Epi79 最高の栄誉を手にした

 当事者の俺だけなんの実感も得ていない。

 校長や顧問、担任ともに喜んでいて、明穂も長山さんも田坂さんも喜んでる。でも、俺は今も信じられず受賞の事実を受け入れてない。きっと夢だ、間違いだ、あり得ないと。


「大貴。お祝いやろう」

「あ、それいいね。あたしたちも祝ってあげる」

「そうだね。なんかすごい結果を残したから」


 三人ともすっかりその気だ。

 一人冷めてる俺が居る。


「今度の土曜日、大貴の家かあたしの家で祝杯だね」

「なんか作って持って行くね」

「あたしは体でもいい? 手先不器用だし」


 作ってくれるのは田坂さん。家庭的なのかな。

 体とか言ってるのは長山さん。不器用なんだ。

 明穂は泊って行くんだろうから、その先は考えるまでも無い。


「体って、なにする気?」

「エッチ」

「駄目」

「いいじゃん。ひとり占めは良くないと思うんだ」


 そういう問題じゃないと思います。


「大貴の家だとサプライズがむつかしい」

「じゃあ、三菅さんの家?」

「それならサプライズもできるね」


 勝手に話が進んでます。

 俺はどうすればいいんでしょうか?


「ただ、大貴の家族もお祝いしたいと思うし、人数多い方が盛り上がる」

「じゃあ、あーちゃんの家?」

「サプライズは難しいけど、でも家族とも分かち合えるなら」


 だから、俺の意見は? っていうか今も実感ないんだけど。受賞したとか、結果を得たとか、いくら紙に書いてあっても理解不能。

 結局、何某か俺以外で話し合って、お祝いの内容とやらを考えるそうだ。

 当事者は完全に蚊帳の外。


 張り付く明穂と一緒に家に帰ると、俺の口から報告した方がいいとなった。

 母さんは夕飯の支度で忙しい。陽和は帰って来てて勉強でもしてるのだろう。夕飯の時に話をすると言って、暫し部屋で反芻するかの如く、結果を眺める。


「すごい結果なんだよ。最優秀賞だけじゃなくて、文科大臣賞とか新聞社賞まで」


 きっとすごいんだろう。

 この結果はでも、俺だけで得たものじゃない。明穂が居て尽力した結果だし。だからかもしれない。素直に喜びが湧かないのは。自力で得た結果ならもう少し喜べたかも。


「大貴。あたしは確かに協力したけど、小説を書いたのは大貴本人。だから喜んでいいんだよ」


 ちょっと心配になったのかな?


「書き方とか表現とか、口出しはした。でもね、最終的にひとつの作品として仕上げたのは大貴。そこには等身大の大貴がたくさん詰まってる」


 実感していい、弾けてもいいんだそうだ。

 なにも卑下する必要もなく、大きく歩み出してこれから作家として、道が開けて来たのだとか。

 特に新聞社からの賞は商業レベルでの成功も可能だとか。

 つまり、対価を要求できるだけの作品だそうだ。


「これで残るは出版社への持ち込みだけ」

「それは無理じゃ?」

「無理じゃない。必ず本になって店頭に並ぶ」


 明穂の喜び方はすごくて、部屋の中をうろうろ、時々俺の股間を触ってみたり、キスしてみたりハグしてみたり。ベッドに押し倒されて好き放題。


「大きな実績になったから、校内でも大貴の評価は一気に上がるね」

「そう?」

「まだ実感できないんだ」

「だって、俺だもん」


 その自信の無さはさしもの明穂も手を焼くようで、困り顔をしてるけど、それでも俺が持つ紙切れに書いてあるのは事実だとか。これまでの俺じゃ無いんだよって。

 受賞した事実をもってすれば、来年度の文芸部部長も確定したも同然。誰も逆らえるはずもないと。

 実績を示しその能力を示したわけだから、当然なのだとせっせと俺をよいしょする明穂が居る。


「俺、喜んでいいのかな?」

「当然でしょ。喜んでいいし胸張って自慢していいし、もっと堂々とすればいい」


 そうなんだ。

 こんな俺の書いた小説でも評価されたんだ。


「明穂」

「なに?」

「ありがとう」

「あたしは大したことしてない」


 それこそ謙遜し過ぎだ。明穂が居なかったらコンクールなんて、まったく考えなかったし、女子と会話したり好かれたりも無かった。全部明穂のお陰だし、明穂じゃないと駄目だったんだよ。


