Epi73 充実感と気怠さと家族

 帰りは小樽から新千歳空港まで電車で移動。その後飛行機で羽田まで。

 車内では草臥れたのか、みんな静かでおとなしい感じ。一部に元気な人も居るけど、明穂も長山さんも俺に寄り掛かって寝てるし。田坂さんは時々長山さん越しに話し掛けてくる。


「ずっと女装で災難だったね」

「明穂も言い出したら聞かないし」

「でも、可愛いから見てる分には良かったけど」


 可愛いよりカッコイイ、の方が男としては嬉しいんだけど。誰が見てもそうは見えないんだろうな。

 長山さんも田坂さんも、クラスで一緒になって一度も会話したことが無かった。明穂と関わるようになって、修学旅行で急に親しくなった感じ。女装して無かったら親しくなれたんだろうか。


「三菅さんって、ほんと自由だから大変でしょ」

「今も振り回される感じ」

「そのわりに楽しそうだよ」

「飽きさせないのと、たくさん経験させてくれるから」


 こんな会話を少しだけ交わしてると、男子が傍に来て「浮気か」とか「三菅さんから乗り換えろ」とか、なんかいろいろ絡んでくる。でも、以前みたいな見下すのと違って、距離が縮まった感じの接し方。


「浮気だって」

「しないけど」

「だよね。だって楽しそうだもん」


 前屈みになって笑顔で俺を見る田坂さんだけど、彼氏とか居るのかな。聞いてみたいけど、聞くのも失礼な感じだし。


「人って変わるもんなんだね」


 俺から少し目を逸らして流れる車窓に目をやり、「ずっと一人で机に向かって、なんか寂しい感じで、でも、三菅さんと付き合うようになって、すごく雰囲気が明るくなって」と、ゆっくり話し掛けてる。で、こっちを見て「今なら女の子にモテるよ」とか言い出した。


「明穂と付き合ってるから無いでしょ」

「そうかなあ? あたしはずっと可愛い男の子だなって思ってたよ」


 ただ「暗い感じでいつも俯いてた。だから話し掛け辛かった」と。


「今みたいな感じなら、声掛けてたし、付き合ってもいいかなって」


 えーっと、なんか幻聴が。


「三菅さんが変えたんだと思うし、あたしじゃ代わりは務まらないけど、もしも三菅さんが居なかったら、あたしも……」


 これはなにかの間違いじゃないかと。きっと旅行で気分が高揚して、だからなんとなくそう思ったと。


「あ、今のは三菅さんに内緒」


 と言って、はにかみながら唇に人差し指を当ててる。仕草が意外に可愛らしいとか思ってしまった。明穂、ごめん!

 俺は明穂一筋だから。返しきれない恩があるし、本気で向き合ってくれた唯一の女子だから。それに明穂にはたくさんの愛をもらってるし。


 飛行機に乗り換えて北海道も見納め。って言っても外は見えない。すっかり暗くなってるから。

 三列シートで明穂と長山さんに挟まれてるのは、来た時と一緒。

 明穂が顔を近付けたと思ったら、そっと耳打ちしてきた。


「さっき、電車の中でなに話してたの?」


 内緒って言ってたから、言わない方がいいんだろうけど。


「旅行楽しかったって。あと、変わったって」

「女の子って変化に敏感だから」


 じっと見つめてるし。もしかして実は聞いてたんじゃ?


「あ、えっと、クラスで一緒になった時から、可愛いって言ってた」

「好かれちゃったんだ」

「あ、えと、そうじゃなくて」

「隠さなくてもいいって。長山も田坂も大貴のこと、好きなんだってわかってるし」


 これからはたくさんの女子がライバルになるなあ、とか言ってるけど、明穂より魅力のある女子は居ない、そう確信してる。


「渡す気は無いけど」


 だと思う。

 明穂の執念から見たら「他の子と付き合う選択肢なんて与えない」とか言いそうだし。と思ってたらやっぱ言い出した。


「あたし意外とやる選択肢なんて与えない」


 じゃないでしょ! とは言え、一生涯明穂がパートナーだってことだよね。


 飛行機が羽田に到着すると、ここで解散になった。

 先生が「真っ直ぐ家に帰るんだぞ」とか言ってる。それは明穂に言った方がいいと思う。放っておくとうちに来そうだし。

 俺は空港のトイレで男子の制服に着替えた。女装したままじゃ母さん卒倒しかねないし。

 明穂の抵抗があったけど、旅行気分はお仕舞って言って、なんとか振り切った。


「また大貴と離れ離れだ」

「今まで一緒だったんだし、一日や二日程度は我慢しようよ」

「三泊だよ? できたのは二回だったけど」

「いや、あの。そうじゃなくて」


 全然足りない、とか言ってるし。三日三晩の野望が達成できてない、とか、もうわけわかんないし。

 帰りの電車内では長山さん、田坂さん、明穂に俺の四人組。

 長山さんもなんか積極的なんだよね。腕に絡み付いて胸をぐいぐい押し付けるし。明穂も負けじと押し付けてるし。それを見て微笑んでるのは田坂さん。

 少し控えめな感じが逆にいいかも……じゃない!


