Epi56 家庭内は丸く収まる

 夕食の時間になりダイニングに行くと、陽和も椅子に座ってた。


「挨拶遅くなったけど陽和ちゃん。こんばんは」


 急に声を掛けられて気まずそうな感じだけど、挨拶を返す陽和だった。


「こんばんは。お兄ちゃんがお世話になってます」

「うん。それでいいんだよ」


 母さんが明穂の傍に来て頭下げてるし。


「大貴のこと、ちゃんと見てくれてありがとう。親がしっかりしてなくて、迷惑掛けちゃうけど、これからもよろしくお願いしますね」

「はい。大貴とは結婚するんで一生離しません」


 明穂の返事がおかしい気がする。

 そして食事をしながら明穂の提案通り「担任同席の上で謝罪する」と伝える。

 母さんも感心してるようだ。


「それが証拠になるから?」

「そうです。当事者同士だと感情が先に出て、謝罪なんて上手く行きません。だから第三者を交えて謝罪するんです。その場に居るだけで相手も少しは冷静に見ます」


 それが先生、即ち大人であれば効果はあるはずだとも。

 いじめそれ自体に関与させる気はない、そこも事前に伝えておけば、相手の警戒感を減らすこともできるのだとか。

 なんか、明穂ってそこらの大人よりものが見えてる気がする。


「普通に先生が言ってもどうせ改善しないんです。だから先生はただの見届け人でいいんです。余計な手出しがあると、返って拗れたりしますから」


 元々悪いのは陽和でそこを認め謝罪させれば、いじめを続ける理由がないことに気付けるはずだとも。

 ただし、それは相手がまともな場合で、もし家庭環境に問題のある生徒だと、それでの解決の見込みは無いらしい。そもそもいじめをする生徒は、家庭に問題があり過ぎるんだとか。


「どこでそんな知識を?」

「お父さんの話からが多いです」

「お父さんってなにしてる人なの?」

「普通の会社員ですよ。でも、保護司もやってるんで事情を知ってるみたいです」


 保護司か。初めて知ったけど、だからこそ文化祭の時に母さんに説教してたんだ。

 元々そう言うことをしてるから、問題があれば助言とかするんだろうな。


「保護司って、元犯罪者とか非行少年の社会復帰を助けるとか、更生の手助けをする人って思ってたけど、それで合ってるのかな」

「そうですね。だから時々煩いですよ」


 煩いって……。明穂が節度を守ってればなにも言わないと思う。

 でも、やっぱり明穂も言われてるんだろうな。羽目外すなって。


 食後に珍しくケーキが出て来た。


「なんで?」

「陽和を元気付けたかったから」


 当然だけど俺と明穂の分も用意してある。来るだろうと思ってたからだそうだ。

 そして、陽和が俺に向かい直して。


「お兄ちゃん。今までごめんなさい。お兄ちゃんの彼女さんもごめんなさい」


 明穂はにこにこ笑顔だ。

 母さんも微笑んでるし、これで家庭内のわだかまりが無くなれば、仲良くできるだろうし、明穂も家に来る楽しみが増えそうだ。これ以上増えても困るけど。


「陽和。俺も酷いこと言っちゃったから、ごめんね」


 変な小説の件は、陽和が大人になれば理解が及ぶはずだから、そこは言及しないでおいた。男なんて表ではカッコつけても、裏ではみんなそんなもんだし。特に高校生くらいなんて興味津々だから。それもいずれわかる時が来る。

 明穂ほどに達観しなくてもいいんだけどね。


「こういうのって災い転じて福となす、って奴かな」

「深刻な問題が残ってるから、丸く収まったとは言い難いと思うよ」

「でもさ、家族だけでも纏まれば、陽和だって相談できるし、支えになってあげられると思う」

「大貴。少し大人になれたね」


 最初の頃に明穂が言ってた「家族は一番の理解者」が、今またすごく実感を持って理解できる。

 なんか、明穂ってマジで女神様だな。家の問題全部片付けちゃったし。


「大貴? なにそれ?」

「あ、えっと。神々しい明穂を拝んでみたんだけど」

「あたし神様じゃ無いし」

「でもさ、明穂が俺を好きになってくれたから、家の問題が片付いたんだよ。もう神様仏様だって」


 苦笑しながら「拝まなくていいから、ベッドで萌えさせて欲しい」とか、ここで言うことじゃないです。明穂さん。

 陽和が照れてるし、母さんは「またか」って感じで呆れてるし。


 食事が済んで暫くは久しぶりに家族での会話と、明穂も交えて明るい雰囲気で楽しめた。これで陽和のいじめの問題にケリがつけば、無駄に悩んだりする必要もなくなる。陽和も少し明るさを取り戻したようだし、和めたんだろうと思う。

