Epi74 有言実行で早朝に急襲

 女装写真の件は明穂がデータを持ってるから、と言ってこの場は逃れられた。

 明日来たら結局は見られるんだけど。陽和も見たがるんだろうな。


「大貴の下着とか日数分汚れてない」


 そりゃそうでしょ。寝る時以外は女装だし、下着は明穂のだし。


「まさかとは思うけどずっと?」


 答えたくない。でも明穂に聞くだろうし、そうなると誇張される可能性もある。なら自分の口で言った方がマシ。


「ほとんど」

「ちゃんとあるのに、この小さいパンツで良く収まったね」


 母さん。それは禁句です。俺のがすごく小さいみたいだし。そこまで小さいとは思いたくないし。


「今度確認させてね」

「無いから」

「いいでしょ? 息子の成長具合を確かめるだけだし」


 母さん。前にも言ってたけど、やっぱ本気だ。変態だってば。


「無いってば」

「まさか大貴。あの頃から一ミリも大きくなってないの?」

「じゃないってば」

「でも、あの頃のサイズだと明穂ちゃん、満足できないよねえ」


 だから、いくらなんでもそんなわけないって、母さんもわかってるでしょ。

 で、俺を見て股間を凝視してるし。なんかすごく嫌だ。


「もう少し大きいかな?」


 もう勘弁して。


「お風呂に入った時に見せてね」

「見せない」

「減るもんじゃ無いし。見るだけだから」


 母さん。息子のムスコを見たがるなんて、ただの変態です。明穂に毒されたとしか思えない。

 陽和の機嫌が悪くなってないかと思ったら。


「お兄ちゃんの赤ちゃんの頃の写真、あれ見たけど、お兄ちゃん可愛かった」


 俺が、なのか、股間がなのか、それを問う気にはなれなかった。

 特に機嫌が悪くなることも無く、母さんと一緒に笑ってるし。陽和が見たいとか言い出さないのが救いだ。


 部屋に戻ってスマホに撮っておいた写真を見る。

 明穂とのツーショットはここに入ってる。でもそのほとんどは女装。記念になるものがよりにもよって女装。何枚かはちゃんと男子だけど。

 でも、自分の写真を見てると、確かに可愛らしい姿だった。俺ってつくづく女顔なんだ。少し陽和にも似てるかもしれない。やっぱ兄妹なのかな。


 と言うことは、陽和も可愛いってことなのか。

 とてもそうは認識できなかったけど。


 翌朝、まだ七時前に部屋のドアが勢いよく開いた。


「大貴! 朝だよ」


 まだ寝てるんです。いくらなんでも早過ぎるし。

 俺を揺すって起こそうとしてるけど、眠いんだってば。と思ってたら布団を剥ぎ取られ、パジャマの下を脱がされて、パンツも一気に下ろされて。


「元気だね」


 じゃないってば! まさかおちおち寝ても居られないなんて。

 馬乗りになって、しっかり握られてあわや食われそうになり、慌てて起きると実に楽しそうな明穂だ。

 ずっと握ったままだけど。


「明穂。眠いんだけど」

「じゃあ寝てていいよ。ちゃんと元気だからあたし一人で楽しむ」


 だから、そうじゃないってば。朝から爛れ捲ってるし。

 縋り付き食われそうになるのを防ぎ、なんとか起きて身支度を整えると、残念そうな明穂が居るし。


「大貴。起きるのはあれだけでいいんだよ」

「いや、あの。朝からは無いから」

「なんで?」


 なんでじゃないってば。いくら休みとは言え朝からは無い。って言っても聞く耳持たないからなあ。

 張り付く明穂を引き摺ってダイニングへ行くと、朝食の準備をしている母さんが居る。


「早いじゃない」

「明穂に叩き起こされた。母さん部屋に通したでしょ」

「朝から威勢良くて勢いに負けたから……。それにしても、朝からべったり」


 俺の首に腕を回して体ごと預けてる態勢。もう全身で好き好きを示す明穂だし。

 さすがに朝からこんなの見せ付けられる母さんも呆れ気味だけど。


「まだご飯できないから」

「部屋に居ると明穂に襲われるから待ってる」

「襲うんじゃないんだよ。合意の上でいただくだけだから」

「それ、毎回合意をすっ飛ばしてるけど」


 キッチンで作業する母さんも、さすがになにか言うかと思ったら。


「修学旅行の写真あるの?」


 だそうで。どうあっても女装姿を見たいらしい。


「ありますよ。見ますか?」

「じゃあ朝ご飯できたら」


 明穂も母さんも楽しそうだ。