 その後、長山さん田坂さんが、それぞれ自宅最寄り駅で名残惜しそうに下車して、残ったのは俺と明穂。これ、しっかり言い包めないと家に付いて来る。


「今日は真っ直ぐ帰るんだよ」

「大貴の家に?」

「違うってば。明穂は明穂の家に。俺は俺の家」

「それだとできないじゃん」


 やっぱ付いて来る気満々だった。

 でも、今日は素直に帰って明日と提案したら、「じゃあ、七時に行く」とか言い出すし。「朝から萌えるんだよ」とか「朝ごはんは大貴だ」とか、もう欲望全開だし。

 渋る明穂を置いて下車すると、そんな寂しそうな顔しないで、ってくらいに、捨て犬みたいな表情だし。電車のドアが閉まると窓に手を当てて、なんか喚いてた。


 スマホがぶるぶる言ってるし。見たら明穂だし。


「なに?」

『大貴が居ない』

「いや、さっきまで一緒だったでしょ」

『ここに居ない』


 どれだけ一緒に居たいんだか。でも、正直な話、俺も一緒がいいけどさすがに、旅行から帰っても一緒だと、節操無さ過ぎだから。

 家に帰る間中、ずっと話っ放し。


 家に帰ると母さんが「夕飯どうするの?」って。


「食べてないから」

「じゃあ、用意するから洗濯物出して待ってて」


 部屋に行くと陽和が出て来て。


「お帰り」

「ただいま」

「どうだったの?」

「楽しかったよ」


 俺を見て「お兄ちゃん。なんか変わった」だそうで。

 陽和から見ても変化があったように見えるんだ。


「お兄ちゃん。なんか男装の麗人みたい」


 陽和に言われるまですっかり忘れてた! 化粧!


「あ、えっと、顔汚れたかな」

「じゃなくて、もしかして化粧?」

「いや、そのこれは」

「明穂さんでしょ」


 俺をおもちゃにして遊びそうだ、と。

 明穂も長山さんも田坂さんも、なんで言ってくれないかなあ。これ、もし以前の陽和だったらど変態扱いだよ。

 慌てて洗面所で化粧を落とすんだけど、意外と普通の石鹸とか洗顔料だと、落ちないんだよね。母さんのクレンジング洗顔料を拝借して、落としてやっと男子になれた。


「どんな修学旅行だったんだろうね? お兄ちゃん、まさか女装してたとか無いよね?」


 鋭すぎる。旅行中ずっと女装だし。


「えっと、さすがにそれは無いかなあ」

「女装したお兄ちゃんかあ。あたしとどっちが可愛いかな」


 妹と競う兄なんて居ない。可愛らしさで競っても意味無いし。

 とりあえず部屋に戻って荷物を片付けて、と思って荷物を広げたら絶句した。

 明穂の下着上下セットにショートパンツにタイツ。妙に荷物が嵩張るとは思ったけど。俺が一度着た奴だと思うし、洗濯しておいた方がいいんだろうけど。これ、俺が持って行くと変態だよね。一応ブラは未着用だけどね。意味無いし。

 一旦、明穂の服の件は放棄して、お土産を持ってダイニングへ。陽和も一緒に付いて来て椅子に座ってるし。


「大貴。なんで化粧してたの?」


 母さんもしっかり気付いてた。

 陽和が面白がって明穂に化粧させられてたみたい、とか言ってるし、母さんは「あの子ならやりかねないね」とか。賢いけど変な子扱いで少しは助かった。

 夕飯を済ませると、お土産を渡して暫しのティータイム。

 そうだ、明穂の下着。あれは今度泊る時に明穂が使うってことで、母さんに洗濯を任せよう。


 で、その話しをしたら「女装させられてたんだ」と、速攻で発覚しました。

 言い逃れもできず「見てみたかった」とか言ってる。


「写真ないの?」


 最早逃れられないようです。

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