Epi85 女性心理は複雑怪奇

 部室内での如何わしい行為は禁止、と顧問の先生から警告が入って、津島さんは俺から離れた。さすがに見てられ無かったのか、それとも俺と津島さんだからか。明穂とだとなにも言われないし。明穂には言うだけ無駄だとは思うけど。お陰でやっと解放された感じ。明穂が居るのに相当しつこく迫るって、なんなんだろう。


 津島さんを見ると俺の視線に気付いたのか、こっちを見て微笑んでるし。


「好かれ過ぎちゃったね」

「なにそれ」

「文化祭では原石だった。でもコンクールの結果で、それが磨かれた宝石になった。まだ市場価値は低いけど、それでも光り輝く宝石なら、欲しいと思うのが女性心理だよ」


 明穂曰く、津島さんはきらきらした宝石が大好きな、かなりミーハーな子なんだとか。更に明穂と付き合っている事実は、その価値を押し上げる効果もあるのだとか。最高峰の女子と付き合うと言うことは、相手の男子に付加価値が生まれるそうで。


「それって」

「自慢の彼氏。大貴にとってあたしが誰にでも自慢できる、そう思うように、あの子もまた大貴と付き合うと自慢できる、自尊心を満たせる存在ってこと」

「明穂と付き合って自尊心なんて満たされないけど」


 むしろ不釣り合いすぎて、困惑したくらいだし。


「大貴はそうだけど、あの子は違うんだよ。目立つ実績が無いから、自尊心を満たす存在に惹かれる」


 婚活中の女性が分を弁えず、高収入の男性を求めるのも、自尊心を満たす行為。己を顧みずに相手に高い理想を求めるのと同じ心理だとか。

 もっとも中年女性の場合は賞味期限も切れて、在庫処分状態なのに、若い子より市場価値が無いって自覚も無いから、かなり質が悪いそうだ。


「自分を高く見せたい、高付加価値のある存在と思わせたい、ってのは男性にも通じるものあるけどね」


 俺は別だそうだ。どこまでも安く見せてるから、津島さんみたいなのが、集まってくるんだって。


「大貴は自分のバーゲンセールやってるんだもん。それじゃ安っぽい子が群れて来るって」


 つまり、俺にもっと自信がついて、堂々としてれば安っぽい子は近寄れない。明穂のような最高峰に至っていれば、おいそれと手も出せない高嶺の存在になる。

 まあ、言われてることはわかるけど。


「でね、圧倒的な存在になるために、持ち込み原稿早く仕上げちゃおう」


 結論はそれなんですね。


「あ、そうだ。長山とか田坂も近いかな」

「津島さんに?」

「そう。もし大貴の魅力に最初から気付いていれば、もっと早くから気にしてたと思うよ」


 でも、長山さんには助けられてるし。


「付き合ってる相手があたしだから。もしこれが津島みたいな子だったら、シカトしてたかもしれないよ」


 そういうものでしょうか。


「だから本気にしちゃ駄目。今は急に目立つようになって、あわよくば落とせたらラッキー程度だからね」

「なんか、身も蓋も無い感じだけど」

「一緒のクラスに居て、しかも長山は前に座ってる。なのに喋ったことも無いでしょ? 気にしてたらもう少しなんかしらアクションあるから」


 明穂の自信の根幹って。

 古代遺跡を最初に発掘した考古学者の誇りみたいなものかも。他の子は誰も俺という存在を認識すらしてなかった。そこにあるのに気付かない。掘り起こして磨いたらすごい価値があったってことなのか。最初からその価値に気付いてたのが明穂で、他の子は磨かれた状態を見て、価値のあるものに惹かれただけと。