 俺の女装姿なんて見ても仕方ないのに。


 朝食ができる頃に陽和もダイニングに来て、一緒に写真を見るそうだ。

 食べながら写真を回し見しては、「可愛いねえ」だの「完璧な女の子」だの「明穂ちゃんと並んで見劣りしないんだ」とか、もう止めて欲しい。


「こうして見ると陽和に似てる」

「お兄ちゃんがお姉ちゃんだったらなあ。いろいろ相談に乗ってもらえるのに」

「相談なら明穂お姉さんに任せなさい」


 中華街の肉まんがぶるぶるする程に、胸を叩いてどんと来い状態だ。

 陽和もすぐに乗り気になって「あ、だったら時々お願いします」だってさ。

 明穂なら大概のことはなんとかするんだろう。勉強も見てもらえれば成績、驚くほど上がるし。

 女の子特有の悩みとかも問題無さそうだし、唯一変なのは俺に対して異常な程の愛情くらいか。それ以外はほぼパーフェクトだし。


 それにしても、俺の女装姿でなんでこんなに盛り上がるかなあ。


「制服以外でも似合いそう」

「大貴は可愛い系だから、フリフリの服とか似合うと思いますよ」

「あれかな、ゴスロリ系とか」

「あ、いいね。それ今度試してみよう」


 勘弁して欲しい。どんどん男としての矜持が失われてくるし。

 三人とも俺を見てにやにやしてるし。もしかして、修学旅行の時に家から女装しても問題無かったってこと? それって日頃から女の子みたいって、そう思ってた?


「バニーとかも良さそうなんだけどな」

「それはさすがにどうかと」

「大丈夫ですって。色白で綺麗だし足なんかも細くて、胸だけパッドを入れておけば、どこからどう見ても可愛いバニーになれますよ」


 なりたくないし。

 バニーとか明穂の方が絶対似合う。


 朝食後、持ち込み用の小説がまったく進んでいないことから、今日より本格的に取り組むんだとかで、強制的に椅子に座らされてパソコンとにらめっこ。

 でもなにも出て来ない。


「なんか気分が乗らない」

「抜けばいいのかなあ」

「そうじゃないと思う」


 明穂はすぐシモに行くし。


「商業作家の場合だと締め切りとかあるから、気分がーとか、やる気がーとか言ってられないんだけど」

「まだなれるかどうかもわかんないのに」

「なれる。大貴にはその才能がある」


 文化祭では認められた。だからと言って、作家として成功するとは限らない。そんな甘い世界じゃ無いし。ラノベなんて軽く言われるけど、それでさえ書籍化に漕ぎ着けるのは、ほんの一握り。

 あ、そうだ。


「ライト文芸なら書けそうだから、そっちでどうかな」

「いいよ。書きたい物があるなら」


 意外とあっさり認めた。

 それはそうと明穂のお義父さんの知り合いって、出版社の人とか言ってたけど、幅広く扱ってるのかな。


「明穂」

「なに?」

「明穂のお義父さんの知り合いの出版社って」

「なんでも扱ってる。ラノベ、コミック、文学文芸」


 じゃあ、文学に拘る必要は無いってことか。

 ずっと頭の中で考えていた小説を一編書いてみよう。ただ、以前と違ってぼっち卒業したから雰囲気は変わると思うけど。

 編集画面を開いてタイトルを決めて、あらすじとか書き込んでいく。


「設定とかプロットは?」

「無いんだけど」

「それで整合性取れる?」

「わかんない。でも、大まかにこんな感じってのはある」


 明穂はそれ以上なにも言わなかった。

 俺がぽちぽち入力している間、新たに明穂用に用意した椅子に座り、俺の隣で画面を見ているか、時々ベッドに寝そべってみたりしてる。


「明穂」

「ん?」

「いつもはああだのこうだの言うのに今日は大人しい」


 ベッドに気怠そうに寝そべる明穂は、なんでパンツ脱いでるかなあ。形のいいお尻丸出しでなにしてるの?


「大貴が思うままに書いて、あとで読んでから意見する……。あ、この格好だと少し寒いね」


 だったら仕舞えばいいのに。丸出しじゃ寒いでしょ。


「暖房の温度上げないの?」

「電気代もったいないから」

「あたしが風邪ひくかも」

「だから、その格好を止めれば風邪ひかないってば」


 ぶつぶつ文句いいながらパンツ穿き直した。「放置プレイだ」とか、わけわかんないし。

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