Epi59 中間前に重要なこと

 明穂の目指す大学のレベルを知った。

 文系で偏差値六十七以上。俺の場合は十以上の底上げが必須だったことで、明穂の指導の気合の入り方がさらに激しく。母さん、先立つ不孝をお許しください、って言いたくなるほどに厳しくなった。だって、マジで脳みそが沸騰しそうだもん。


「この程度で音を上げてたら一橋なんて無理」


 最初は懇切丁寧だった指導も過熱すると、ほぼスパルタになって、強制的に頭にねじ込まれて行く感覚なんです。だからと言って怒号が飛ぶわけでもない。そこは明穂もそんなのは無意味だって理解してるんだろう。怒鳴ったり喚いて成績が上がるなら、誰も苦労しないんだよって。


「あたしにも忍耐が求められるね」

「すみません。物覚えの悪い奴で」

「じゃなくて、あちこち躓きがあるから、それを解消して行かないと」


 暫し連日こんな調子で学校が終わると個人指導。六時頃から始まって夕食挟んで九時まで明穂の指導。明穂を自宅まで送り届けて、帰宅後も一時間の自習。

 学校以外で三時間程度は勉強してる。でも、本気の受験生はそんなものじゃない、って明穂も言ってて、就寝中以外は勉強漬けの日々だとか。

 とても真似できない、と言いそうになった。我慢したけど。


「明日は大貴がプレゼントになる日だね」

「えっと。そうじゃなくて」

「大貴盛りじゃないの?」

「そんな如何わしいプレゼントは無いから」


 女体盛りみたいに言わないで欲しい。


「股間をストロー代わりにジュース飲むのもありかなあ」

「そこから出るのはお小水です」

「他にも出るじゃん。あたしはそっちでもいいんだよ」


 俺の目の前に変態が居ます。ストローをあれに張り付けて、あれごとジュースをすすりたいんだそうで。どんな性癖の持ち主なのか。成績が良すぎるとどこか壊れてくるのか、なんて思ったり。天才となんとかは紙一重とか言うし。さすがに明穂がそうだとは思わないけど。


「生クリームでデコレーションもいいよね。刺激の少ない飲み物なら大丈夫だと思うんだ」


 勝手なこと言ってるし。

 もう明穂の頭の中では吸い尽すしか無いんだろう。


「あ、でも生クリーム擬きは出るから、違うものを用意した方がいいよね」


 後生ですから、その辺で異常な妄想は止めてください。


「バースデーケーキはあれに包むとか?」

「あの、そのまま食べられたりしないの?」

「勢い付けたらいっちゃいそうだよね。だからそっと外側から舐め取るように、食べていくとか?」


 どこまでも妄想が止まらない明穂だ。

 なんか涎垂れ流しそうな勢いだし。


「そう言えば大貴の肌、日焼けがほとんど無いよね。すっかり白くなってきてるし」

「もともとアウトドア派じゃないから」

「あたしもだけど、その白さならやっぱデコレーション」

「そっから離れようよ」


 止め処なき欲求の奔流は俺を食らうことにのみ、全精力を傾けそして従わざるを得ない、と思わせてくる。

 股間盛りだけは阻止しよう。


 休憩時間中はこんな話が多くなって来た。

 本当にそれを希望してるのかは、明穂の表情から読み取れない。俺としては普通に祝うのがいいと思ってる。だから誕生日プレゼントだけ、いろいろ考えてるんだけど、まだなにも決まって無いし何がいいかも不明。


「えっと、まじめな話。明穂がもらって嬉しいプレゼントってなに?」


 俺をじっと見つめて徐に開く口から零れる言葉は。


「大貴盛り」


 言葉もありません。

 これ、本気で言ってる?


「あの、マジ?」

「マジもマジ。大貴盛りで盛大に盛り上がりたい」


 ひとつのセンテンスの中に盛り盛り盛り。

 これ本気なんだ。でもそれは無理だってわかってそうだけど。誰がデコレーションするのかって。明穂がやったらその最中に食われちゃいそうだし。


「冗談じゃなくて?」

「大貴盛りないの?」

「それ、無茶すぎると思う」


 少し考えてるようだけど「じゃあ、妥協して三日三晩」とか、もうわけわかんない。


「死ぬ」

「死なないって。ちょっと怠くなるかもだけど」


 こうしてプレゼントは決まらず、いよいよ当日を迎えることに。決まらないってことは明穂の要求を呑むしかない、その可能性が極めて高い。

 女性が喜ぶプレゼントなんて、その経験がない俺には城攻めに等しいほど、難易度が高いんです。

 無血開城を迫るにはやっぱ、なんかしらヒントが欲しい。

 陽和だと少し幼いから明穂とは感覚も違うだろうし、参考にもならない可能性は高い。母さんじゃ年食い過ぎて若い感性は無いと思う。


 女子の友達が一人も居ないのが、こんな苦境を招くとは、おそるべし俺のぼっち度。多くのラノベとは異なる真正ぼっちとは、俺を指して言うんであって、ラノベのぼっちなんて恵まれすぎてる。

