Epi57 学校でも丸く収まる

 耐え難きを耐え、忍び難きを忍び。じゃなくて、明穂の「あーん」攻撃は俺の精神を徹底的に破壊した。繊細なガラス細工の如き俺の精神は脆すぎる。扱いには注意して欲しい、と思ってもそこは知らん顔だ。

 食後恥ずかしさのあまり机に突っ伏していると、指先で俺の頭をツンツンする明穂が居る。


「大貴。メンタルもう少し鍛えようか」


 無理です。


「あ、でも、そこは大貴らしさの部分だから、鋼の大貴だと別人だよね」


 理解してくれてる?


「でも、もう少し鍛えた方がいいと思う。だからね、これからも食べさせ合うんだよ」


 勘弁してと言っても通用しないんだろうな。

 顔を上げると、にこやかな天使様が微笑んでいる。


「大丈夫。その内周りなんてカボチャにしか見えなくなるから」


 そういうものなのだろうか。

 周囲を見回してみると、クラス内の視線はすでにこっちには向かってなかった。ちょっとだけ安心したけど。


「ねえ」


 なんでしょうか?


「大貴の誕生日って知らないんだよね」

「あ、それを言ったら俺も明穂の誕生日知らない」


 思わず互いに顔を見合わせて、今さら感が出て来た。


「なんで一大イベントを忘れてたかなあ。あのね、あたしの誕生日十月十一日だから。大貴は?」


 と言う事は来月が明穂の誕生日。なにかプレゼントとか考えた方がいいのかな。ぼそっと呟いて誕生月日に意味があるんだとか、なにかと思えば「十月十一日で尊いなんだよ」だそうだ。「十でとう。十一でとい」なのだそう。ただの語呂合わせでも、確かに俺にとってその尊さは崇め祀るレベルだよね。

 で、俺の誕生日なんてとっくに過ぎてるしなあ。


「えっと、五月九日」

「過ぎてるじゃん」

「そう」

「じゃあ、大貴のお祝いは来年になっちゃうんだね」


 ここでも妙なこと言ってるし。「五月九日だと号泣だね」とか。「大貴はよく泣くからなんかぴったりかも」とか言ってるし。そんなに泣いた記憶はないけど。

 明穂の誕生日が十月ってことは、まだ十六歳ってことか。俺の方が少しだけお兄さんってなんか変。どう考えても明穂の方が圧倒的にお姉さん。

 実はサバ読んでるとか。さすがにそれは無いか。


「サバ読んでないから」

「あれ?」

「大貴。顔に出てるんだって」


 ここは話題を変えて。


「誕生日のプレゼントなんか希望ある?」


 やにわに口を衝いて出て来た言葉は。


「大貴」

「えっと」

「大貴」

「あのー」


 俺を見つめる明穂が滔々と語り出した内容は「全裸の大貴でね、お〇ん〇んとたまたまにリボンで装飾して、大貴の体に生クリーム塗って、イチゴを載せてデコレーションして、さあ食べてくださいって。ろうそく代りに大貴のお〇ん〇んが起ってればいいから。それでね、そのあとは三日三晩愛し続けてくれること」とか言ってるし、もしかしなくても女体盛りの男性版?

 ものすごく頭が痛いんです。


「却下」

「なんで?」

「恥ずかしいのを通り越してヤバいって」

「いいじゃん。一年に一回なんだから。あたしの時も同じようにしていいんだよ」


 えっと、明穂のはかなりそそられるけど、立場を入れ替えるとやっぱ異常だって、初めて理解できるものなんだね。

 きっと相当なMっ気が無いとできないと思う。


「やっぱ却下」

「つまんないな」


 結局「普通に祝ってくれればいい」に落ち着いた。

 明穂の本音がどこにあるかは知らない。でも、語ってる時の目は真剣そのものだった。ってことは少なからず望んでる部分はあったと。

 明穂にも同じようにできる、ってのはかなり魅力的なお誘いだけど、でも、逆を考えたらおかしいよね。如何に男性目線が女性から見て変なのか理解できた。


 放課後になり家に帰るんだけど、しっかり張り付いてくる明穂だ。


「無いから」

「大貴。冷たい」

「今日は素直に帰ろ――」


 口塞がれた。


「服の替えも――」


 また塞ぐし。


「あ」


 喋らしてくれない。

 そのまま家まで付いて来た。


「母さん」


 とりあえず明穂が泊まることだけ伝えておかないと、と思って居るであろうキッチンを覗くけど、居なかった。


「買い物かな」

「時間的にそうかもね」


 スマホを持ってるはずだから、夕食の食材を買いに行ってるなら、一人前追加と伝えることに。

 電話かけると「今、陽和の学校に呼ばれてる」って、なに? どう言うこと?


