Epi77 悩む理由は単純だった

 部活の後輩である津島えみ。まあ見た目は可愛いと思うし、積極的で体の関係まで求めるし、その点では明穂といい勝負だと思うんだけど。

 でも、無いんだよね。


「三菅先輩が許可したらいいんですよね?」

「許可するとは思わないけど」

「でも、悩むってことは可能性ありませんか」

「無いと思う」


 正直、なんで明穂が悩むのかその理由はさっぱり。だって、二股でもあるし許したら際限無さそうだし。実はやきもち焼かない、なんてそんな都合のいい話あるわけ無い。世の男としては理想像かもしれないけど。


「とりあえず今日話し合うから」

「期待してますね」


 無駄だと思うんだけどなあ。世の中そんなに甘くないって。


 部活を終えて明穂と一緒に帰るんだけど。


「ラブホは無いよね?」

「それなんだけどねえ」


 なんか含みのある言い方だし。

 腕はしっかり絡んでべったり張り付くのもいつもと同じ。電車内でもずっと考え込んでるし。普通にそんなの駄目って言えばそれで済むと思う。悩む理由がやっぱ不明。

 家に着いて部屋に入るとベッドに座って、いきなり服脱ぎだしてジャージを貸して、だった。

 ジャージ姿になると俺を隣に座らせて、さっそく股間を撫で回しながら。


「後輩なんだよね」

「うん」

「ちょっと可愛いとか思った?」

「えっと、ほんの少し」


 撫で回してると思ったら取り出すし。もうあとはいつも通り。弄ばれてます。


「気持ちが入って無いのは浮気って言うのかな」

「気持ち?」

「つまりね、例えば田坂の場合だと、大貴は気持ちが入っちゃいかねない。好きっていう気持ち」


 絶対ない、とは言い切れないけど。でも、田坂さんに俺を支えるのは無理だと思う。雰囲気はふんわりしてていいんだけど。


「あの子、津島には大貴の気持ちは入らない。そう思える」


 結局、浮気かどうかの線引き?

 それでも肉体関係って充分浮気だと思う。そんなの許してたら長山さんとも良くて、万が一他にも出て来たらみんないいって、なりかねないし。


「津島を好きになる確率は低い。だったら大貴には女性経験を少し積んで欲しい。そんな気持ちもある」

「なんで? 明穂だけで充分だと思うし、経験なら体は無くてもいいと思う」

「でもね、みんな違うんだよ。表面的な部分だけじゃなくて、いろんな部分で」


 経験は明穂だけでいい。他は要らない。だって、それをしたら明穂を苦しめかねない。俺みたいないい加減さでほいほい許可されたら、たぶん泥沼になりそうだし。


「大貴を小説家にするって言ったのはあたし。だからそれは絶対叶えたい。ただ、大貴には女性関係の経験がやっぱ足りない」

「充分だと思うし、明穂が居るから俺は書けるんだと思うけど」

「足りないんだってば。生涯あたし一人でもいいけど、それで奥深い作品になるか、それがあたしでもわかんない」


 わかりません。

 世の中の男がどの程度の女性と経験し、その中で小説家は何人相手にしてるか。たまに自慢げに公言する人は居ても、じゃあ、小説の質が高いのかって言えば、そうでも無いし。

 エロ小説を書くなら経験豊富な方がいい、とはさすがに思うけど。文学文芸とかラノベにそんな経験要らないと思うし。

 と言ったら。


「ラブコメとかファンタジー書いてる人なんて、大概童貞だし」

「いや、それは違う気もするけど」

「読めばわかる。ただの妄想か経験に裏打ちされてるか」


 ここでなんで、と訊いても意味無いんだよね。

 今だとラブコメ辺りは読むと、なんか変ってのは感覚的にあるのは確かだし。女の子の書き方が不自然だったり、都合良過ぎたり、その反応は無いんじゃいかって。でも、それで童貞かどうかなんてわかんないと思う。


