Epi80 文芸部員もひっくり返る

 夕食後、これまでにない程に元気な俺だった。なにがって、まああれだけど。

 明穂も大いに盛り上がって元気が良過ぎて、途中で俺の精魂尽きたけど。明穂にはやっぱり敵わない。明穂は底無しだった。

 最中にドアがノックされ「お兄ちゃん。もう少し静かにして」とか言われるし。

 母さんも聞き耳立ててたかもしれない。時々廊下をパタパタって音がしてたし。

 でも、そんなことも気にならないくらいに盛り上がってた。


 朝になって陽和と顔を合わせると真っ赤になってるし、母さんは妙にいやらしい笑顔になってる。


「どうせなら見たかった」


 じゃないってば。


「大貴はケチだなあ。見せても良かったのに」

「良くないってば」

「減るもんじゃ無いんだから、堂々と見せてもいいんだよ?」

「無い」


 で、明穂は俺の母さんに向かって、「今度部屋の鍵開けておくんで、見に来てください」とかじゃないって! これは相当用心しないと本気でやりそうだし。

 挙句、「撮影もオッケーですよ」とか、もう明穂の頭の中ってどうなってるの?

 さすがに母さんも苦笑いするしかなかったみたいだけど。


 朝食の時に「大貴と婚約させてください」って言ってる。


「卒業まで待つんじゃなかったの?」

「結果を出したから前倒しで」

「えっと、そっちのご両親は?」

「付き合った時からあたしにお任せです」


 頭の痛そうな母さんだけど、今回の結果は大きかったようで、考えておくとだけ。


「まだもう一押し必要かなあ」

「母さんは慎重なんだと思う」

「大貴は? 昨日いいって言ったよね?」

「うん。言った」


 登校時にまた絡み付いて動き難い状態だった。けど、それもなんか嬉しかったし。

 明穂と離れて教室に入ると、長山さんと田坂さんが挨拶してくる。


「おはよー」

「おはよう」


 昨日は気付かなかったけど、二人ともなんか目がキラキラしてる。なんで?


「あーちゃん。三菅さんに内緒で抱いてくれる?」

「あ、萌香もえかちゃん駄目だってば」


 ん?


「あの、萌香って?」


 二人とも顔見合わせてるし。


「名乗って無かったっけ?」

「そうみたい。今さらだけど、あたしは田坂結菜ゆいなで、抱いてとか言ってるのが、長山萌香だから」


 今知った二人の名前。苗字しか知らなかった。


「あ、それで、いいよね? こっそり」

「それ無理だから」

「えー。陰でこそこそ」

「明穂にバレないと思う?」


 絶対バレるね、ってなって抱いては無くなった。でも、「あーちゃんの見ちゃってて、かなり意識してるんだよね」とか言ってるし。惜しいとは思わない。だって明穂しか眼中に無いもん。本気で大切だと思ったし。