「明穂」


 思わず抱き締めてキスすると、しっかり体をあずけてくれる明穂が居る。

 堪らなく愛しい。こんなに素敵な女性が、こんな俺を支えて来てくれた。神様が居るのかどうかは知らない。でも、誰かにこの幸運を感謝せずにはいられない。


「俺、明穂無しじゃこの先も生きていけない」

「そう? じゃあ婚約だね」

「うん。婚約破棄は絶対なしだよ」

「しないってば。あたしにも大貴しか居ないんだから」


 賞を取ったことよりも明穂が居てくれた、このことが嬉し過ぎて思わず涙が溢れ出てきた。一生明穂を大切にしていく。生涯のかけがえのないパートナーとして。

 賞なんて明穂のおまけみたいなものだ。明穂におまけで賞が付いてきた。その程度だからやっぱり明穂しか居ない。


 夕飯ができたとドアがノックされたけど、無言で抱き合っていたらドアが開いて「仲がいいのは構わないけど、ご飯は食べてね」だって。

 行為の最中じゃなくて良かった。もう少しで明穂を押し倒して、やっちゃうところだったし。


「盛り上がってたのに」

「あとでうんと楽しもう」

「あ、大貴が積極的だ。今日はいっぱい楽しめるね」


 破顔する明穂とうれし泣きする俺だった。


 ダイニングへ行き陽和も座り、母さんも座ると今回の成果報告になった。


「えっと、コンクールだけど」

「受賞したの?」

「うん」

「佳作とか?」


 佳作なんて無いけど。


「えっと」


 戸惑ってると明穂に突かれて話した。


「最優秀賞含めて三冠」


 母さんも陽和も箸が止まって目を丸くして俺を見てる。

 言葉も失ったのかな。その反応はここでは普通なんだと思う。結局はそこまで俺の評価は高くなかったってことで、でも実際に高校生の頂点、って事実を知って認識が変わるのかな。


「お兄ちゃん。もう一度いい?」

「あたしもちょっと聞き取れなかったかも」


 俺が一番信じられなかったんだから、母さんも陽和も一回で信用するわけないよね。


「最優秀賞」


 驚嘆の声と陽和に至っては箸を落として、二人揃ってこれまでにないくらい、大きな口を開けて絶叫気味だ。揃って椅子から転げ落ちそうだし。


「なんか失礼だね。大貴には才能があった。高校生のコンクール程度なら、大貴にとって楽勝なんだけどな」

「えっと、明穂。それはさすがに言い過ぎかと」

「そんなことない。あたしの目は確かだったって、同時に証明されたでしょ」


 そうなんだけど。そうなんだけどさ、それは明穂が居てこそだから。俺一人じゃずっとくすぶってたと思う。

 やっと息を吹き返したかの如く、口を閉じてまた開いたと思ったら。


「大貴。こんな母さんだけど捨てないでね」

「お兄ちゃん。明日学校で自慢してもいい?」

「堂々と自慢すればいいし、大貴がお母さんを捨てるわけ無いよ」


 なんならお母さんを抱いてくれるかもよ、とか、絶対ないから!

 明穂に好き放題言わせておくと、本当に母さんを抱く羽目に陥りそうだ。


「抱いてくれるの?」

「無いから」

「残念」

「いいじゃん少しくらい。大貴は固いなあ。女を思い起こさせるのもいいと思うんだけどな」


 明穂はやっぱり変態だった。近親相姦になっちゃうし、その気になんてなれるわけ無いし。親子なんて一番あり得ないパターンでしょ。


「じゃあ、陽和ちゃんは? 若いしぴっちぴちだよ」

「だから、無いってば」

「お兄ちゃん。まさか」

「無いから! 明穂の寝言は聞かなくていいから」


 また陽和と拗れるって。

 と思って陽和を見たら顔赤くしてるし、なんで?


「まんざらでも無いんじゃないの? 文学少年の頂点だよ? そんな結果を残してれば、さぞかし大貴の種は優秀だろうってなって、その種を欲しがるのが女だけど」


 明穂さん。冗談はその辺にして欲しい。


「若い方がいいんだ」

「母さんもいい加減明穂の冗談に振り回されないでってば」


 なんか、感動してたのが全部どっか飛んでった。


「じゃあ、朝まで大貴とフルコースだね。お風呂で一回、部屋で最低三回かな。それでー。リビングでも一回あってもいいかな。雰囲気変わるし」

「無いってば」

「なんで?」

「リビングって、母さん居るし」


 見せてくれるなら見るとか言う母さんが居た。

 息子の情事を見たいって、とんだ変態だ。

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