑戦する価値はあるんだそうで。


「でも、普通に書いたらエロくなりそう」

『いいんだってば。少しくらいエロくても。極端な話、近親相姦でも何でも書けばいい。それをすることで、大貴もまた一皮剥ける。あ、アレは剥けてるから問題無いけど』


 明穂さん。そこでアレとか持ち出さなくても。『さすがに何度もやってると、戻らずに済むようになるんだね』じゃないってば! 『思い出したら欲しくなった』とか、もう、明穂ってなんでこんなに恥じらいないの?


 作家業を本気で目指すなら、なんでも書いた方がいいと。

 書くためには知識を要求されるし、場合によっては経験も必要になる。経験するのが難しい事象は取材で知ればいいとも。


『大貴はお母さんと遠慮なくやっていいからね。それは身内だから許可するし。陽和ちゃんとも好きなだけしてみればいいと思うよ』

「無い」

『いいじゃん。他人だったら許せないけど、身内だから許せるし、女性の体を知ることができるよ』


 今のままじゃひとつしか知らないじゃん、じゃないって。

 ひとつって、そもそもなにさ?


『あたしの』


 もう、この人。


『あ、もう一人。ほんとはすっごく嫌だけど、あたしのお母さん。もうあれも壊れてるから許可してもいい。大貴を貸せってしつこいし。でも一回だけだからね』


 怖すぎるし無いんです。少し年上程度なら興味あっても、四十代超えた人は要りません。

 ただ、明穂も言うように、母子愛を書くのはあってもいい、そう思った。

 エロ抜きできちんと愛を描ければ。ちょっとはあってもいい。いや、それはないか。ただ、煮詰まって先へ進まないなら、違う話も書いて行った方が、刺激になるのは確かかもしれないし。


「明穂」

『なに?』

「エロ抜きで書いてみる」

『エロも込みでいいんだけど?』


 性獣はどうしてもエロ小説を書かせたいらしい。と言うか俺と母さんの情事を書かせたいんだ。面白がってないかな。

 電話を済ませて早速考えてみる。

 母子愛の形。単なるマザコンとかムスコンじゃ底が知れるから、きちんと純愛ものとしてしっかり練り上げて行けば、それはそれで持ち込みできるかもしれない。

 この手の文学作品って実際にあるから。ただ、ありきたり感を無くすのは難しいと思う。でも、それをこなせばもっと広がりそうな気もするし。


 新しいテーマなら割とスムーズに組み上がる。

 パソコンを前に湧き上がる創作意欲をぶつけて、二時間もすると一万文字ほど仕上がった。

 あとで明穂に読んでもらって推敲を繰り返そう。

 これまで書いてた奴はしばらくお預け。今無理に書いても碌なものに仕上がらないから。


 当面は母子愛をテーマの作品に注力して、いくつか持ち込み候補を作って行こう。

 その中から明穂と相談して、一番可能性のありそうなものを、出版社に持ち込めばいい。


 とりあえず適当なところで終わらせて風呂に入ろう。

 風呂の前にある脱衣所のドアを開けると。


「!」

「え?」


 えーっと、陽和?


「お、おにい……」


 事実は小説より奇なり。

 さっきの妄想が現実に目の前に展開中。


「お兄ちゃん。閉めてくれる?」

「あ、あああ、う、うん」


 ドアを閉じて考える。

 確かに陽和だし、しかも全裸。風呂上がりだったのも確かで、小説との違いは喜ばれないこと。当たり前だけど。

 妹の裸なんて見てもなにも感じなかったのが救いだ。

 少しするとパジャマを着た陽和が出て来た。なんか気まずい。


「空いたから」

「あ、うん」

「お兄ちゃん」

「なに?」


 見たかったの? と問われたけど、これは完全に俺のミスで、見る気も無いし見てもなにも思わなかった。と言ったら。


「そ、そうなんだ」


 なんで? 残念そうな陽和が居るんだけど。

 まさか、兄と……を望んでたり? あるわけ無いけど。


「今度はノックしてよ」

「わかった」


 去り際にぼそぼそなんか言ってるけど、微妙に聞き取れたのは「どうせなら……」って、意味深な感じの言葉だった。

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