「だからね、悩むの」

「悩む必要は無いと思う」


 俺を見て、もちろん握ったまんまだけど、ちょっと驚いてる感じ。


「うん。普通は悩まない。常にあたしだけを見ていて欲しいから」

「俺には明穂しか居ないし、他の子なんて考えられない」

「大貴の口からそんな言葉が出ると、成長したなあって思える」

「付き合い始めの頃に比べれば、明穂にたくさん経験させてもらった」


 キスして抱き締め合って、そんでがっつり食われた。

 ベッドで二人揃って横になってる。


「男子って、急に成長するのかな」

「わかんないけど、でも明穂が居たからだって、それだけは断言できる」


 こんなことできるのは、明穂以外に居ない。

 俺に自信を付けさせるのは母さんだって無理。父さんも無理。陽和じゃ幼過ぎて不可能。

 でも、ここまで考えてくれる明穂が、やっぱり愛しい。

 生涯誠実でありたいし、そうじゃないと駄目だよね。


 明穂を抱き締めてみると、やっぱ愛らしくて抱き締め返して来て、胸に顔を埋めて嬉しそうだ。


「大貴」

「なに?」

「ちゃんと断るんだよ」

「わかってる」


 田坂さんも無いし、長山さんも無いんだよ、って、まあ当然だろう。

 俺を導けるのは明穂だけだから。これで他の子に手出しするようだと、罰が当たるだけじゃ済まないと思う。学校中の男子から袋叩きに遭う。泣かせたり悲しませたり、そんなの許されないよね。


 裸で寝そべってたらドアがノックされて『ご飯食べないの』と、母さんに呼ばれ、さっさと服を着てダイニングへ行く。


「済んだの?」


 いや、それを答えるのは無理。


「済みました。今日もしっかり頂けたので」


 明穂にそんなの通用しなかった。


「今度見せてね」


 バカなこと言ってるし。


「いいですよ。見るだけなら」

「あああ明穂!」

「なに?」

「見せないってば」


 目を丸くして驚かなくてもいいのに「見せて減るわけじゃ無いし」とかじゃないってば。

 そんな痴態を見せられるわけ無いし。

 明穂の唯一の欠点。明け透けすぎて恥じらいが微塵もないこと。そこだけ何とかして欲しいと切に願う。

 そう言えば明穂の家だと悔しがってた。


「明穂のお義母さんに見られると悔しがるじゃん」

「だって、大貴にとって他人じゃん。身内なら気にしないけど」


 駄目だった。

 身内なら遠慮しないんだ。


 これ、いずれ明穂の策略で見られかねないかも。それはなんとしても阻止しないと。部屋に居る時は鍵を必ずかけて、風呂とかも気を付けないと、平気で招き入れそうだし。


 夕食後、部屋で少しだけ小説を書く。


「なんか、もう少しラノベに近いものがいいかなって、ちょっと思うんだけど」

「文学じゃなくて?」

「うん。文学って考えちゃうとどうしても、文体が硬くなるし今の心境で書きたい物と違うなって」

「いいと思うよ。書きたい欲求があるなら、それに従うのが一番だし」


 で、明穂の許可? も得たことで少し軽めの小説を書くことに。

 書くことにしたんだけど、横からすごい駄目出しの嵐。


「砕けすぎ」

「でも」

「こっちは登場人物が死んでる」

「いやあの」


 エンタメに近い作品と思ったけど、明穂の目から見ても極端に幼稚になるか、ゴリゴリの硬い作風で両極端だと言われた。

 中間が無いからこれだと読む人も居ないとも。


「幼稚なのは論外。エンタメなら適度な柔軟性が無いと」


 もう凹みそうです。気力もどんどん下がるし。

 ただ、明穂の言ってることはわかる。持ち込み原稿の場合は、半端なものなんて速攻ゴミ箱。タイトルとあらすじで見切られるんだって。

 だから、こっちも死に物狂いでやるしかないわけで。


「少し良くなった」

「そう?」

「もう少し頑張れば、少しは評価してもらえると思う」

「少しなんだ」


 厳しいです。明穂先生。


 この日はある程度書いて一旦保留に。後日見直してさらに直していくそうだ。


「お風呂入って寝ようか」

「寝るのはちゃんと休息だよね?」

「大貴。寝るってのは文字通りじゃないんだよ」


 また食われるんですね。

 風呂に連れ込まれ磨かれると、部屋でこれでもかと食われ捲って最早虫の息です。明穂はタフすぎる。


 翌日、怠い体を引き摺って学校に行く。


「じゃあ、お昼はあたしの教室だから」

「うん」


 明穂の友達ってみんないい人だった。いい関係性を作ってるんだよね。


 で、昼食を明穂と友人と一緒に食べて、暫く雑談に興じてたら校内放送があった。


『二年E組、浅尾大貴君。校長室までお越しください』


 呼び出し? なんで?


「大貴。呼び出されてる」

「なんでかな」

「女装の件だったりして」


 その可能性あるよね。

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