「一時の熱に浮かされた連中なんて、すぐ冷めちゃうから、本気で相手しても意味無いよ」


 今俺の周りに群がる女子がそうなんだって。

 自分達の見る目の無さを嘆くなら、多少は見込みあるけど、そうじゃ無いから適当にあしらうのが正しいんだそうで。


「だから、持ち込み原稿書いちゃおう」

「えっと、全然先進んで無いし」

「期末考査が終わったら本格的に活動しようか。年末年始の休みも有効利用しないとね」


 言い出したら聞かないから、確実に小説を書かされるんだろうな。


「その前にクリスマスあるし、誕生日のお礼に同じことしていいから」

「同じことって」


 明穂で本物の女体盛り? いやいや、あれはやっぱ異常だって。そそられるけど、無い。


 部活が終わって帰る時にまた声掛けてくる津島さんだ。


「先輩。今日は中途半端でしたけど、今度は絶対抱いてもらいます」

「無い」

「せんぱ~い」

「無いから。明穂が居て手を出せるわけ無いでしょ」


 居なかったらヤバかったかも。女性心理に無知なままなら、ほいほい受け入れてたと思うし。むしろ浮かれ捲ってたかも。

 縋る津島さんを振り切って、明穂と一緒に帰るんだけど、今日は真っ直ぐ家に帰るそうだ。珍しいなと思っていたら。


「持ち込み原稿用にネタを仕込んでくるから」


 だそうで。

 これはあれだ、明日以降は尻を叩かれて、逃げること叶わず書かされるんだろう。

 そのための準備なんだ。


 家に一人で帰ると、母さんも同じタイミングで買い物から帰って来た。


「陽和が居るから開けてもらって」

「俺鍵持ってるよ」


 いちいち呼び出すより俺が開けた方が早いし。

 で、鍵を開けて家に入ると「今日明穂ちゃんは?」とか聞いてきた。


「ネタ仕入れるんだって。小説の」

「そう。年中入り浸りよりはいいかも」

「あ、そうだ。忘れてたけど婚約は?」

「覚えてたの? 忘れてくれてれば」


 キッチンまで荷物を持って行くと。


「もう今さら反対もなにも無いし、大貴も結果出してるし、明穂ちゃんと向こうの両親が許可してるなら、好きにすればいいし」


 じゃあ、これで成立ってことになるのかな。


「入籍日とか決めてるの?」

「決めてない」

「じゃあ、決めておけば?」

「それも話し合ってみる」


 学生結婚でもいいじゃないか、とか父さん言ってた。でも明穂のところはどうなんだろう。さすがに大学卒業まで待てとか、そんな感じかも。


「結婚したら独立するの?」


 キッチンで夕飯の準備をしながら聞いてくるけど。


「それもまだ」

「焦って決めることじゃないから、よく考えて頂戴ね」

「うん」


 自分の部屋に行き着替えてるとドアがノックされた。

 陽和だ。とりあえず着替えを済ませてドアを開ける。


「お兄ちゃん。今度の日曜日いいかな?」

「日曜? 明穂が来るかもしれないけど」

「友達連れて来るから」

「あーそう言えば、見に来たがってるんだっけ」


 見ても仕方ないと思うけど、まあ来るなら仕方ないか。


「明穂に言っとく」

「うん。じゃあ日曜ね」


 陽和が自分の部屋に戻って、俺も夕飯まで少し小説を進めておこう。

 暫くパソコンの前で唸ってたけど、なんかちっとも先へ進まないし、なんにも思い付かないから、画面は真っ白なまま。

 今日はノリが悪くて無理だなあ。


「おにいちゃーん!」

 両手を広げ僕に駆け寄る相手は何を隠そう、僕が心より愛して止まないなのだ。

 僕を見つめる濡れた双眸そうぼうは様々に煌めきを変容させ、艶やかな唇は僕を呼ぶ際に形状を変化させる。

 因みに妹は今、全裸で僕に向かって来ているんだ。

 小刻みに揺れる双丘が僕を歓喜へと誘う。


 ……。


 じゃないってば!

 こんなの持ち込めるわけ無いし。

 でも、たまには妄想全開のラノベも書きたいとか思うし。明穂に言わせれば小説とは言い難いらしいけど。特に俺の書いてる奴なんて「変な」の形容が付く。

 妹ものは卒業して普通に学園物にすれば、まだ陽和に見られてもマシかもしれない。妹ものを妹に見られるのは、さすがにショックが大きいだろうから。


 で、ドアをノックする奴が居るし。


「なに?」

『あ、お兄ちゃん。ご飯できたって』


 もうそんな時間か。


「今行く」


 部屋の外に出ると陽和が居て俺を見てる。


「パソコン点いてるよ」

「あ、そうだった」


 部屋に戻って画面を見て、これは消さないとと思ってたら、後から声がする。


「お兄ちゃん。それって」


 また見られた!

 せっかく仲を修復したのに、元の木阿弥じゃん。


「お兄ちゃんにとっての理想?」

「違うから」

「裸で迫る妹が好きなの?」

「それも違う」


 勘違いは正しておく必要がある。

 あれ? でも待って。こんなの見て変態クズ野郎とか、なりそうなのになんで冷静なの?


「陽和?」

「明穂さんに言われて小説投稿サイトの小説見たから」


 どういうこと?

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