Epi75 愛称はあーちゃんに

 小説がある程度書き上がったところで明穂に下読みしてもらう。

 俺の隣に立ってパソコン画面を見てる。


「エンタメとしては弱過ぎるかなあ」


 駄目出しされました。「これなら一年生の子の方が、高校生くらいを一気に引き込める。大貴のはなんかくどい」とか言われてしまい、かなり意気消沈気味。


「文学じゃ無いんだから、端折らないと面倒臭くなるよ」


 主人公の心情をくどくど、背景をくどくど、モブキャラまでくどくど。

 とにかく余計な描写が多過ぎて、ちっとも先へ進まないから、全体の半分は削って話を進めた方がいいと。ただし、削ると不足する描写が出るから、そこは加筆修正を繰り返す必要があるそうだ。


「書き直しだね。話の筋は悪くないから、変な文章は全部削除で」


 筆が乗り出してつい書いたら、思いっきりの駄目出しで、結局一からやり直す羽目に。


「俺、メンタル豆腐なんですが」

「豆腐だろうと鋼だろうと、駄目なものは駄目。メンタル云々言ってたら採用されないし、もし編集部でアドバイス受けたら、こんなのじゃ済まないから」


 当然だけど全部書き直しと言われるそうで。

 やっぱ本にするのって、俺には無理がある気がする。


「無理だって思ったら無理になるし、そこを乗り越えないと先に進めない。大貴はここが正念場と腹を括らないと」


 まあ、そうなんだろうけど。でも気分が萎えたから今日は終わりにしたい。

 と思ってたら明穂に抱き締められた。


「きついけど、でも、みんな乗り越えて作家になってる。大貴だけが駄目なんじゃないから」


 挫折もまた経験。そこから一歩踏み出せるかどうかで、今後が変わるんだって。

 明穂は挫折した経験ってあるんだろうかと思って聞いたら。


「あるよ」


 あるんだ。でもなんだろう? およそなんでも完璧にこなす明穂に、挫折なんて考えられないけど。

 実はと言いながら一呼吸置くと。


「コミュニケーションができなかった」


 耳を疑う発言。


「人と話すのが苦手で目を見て話せなかった。話し掛けるのもできなくて、話し掛けられるのも嫌だった」


 とにかく一人で居たくて小学校低学年の頃は、友達を作ることもなく、俺みたいなぼっちを望んでいたと。

 一人でやる勉強は楽しくて、なんでも吸収して行った。でも、コミュニケーションを取るのを極端に嫌がり、誰とも親しくなろうとしなかったって。

 全然そうは見えないんだけど。


「でも、そうは見えない」

「努力した。小学校高学年になってから」

「信じられないんだけど」

「五年生の時に積極的に話し掛けて、この子なに言ってんの? ってよくなってた」


 頭の中では饒舌だったが、喋ろうとすると口籠ってしまい、意志を上手く伝えられず呆れられる日々が続いたそうだ。

 五年生の時はそのせいで差別もされたこともあって、泣き腫らして両親に訴え、話し方教室なんかにも通ったらしい。

 中学生になって積極性を見せ、二年生になる頃には親しい友人もできて、今の明穂が形成されたのだそうだ。


「いじめもあったよ」

「喋れなくて?」

「そう。今もひとつ残ってるでしょ」

「残ってる?」


 難しいを「むつかしい」と言う。学校では「むずかしい」と教えることもあり、お前の言ってるのは変だとなり、いじめられたんだって。

 殆どの人は「むずかしい」と発音し「むつかしい」と言う子は居なかった。子どもは周りと違うと揚げ足取ってバカにする傾向がある。関西では多いらしい「むつかしい」も関東ではあまり聞かない。漢字表記も六ヶ敷むつかしと書くこともあって、相当バカ扱いされたことも。


