Epi78 校長室からの呼び出し

「ちょっと羽目外し過ぎたかなあ」

「女装なんてさせるから」

「でも、可愛かったし」


 明穂の欲望全開で楽しまれたけど、でも、俺も断り切れず流されたから同罪。

 修学旅行でほぼ終日女装。女子の部屋に入り浸っていたのもバレたとか。だとしたら軽くて停学で最悪退学とかもあるんだろうか。

 如何わしい行為もあったし。明穂とだけど。


「じゃあ行ってくるんだよ。もしなんかの罰ならあたしが全力でなんとかする」


 真剣な表情で送り出されたけど、正直なにを言われるのか怖い。

 校長室に直々に呼び出しなんて、普通は無いし相当なことだと思うし。

 廊下を歩いてるとすれ違う生徒から「なにやらかしたんだ?」とか「女装の件か? だったら加勢してもいいぞ」とか「尻をくれるなら全力で守ってやる」って、ガチゲイに言われても……。


 校長室の前に来た。校長室だからって特別なドアでもなんでもない。普通に引き戸だ。ただ、上の方に「校長室」とプレートが下がってるだけ。

 どんなお咎めが待ってるのか、考えるの嫌だし、この場から逃げ出したいし。


 ノックをしてみた。

 中から「どうぞ」の声がしてゆっくりとドアを開ける。


 担任の先生がドアの傍に立っていて「来たな」とか言ってるけど。その奥に部活の顧問の先生も居た。正面には滅多に見ない壮年の校長が立ってる。

 なんで? 担任ならわかるけど、部活の顧問も居るのがますます理解不能。


「そこに座りなさい」


 校長先生に促されて応接セットのソファに座らされる。

 校長先生も俺の正面に座ると。


「緊張してるみたいだが、もっとリラックスした方がいい」


 と言われましても。この状況でリラックスなんてできるわけもない。

 言いながら封筒をテーブルに置いて、中身は手に持っているようだ。一枚の紙きれに目をやって俺を見る。


「さて、急な呼び出しで済まないが」


 いやいや、済まないことをしでかしたのは俺でしょう。

 ちょっと緊張が過ぎて額から汗が。このあとなにを言われるのか、それを考えようとしても混乱してるだけで、心臓はバクバクだし落ち着けないし。

 校長先生が一呼吸置いて。


「おめでとう」


 は?


「まさか我が校から受賞者が出るとは思っても居なかった」


 え?


「快挙、そう言っても過言じゃないだろうね。日頃どれだけ真摯に取り組んでいたか、その成果とも言えるんだろう」


 あのー。意味がわかりません。

 校長先生の顔は綻んでいて、顧問の先生も担任の先生もにこやかな笑顔だ。


「それでだ、今月十二日に、オリンピック記念青少年総合センターで表彰式を行うから、君は当日そっちに顧問と一緒に行ってもらう」


 えーっと。

 なんとなくだけど、もしかして、もしかしなくても、あのコンクール?


 なんで? 俺?


「どうしたんだね?」

「書いた本人が一番驚いてるみたいですよ」

「自信作なんじゃないのか?」

「まあ、その辺は三菅と二人三脚で書き上げて、万全の態勢で臨んではいたでしょう」


 少しの間、意識が飛んでた。


「持つべきものは友、とは言うが、我が校を代表する才媛との共同作業ならば、当然の結果でもあろうことは想像に難くないね」

「浅尾。意識はあるか?」


 顧問の先生が俺の肩を叩いて「おーい。生きてるか?」とか言ってる。


 震えが来た。

 体が震えて手先も震えが止まらない。


「おい、大丈夫か?」

「浅尾。どうした?」


 先生たちが心配してるようだけど、聞かされた内容は到底信じられない、ただそれだけ。


「三菅と付き合うまでは死んでたようなものだったしなあ」

「担任がこんなこと言っては駄目なんだが、クラスに馴染めずいつも一人だった」

「結果を出したんだから胸を張って堂々とすればいい」


 倒れそうだ。

 絶対あり得ないと思ってたから、一切期待してなかった。明穂は絶対大丈夫だって言ってたけど、いくら明穂でも結果の予測なんて不可能だ、そう思ってた。


「この結果は全校朝礼でも周知させるからな」


 はい?