 幼馴染が居たり、同級生が友達だったり、妹がすごく賢かったり、そんなの一切無い。男の友達すら居ないんだから、完全に手詰まりでしょ。


 朝、明穂と合流し学校へ行く間。


「期待してるんだよ。大貴盛り」


 あかんです。

 どうやらこのままだと選択肢はなく、確実に大貴盛りとやらになりそうで。


「あの、まじめにプレゼント」

「大貴盛り」

「いや、あの、だから」

「あ、そうだ。陰毛はきちんと処理してね。雑菌が繁殖しやすいんだって」


 そういう話はしてないんです。

 俺以外のプレゼントをぜひ所望して欲しいんです。


「つるつる大貴もいいよね」


 良くない。


「前にもらった写真みたいな感じかなあ」


 実に楽しそうだ。

 なんか考えないと拙い。帰るまでに考えて、どこかでプレゼントを入手して。


「お返しは明穂盛りだよ。隅から隅まで楽しめると思うんだ」


 そのお返しはすごくそそられるけど、逆転した状態を考えると、やっぱ異常。


「大貴盛りを作るなら先にお風呂入って、隅々まで綺麗にしておく必要あるよね。でも、大貴の汚れなら気にしないけど」


 汗も垢もでしょうか?


 学校に到着すると卑猥な笑顔で俺に手を振る明穂だった。

 授業なんて受けてる余裕がない。必死に考え出さないと、俺の身がヤバすぎるから。

 授業そっちのけで考えてたら先生に注意されるし。


「浅尾。まじめに聞け。聞けないなら廊下で立っててもいいんだぞ」


 中間考査前に最大の難関。

 明穂を納得させるだけのプレゼントって。

 あ、そうだ。文芸部の女子なら前と違って、少しは話できるかもしれない。


 昼休みになると今日は明穂が俺の教室に来て、お弁当を一緒に食べるんだけど、ここでもやっぱり「大貴盛り」と口にしてるし。最早その選択肢は揺るがないと見ていいのでしょうか。


「他になにかないの?」

「なんで? 大貴盛りが駄目な理由って?」


 質問に質問で返されても。

 いくらなんでも女体盛りの男性版は変だって。女体盛りも考えてみれば変なのはわかったけど。

 と言っても無意味だった。


「ねえ大貴、デコレーションだけど、お母さんにやってもらうのは? それか妹」


 どっちもあり得ない。

 母さんとか陽和とか絶対ない選択だし。だったら明穂にお任せした方がいい。


 と思っていたけど、閃いた。

 もしかしたらこれで逃れる事ができると。


「えっと大貴盛りは無いけど、それに準じたものなら」

「なにそれ? 大貴自身じゃないの?」

「それはあれだし、自分で自分にデコレーションできないし」

「あたしがやるけど。それかお母さんと妹」


 いえいえ。そこは丁重にお断りさせて頂くと言うことで。ついでに母さんも陽和も論外。

 放課後に部室へ行き女子に話し掛けようと思った。思ったんだけど勇気が出ない。傍にはもちろん明穂が居て、それでなおも女子に話し掛ける勇気は無かった。

 変に勘繰られるのも嫌だし。


 仕方ないから昼に思い付いた方法で。

 そんなことを考えていたら後輩の女子から「先輩。良かったら少し教えて欲しいことがあるんです」と言われる。

 俺に教えられることなんてないんだけど。

 明穂の方を見ると促されるし。もしかして嫉妬とか無いのかな。


「えっと、なに?」

「表情を書く時にどんな風に書けばいいんですか? 先輩の小説だと描写が細かくて、いいなって思ったんです」


 それは、見たまんまかと。


「えっと、目とか眉とか口元とか、よく見れば細かい変化があるから、それを言葉にすればいいだけだと思う」


 と言ったら後輩の女子が俺を見つめてるし。

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