 明日以降、学校じゃ手助けできないけど、なにかあれば話くらいは聞いてあげられるから、遠慮しないで相談して来ればいいと言っておいた。

 明穂もお姉さんとして知恵は出してあげると、実に頼もしい限りだし。マジで。


 その後は例によって例の如く、風呂場に引き摺り込まれて蹂躙されて、ベッドで屍状態になった。全精力を吸い尽された感じだ。


「久しぶりに萌えたよ」

「俺は死んだ」

「生きてるじゃん」

「死んでるんだってば」


 明穂がタフすぎるんだって。いくら若いっていっても身が持ちません。


 ベッドに並んで横たわり俺をじっと見つめる明穂。

 手の位置はあれだけど、幸せそうな笑顔が印象的で、やっぱいい。


 明穂を見ていると、こんなことを思い起こしてしまう。

 もしかしたら本当に天が遣わした天使か女神じゃ無いのかって。それで、全てが解決すると天に帰ってしまうんじゃないかって、そんなことまで考えてしまう。

 ある訳無いんだけど、明穂と関わってからの変化が大き過ぎるんだもん。

 あ、もしかして実はサキュバスとか? でもなあ、悪魔系じゃないよなあ。悪魔的な魅力はあるけど。

 でも、性に関しては間違いなくサキュバスだ。俺の精気は全部吸い取られてるし。


 半神半魔って感じかも。

 うーん……。小説のネタになりそうだ。


「明穂」

「なに?」

「明穂ネタで小説思い付いた」

「どんな奴?」


 明穂をモデルにファンタジーをと言ったら、一年の須藤君が書くみたいな奴? とか言ってる。

 中身が薄いとか言ってたから、相変わらずそっちは駄目なのかな?


「いいんじゃないのかな。エンタメ要素がしっかりあって、読む人が楽しめるものなら」


 まさかの肯定発言。「競争の激しいジャンルだから、それこそ読まれないかもしれないよ」と釘を刺されたけど。

 読まれないのを承知で一編仕上げてみてもいいかも。

 それを言ったら。


「少しは協力してあげる」


 だそうで。


「ラストはどうするの?」

「そうだなあ。人知れず帰っちゃうとか」

「悪くは無いけどありきたり」

「うっ……。他に思い付かないし」


 明穂の言葉にちょっと凹んだけど「一生添い遂げるのがいい」とか言ってるし。

 それもよくあるパターンだけど、って言ったら「あたしがモデルならあたしの行動が基準だよ」とか、もう最初から明穂がモデルじゃなくて、明穂が主人公だよね。


「そっか。物語の中では永遠に大貴と過ごせるね」


 なるほど。そんな考え方もあるんだ。

 あれ?

 俺も登場人物なの?


「ずっと搾り取れるんだよ。理想的だと思う」


 普通は死にます。明穂の理想は別にして。


 翌朝になると陽和は腹を括ったのか、「ちゃんと謝って元通りにしてくる」と言って家を出た。


「できるといいね」

「うん。何事も無ければいいんだけど」

「それはねえ。生徒のスレ具合にもよるから」


 学校に到着して明穂と別れると、やっぱまだクラス内じゃ俺の存在って、誰も声掛けないし空気みたいなものだな。明穂が来るとやっかみとか僻みで溢れ返るのはある。

 ここも改善されて行けば普通の学生として生活できるんだけど。


 昼になると明穂が来て、男子生徒の注目を浴びる。

 当然ながら相変わらず「なんであいつなんだ」なんてのが飛び交うけど。


「もう少しの我慢だよ」

「あ、うん」


 俺の机の前に座る明穂がお弁当を広げて、だから、それは教室じゃ恥ずかしいって。


「あーん。だよ」


 無理無理無理。さすがにここじゃ無理。


「大貴」


 押し付けてるし。

 仕方なく口を開けるとすかさず押し込んできて。


「美味しい?」

「あ、うん」


 周りの視線が滅茶苦茶痛い。

 あいつら学校になにしに来てるんだ、みたいな空気が。


「あの、一人で食べ――」

「あーん」


 あの、そろそろ勘弁して欲しい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る