「三菅が入ってからの文芸部の活動は素晴らしいのひと言」

「なんら活動実績もなかった文芸部が一躍表舞台に立った。三菅の功績は勿論だが、浅尾の頑張りも大きいのは誰もが認めてる。その上での受賞だからね」

「小説にきちんと向き合ってきての結果だ。素直に喜んでいいんだぞ」


 次々先生からの賛辞を聞かされるけど、むしろ聞かされれば聞かされるほど、眩暈の度合いがひどくなる。

 校長先生から当日のスケジュールとか、必要なものを渡され校長室から送り出された。

 担任と顧問の先生からも「よくやった」とか「うちの学校からは浅尾だけだ」とか言われてる。

 渡された通知に記されていたのは。


『最優秀賞』『文部科学大臣賞』『新聞社賞』


 まさかの三冠。


 それを認識した瞬間倒れたみたいだ。


「浅尾!」

「おい! 大丈夫か!」


 次に目を覚ましたのは保健室だった。

 白い天井に周りはカーテンで囲まれた狭い場所。


 ベッドから起き上がってカーテンを開けると、養護教諭が居て「気付いた?」と。


「どこかおかしいところはない?」


 と、問われて特になにかあるわけじゃないから「大丈夫です」と答えておいた。


「教室に戻れる?」

「あ、えと、はい」


 保健室を出る際に封筒を渡された。

 さっき見た自分の結果が記されたもの。それを見た瞬間、意識が遠のいて倒れたことで、担任と顧問の先生に担ぎ込まれたみたいだ。

 授業中の廊下をふらふらしながら歩いて、教室に辿り着いてドアを開ける。

 一斉に生徒の視線が集まる。


「もういいのか?」


 授業中の先生からそう声を掛けられ頷くと「じゃあ、席に着いて」と言われ、自分の席に着くと今度は、長山さんが心配そうに俺を見ていた。


 授業が終わってすぐ長山さんから声が掛かる。


「倒れたって聞いたんだけど、大丈夫?」


 田坂さんも来て「具合悪いの? 無理しない方がいいよ」とか言ってる。

 まさか、栄誉を手にして卒倒して保健室に担ぎ込まれる、そんな奴は普通居ないんだろう。自分で自分を本当には信じてなかった。だから、結果を見てひっくり返ったんだと思う。

 二人に気遣われて「辛かったら早退した方が」って言ってるけど、具合が悪いわけじゃないし。


「あ、ごめん。大丈夫だから」

「そう? なんか顔色悪いから」

「あんまり無理しないで、辛かったら言ってくれれば先生に伝えておくから」


 気遣いはありがたいけど、これ、なんて言えばいいんだろ。

 授業が始まってまた静かになるけど、授業の内容は一切頭に入らなかった。

 放課後になってやっぱり二人に心配されたけど「もう大丈夫」と言っておいた。


 少しすると明穂が教室に駆け込んできて。


「大貴! 倒れたって聞いた!」


 俺の顔を見て涙ぐんでるし。相当心配したんだろうな。


「大丈夫? 異常ない? 体は? あれは? 使えないとかないよね?」


 あの、股間は別に異常ないです。

 狼狽えてアホな心配をする明穂って、冗談で言ってるわけじゃないって、わからなくもないけど、でも、股間は無いよね。


「大丈夫だから。それと校長室の件」

「あ、それ。どうなったの?」


 明穂、長山さん、田坂さんに囲まれる状態で校長室での一件を話す。


「えっと」

「バレて退学?」

「だとしたら、あたしたちが悪いんだよね」

「浅尾君だけ罰を受けるのは無いから」


 なんかやっぱり勘違いされてる。


「実は」


 と言って説明し辛いから封筒を明穂に渡した。


「なに? この封筒。中見ていいの?」


 頷くと紙切れを取り出して暫し見ていたと思ったら。


「大貴!」


 思いっきり抱き着かれて頬をべったり、すりすりされキスされ腕を取られて、ぶんぶん振り回されてちょっとしたダンス状態。

 明穂の笑顔が壊れてるんじゃないかってくらいに、これ以上ない喜びを全身全霊込めて示してる。


「あの。三菅さん、なにが書いてあったの?」

「浮かれてるってわかるんだけど、理由が」


 ピタッと動きを止める明穂が、胸をこれでもかと張り、ぶるんと振るわせると。


「どうだ! これが大貴の実力なのだ!」


 と紙切れを二人に見せつけて、実に自慢げだ。

 目の前に出された紙を見て二人とも目を丸くしたようだ。


「最優秀賞?」

「これって」

「あたしは信じてた」


 長山さんは「すごいんだよね」と言い、「なんかすごいね」と田坂さんは言ってた。

 実感ないのは俺だけ。

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