「なんか陽和の学校に居るって」

「じゃあ、あれだね。いじめを解決する気がある。その可能性もあるんじゃないの?」

「でも、保護者居る?」

「双方の保護者から事情を聴く必要もあるでしょ? 子どもだけだと各々都合のいいことしか言わないから」


 そもそも保護者が事情を把握してないケースもあって、きちんと知らせる意味もあるんだとか。俺の時はなにも無かった。俺が居た時よりマシになったのかな。

 母さんには明穂が泊まると伝えて、後は帰ってからの報告になる。


「じゃあ、帰るまで大貴とねんごろになろう」


 いやいや、充分親密な間柄なはず。今さらねんごろもなにも無いと思う。


「大貴のあれとねんごろになるんだよ」


 だよねー。

 部屋に行きたくなくなったけど、でも着替える必要もあるし。明穂と一緒に部屋に入ると早々にジャージを貸して、着替えるんだけど。


「ブラもパンツも要らないよね?」

「要ると思います」

「邪魔じゃん」

「いえ。ここでは節度をも――」


 口塞がれるし。

 ジャージの下はなにも着てません。胸が揺れて邪魔にならないのか、その辺は気になるところ。

 暫く小説の話をしていたら帰宅したようだ。

 リビングに行くと母さんも陽和も微妙な表情だな。


「おかえり。どうだったの?」


 俺の顔を見て。


「しっかり謝罪させたけど、相手の親から子どもの躾くらいしっかりやれ、って苦情言われて、あたしも謝罪したから」


 陽和が増長した原因は母さんの甘やかしだから、それは仕方ないんだろうな。相手にしてみれば仲良くしてたのに、なんでって裏切られた気持ちもあるだろうし。

 それでも互いに和解したらしい。


「すぐには前みたいに付き合えないけど、とりあえずいじめはしないって」

「じゃあ、少し前進したんだ」

「わだかまりは残るだろうから、そこはね。少し時間も必要だろうし」


 なんにしてもいじめが無いだけ、学校で辛い思いをすることも減るんだろう。


「でも、よく先生が仲裁する気になったね」

「大貴の時と校長先生代わってて、学校の方針も生徒に寄り添う、なんだって」


 だからか。

 前の生徒間のことに一切関与しない、って方針は撤回されたんだ。

 明穂がなにか言ってるけど、そうかもしれないと思う。


「うまく行くかどうかは陽和ちゃん次第かな」


 冷めきった関係の改善はそうなんだろう。

 感情面が治まりさえすれば対話も可能になるし。


 なんか母さんも疲れ切ってる感じだな。


「夕飯、あたしが作りますよ。いつもお世話になってるのも悪いので」

「あ、大丈夫だから」

「やります。大貴と結婚したら毎日作るので、今の内から慣れておきたいのもありますから。その間、少し妹さんとコミュニケーション取ってください」


 恐縮する母さんだけど、明穂はやっぱり気が利く。

 リビングで陽和と暫く会話していて、互いに表情が少し明るくなってた。


 夕飯ができると母さん気付いたみたいだ。


「えーっと明穂ちゃん」

「なんでしょう?」

「その下」

「大貴のために全裸です」


 やっぱ軽い眩暈を覚えたみたいだ。胸が揺れるんだもんな。そりゃ気付くよね。

 陽和も少し恥ずかしがってるけど、明穂にもの言える立場じゃ無いし。

 で、陽和に俺の腕が引っ張られて「お兄ちゃんが言わないと」だって。言っても無駄だし、俺程度で明穂のコントロールは不可能。糸の切れた凧は勝手気ままだし。


 明穂お手製の夕食を済ませる、んだけど、やっぱ出ちゃった。


「あーん。だよ」


 もう、陽和の目の前でこれはやめて欲しい。


「美味しい?」

「うん。美味しい」

「はい、大貴。あーん。あ、あたしも」


 で、これを何度も繰り返して、食傷気味の母さんと陽和だった。


「これ見てるだけでお腹一杯になる」

「気にしなくていいんですよ」


 明穂。それは違うと断言できる。俺と明穂見て砂糖と蜂蜜とステビア混ぜて、水あめ状になるくらいに煮詰めた奴を舐めさせられてる、そう感じておかしくない。

 きっと食べてるご飯も甘く感じたんだろう。


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