 でも、こっそり耳元で悪魔の囁きが。


「あの、そのね、その気になったらね、好きにして……」


 マジで悪魔の囁きだった。田坂さんがそんなことを口にするとは。ヤバいんだって。田坂さんはなんか癒される感じだから。本気で迫られたら断り切れないかも。

 明穂ごめん。たった今まで大切なのは明穂とか言ってたのに。


 昼になると明穂が来て、机を並べて島を作ると早々に俺の隣に。


「あーちゃん。あーんして」


 もう慣れっこです。


「あたしにも」


 やっぱ恥ずかしい。


「あ、そうだ。あーちゃんさあ、あたしのこと萌香とか萌ちゃんとか呼んで欲しい」

「なにそれ? 大貴に名前で呼ばせるの?」

「駄目?」

「いいけど、あんまり親密になるとあたしがぶち壊すかも」


 怖い。


「あの、それならあたしも結菜とか結ちゃんとか」

「そっちはヤバいなあ。田坂の場合はねえ。大貴が流されそうで」

「えっと、でも、あたしだけ苗字?」


 田坂さんをじっと見て、俺を見て「仕方ないから許す」だって。

 そうなると強制的に名前で呼ばされることに。


「萌香って言って」

「ももももえ、か」

「結菜だからね」

「ゆゆ、ゆゆゆいにゃ」


 なんで名前呼びってハードル高いんだろ。なんか言い辛い。


「大貴。あたしで慣れたのかと思ったけど、相変わらずなんだね」

「だって、明穂とは付き合うことが前提だったし」

「そっか。じゃあ二人と付き合うことは無いから、苗字呼びで」

「三菅さん。今さらそれ?」


 仕方ないから許すそうで。なんか嫌そうだけど、明穂の気持ちはわかるんだよね。たぶん。なにもかも独占していたんだと思うから。


 放課後になって部活に出ると、顧問の先生から話がされるようで、全員揃うと咳ばらいをしながら徐に話し出した。


「あー。文芸コンクールの結果が通知された」


 一年の部員。名前なんだっけ? 彼は今回落選だったのかな? なんか期待してる感じだけど。


「今年度は浅尾が受賞した」


 部員の目が一斉に俺に集まった。

 明穂だけは自慢げだ。


「須藤は残念だが今回は落選だろう。次回これを糧に頑張って欲しい」


 顧問の先生からの言葉に、落ち込み方がすごいな。よっぽど自信があったんだろうけど。明穂は当然だって顔してる。なにか言いたそうだし。


「それと浅尾の受賞内容だが、聞いた俺も驚いたが、最優秀賞と文科大臣賞に新聞社賞のトリプルだ」


 部室内が騒がしい。いや、騒がしいなんてもんじゃないな。


「マジか?」

「なにそれ?」

「うそ……」

「すごすぎね?」


 全員目を白黒させて驚愕してるし、なにより全員椅子から転げ落ちそうだし。

 明穂だけだよ。当然の結果だと思ってたのって。


「あー静かに。驚くのも無理は無いが、それほどに浅尾の小説が優れていたってことだ。これを機にみんな浅尾を目指して切磋琢磨して欲しい」


 あとで浅尾の小説はコピーを渡しておくから、みんなそれを読んで勉強するように、とか言ってるし、俺の小説なんか教材になると思えないんだけど。

 一年の須藤だったか、先生に質問してるみたいだ。


「あの、なんで落選したか理由は?」

「理由の開示は無いんだよ。書評を得られるのは受賞作品だけだし」


 明穂がうずうずしてる。言いたそうだなあ。と思ってたらやっぱり言い出した。


「作品にはそれぞれ相応しい舞台がある。須藤の作品はウェブとかで称賛されるもの。大貴の小説は文芸だからウェブじゃ評価されない。戦う場所が違えば得られる結果も違ってくる。それだけのことだから」


 賞を取りたくて称賛されたいなら、投稿サイトで活躍すればある程度は行ける、と明穂は言うけど、あくまである程度であって、俺の時とは少し言い方が違うんだよね。


「つまりね、須藤の書く小説レベルなら、ネット上に溢れ返ってるってこと。その中でトップに立つにはまだまだなにもかも足りてない」


 万を超える作品が溢れ返り、競争率も高く日々ものすごい量の作品が消費される。そんな中で絶賛されるにはまだ厳しいんだとか。


「もっと謙虚になって語彙を増やして、表現力を身に付けて、知識をたくさん得ないと抜きん出るのはむつかしい」


 須藤も驚いてるけど先生も驚いてる。


「なんて言うか、三菅は、その、ネット小説も読むのか?」

「大貴の小説はネットにあったんです」


 場違いな舞台で読まれないと嘆いていたのが俺だそうだ。


「戦う場所さえ選べば大貴の結果は当然なんです」


 思わず先生だけじゃなく部員も納得してた。

 そうなると例の後輩がもう、目にハートマークを散りばめて、俺を見てるんだよね。


「先輩」

「えっと、なに?」

「抱いてください」

「無いから」


 来ると思った。

 他の女子部員もまた目付きがヤバくなってるし。


「浅尾って、もしかして天才?」

「ちょっと結果がすご過ぎて」

「あたしも浅尾に教えてもらいたい」


 男子部員はと言えばやっぱ悔しさもあるみたい。でも、部長はもう「スゲー奴だ」で感心し捲り。他はと言えば「なんか、差の付き方が」とか「三菅さんの力か?」って。明穂の力は確かにものすごく大きい。指摘のすべてが適切で、それが無かったら受賞も無かったと思うし。


「先輩」

「なに?」

「滅茶苦茶にしてください」

「だから、無いんだってば」


 この子、どうしてこんなに変なの?

 憧れも強いんだろうけど、もう少し貞操観念を持って欲しい。貞操観念をどっかに捨てて来たのは明穂だけで充分だし。


「捨てて無いんだけど」

「あ、いやあの」

「大貴だけなんだから、捨てて無いよ」

「はい。そうですね」


 思ってたことがバレてるし。


「先輩!」

「だから無いってば」

「教えてもくれないんですか?」

「あ、れ? いや、それならいいけど」

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