「そうだったんだ」

「だからね、大貴もいちいち挫けて無いで前を向いて」


 ちなみに「むつかしい」と今も言い続けるのは、自分への戒めもあるんだそうで。

 コミュニケーションが苦手だった頃の自分を思い出し、自らに発破を掛けているんだとか。

 そもそも日本語として誤りではないから、使うのは問題無いし、とか言ってる。


 期せずして明穂の過去を知ることになった。

 そして今も努力を欠かさないことも。


「頑張ってみる」

「うん。大貴には才能あるんだから、努力は絶対報われる。あたしはそう信じてるから」


 初めからなんでもできる人なんて居ない。明穂もまた人知れず努力を積み重ねていた。俺ってとことん甘いんだなって。


 話が終わると丸裸にされ、貪られるおまけつきだったけど。


「情けない過去を暴露したんだから、これはご褒美」


 だそうで。

 なんか、明穂がより身近に感じられた。


 そして旅行後の登校。

 明穂と合流していつも通りにべったり張り付いて学校へ。


「じゃあお昼にそっち行くから」


 昼のお弁当は俺の居る教室でとなってる。

 教室に入って自分の席に着くと、前に座ってる長山さんが振り向いて、話し掛けて来た。


「おはよー。修学旅行楽しかったね」


 挨拶されたのは初めてかも。修学旅行は楽しいと言えば楽しかった。人生の汚点と言えば汚点。だって女装して回ってたんだもん。

 斜め後ろに向いて腕は俺の机に乗せ、微笑みながら見つめてくるんだけど。横から見る長山さんの胸は、やたらと盛り上がりが激しい。ボリュームあるなあ。

 じゃなくて。


「たぶん、将来的にはいい思い出になると思う」

「今は違うの?」

「だって、女装してたし」

「可愛かったからいいと思うけどなあ」


 なんて話をしてると田坂さんも傍に来て「おはよう。浅尾君、今日は化粧して無いんだ」とか言ってくるし。化粧は旅行って言う非日常だから、已む無く受け入れただけ、と言いたいけど、なんか田坂さんってほんわかした感じで、わざわざ言い返す気になれなかった。

 でだよ、しゃがみ込んで机に手を置いて、こっちを見てるんだけど、これなんなの? しかも呼び捨てから「君」付けになってる。


「女装してなくても可愛いね」


 その言葉は男としては嬉しくない。でも、そう思われてるんじゃ仕方ないし。


「三菅さん言ってたけど、元がいいからって。確かにそうだよね」

「うん。あたしは前からそう思ってた」

「それ、あたしもだよ。でも、いつも暗い感じで伏せてて、誰も寄せ付けないオーラ漂わせてたから」

「話し掛け辛かったんだよね。今は違うけど」


 話をしてみると取っ付き難さを感じず、明穂と付き合っていることで、実は根暗じゃないんだとか思ったらしい。

 そして二人してなに見つめてるの? すごく恥ずかしいのと照れるんだけど。

 目線が同じ位置にある長山さんは、ちょっと視線を落とすと、巨大なブツに。田坂さんは下から見上げる感じで、手元が可愛らしく丸まって、目元は優しい。


「あ、今見たでしょ?」


 すぐ気づかれる。


「やっぱこれで勝負するしかないかなあ」


 とは言いながら胸を寄せなくても。


「体だけなんて、すぐ飽きちゃうよ」

「今はそれでもいい。相手は我が校でも最強美少女だし」

「あたしは当面見てるだけでいいかな」


 やっぱ田坂さんは控えめだ。

 逆にそれが俺にとって魅力的に見える。いや、見えちゃ駄目なんだってば。明穂が居るんだから。


「あ、ホームルーム始まっちゃうね」


 そう言って田坂さんが離れると、長山さんも前を向いて座り直してる。


「あとでね」

「またあとで」


 俺にもモテ期到来ってか。

 クラスの男子の視線が痛い。ついこの前まで冴えないネクラぼっちが、今はこの教室内でも二人から好かれてる。

 あり得ない。夢を見てるのか、それともこの瞬間だけ異世界にでも転生したのか。

 きっと妙なチート能力を得て、女子を惑わせてるんだ。元に戻ると現実を突き付けられて、大きく凹むことになるから、好かれてるなんて思っちゃ駄目だ。


「浅尾。今日は女子にならないのか?」


 ホームルームで教室入って来た担任が、なんか言ってるし。

 その言葉で男子も女子も「浅尾の可愛い姿が見たい」とか「ずっと女子で居てくれ」とか「目の保養させろ」に「可愛いニックネームを」とまで言い出した。


「モテてるなあ浅尾。煩いことは言わないから、女装も許可するぞ」


 先生、バカなこと言ってないで、さっさと始めてください。

 長山さんが振り向いて。


「浅尾だからあーちゃんって呼んであげる」


 なんか嫌だ。ちゃん付けって、なにそれ。

 と思ってたら男子の大半と女子も「それだ」とか言ってるし。なんか根付きそうでいや。

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