Epi55 妹を可愛いと思うか

 明穂がへばり付いた状態で家に帰ると、リビングから声が聞こえてくる。


「帰って来てるみたいだね」

「そうみたいだ。明穂はどうするの?」

「あたしは大貴の部屋で待ってる。家族のことに首を突っ込むのはお門違いだから」


 とりあえず二人で自分の部屋に行き、明穂には暫く待ってもらう。

 部屋に入るなり上着を脱いでベッドに転がるけど、まあ全裸にならないだけいいかなと。


「じゃあ、しっかりお兄さんして来るんだよ」

「うん。あ、そうだ。明穂」

「なに?」

「ありがとう」


 ちょっと驚いた感じだけどすぐ笑顔になって「大貴。あたしへのお礼、まだわかってない」とか言ってるし。一晩中可愛がってあげる、とかそういう奴だと思うけど。


「朝まで寝かさないんだよ」


 やっぱそうだった。

 勘弁してくださいって言ってリビングへ。


 リビングに入って行くと陽和と母さんが話し込んでる。俺が入ってきたことに気付いた母さんと陽和だ。母さんは一瞥すると陽和に向かい、陽和は俺を見てすぐに目を伏せてる。

 そう言えば母さんは俺がおかしいとか変だって、そう言ってたし、家を出る時はちょっと怒ってたかもしれない。

 傍に行くと警戒する感じで俺を見る母さんだ。


「なにしに来たの? 陽和をこれ以上追い詰めないで欲しいんだけど」


 まあ、その反応は至って普通なんだろうな。朝までの俺相手なら。


「明穂に叱られた」


 その言葉で理解したんだろうか「座れば?」と言われて、陽和に向かい合うようにソファに腰掛けた。

 暫くすると母さんから説明される。


「学校で友達と対立して今、仲間外れにされてるって。仲の良かった親友だと思ってた子も、すっかり距離を置かれてみんなそっぽ向いてるって」


 自分では気付けなかったけど、俺をバカにしてた勢いそのまま、友達に対してもつい口走ったら、そこから険悪な雰囲気になって、みんなが無視するようになったのだとか。

 当然ながらそうなると、以前のような関係に戻れず、夏休み明けからはいじめまで発生して、心が折れかけていて、止めは俺のひと言だったらしい。そのまま電車で終点まで行き死のうと思ったと。


「大貴はなんで明穂ちゃんに叱られたか、ちゃんと理解したの?」

「した。バカだし愚かだった」

「じゃあ、陽和のことも理解できるんだよね?」

「できる。俺も同じだったから」


 そこからは三人で話し合い、とにかく学校でのいじめを解消しないと、この先も通うのが困難になりかねず、エスカレートしかねないと言うことで、学校にも相談するらしいんだけど。


「先生は話を聞いたふりしてなにもしてくれない」


 俺の過去の経験から先生は問題が生じていても、話がそれ以上先へ行かないから、根本解決に至らないと説明してみた。


「でも、それだと陽和が」

「担任なんて生徒のことなんて考えないし、校長なんてそれこそ体面だし、教育委員会はニュースでも言われてる通りでしょ。全然いじめを解決する気なんて無い」

「じゃあどうするの?」

「警察、もありそうだけど、たぶん動かないと思う。あとは弁護士に相談するとか、いじめ百十番とか」


 どの手段を取っても大怪我をしたり、自殺まで追い込まれないと、どこも動かないし動けないのが現実だと思う。と言ったら二人とも俯いてしまった。

 はっきり言って行政はなんの役にも立たない。

 スマホで検索してみても子どもの人権百十番を開設して、相談に乗りますなんてのは山ほどあるけど、解決まで導いたって話しはなにひとつない。


「どうすれば……」

「俺の場合は明穂が居てくれて、すごく助かった。一番はやっぱり力を持った同じ学校内の理解者だと思う」


 他は一切当てにならない。なるなら俺だって、もっと早くぼっちを卒業できたと思うし。


「成績優秀で行動力のある人なんて、早々居ないと思うけど、そんな人と近付ければ」

「陽和の学校にそんな生徒居ないの?」

「居ない」


 中学生だとやっぱ子どもすぎて無理だろうな。

 本当なら学校が率先して解決してくれればいいんだけど、実態はニュースで騒がれるレベルでしか無いし。

 明穂みたいな子が居ればと思う。そう考えると明穂ってやっぱすごすぎる。


「頼れる存在が居ないんだったら、最初の一手は誠心誠意謝るしかないかも」


 関係性が拗れてる状態だと、効果なんて期待できないんだけど。それでもなにかしなければ、なにも進まないし、そのまま卒業まで続く訳だし。でもなあ、中学生って今にして思えば、マジで子どもだし。大人の対応なんてできる訳無いし、幼過ぎるからいじめも平気でできるんだよね。


「陽和は謝ったの?」


 無言だ。と言うことは謝罪もできてない。

 増長してたなら無理だよね。自分が正しいと思ってるんだから。


「じゃあ、やっぱまずは頭を下げる。それで駄目なら担任に相談して、最低限いじめだけはなんとかしてもらうしかない、と思う」


 先生なんてそれこそ使えない大人の筆頭だけど。

 面倒事を持ち込むなって、その程度にしか考えないし。


「陽和。大貴が言うようにまずは謝ってみようか。それで改善しなかったら、次になにをするかきちんと考えるからね? 弁護士とかに相談してもいいし」


 母さんを見る陽和は泣きそうだ。今の事態を招いたのは陽和だし、だったらまずは謝罪するしかないし。それでも無理だと俺は思うけど。逆に変な要求してきかねない、そんな懸念もあるんだよね。尤も、そうなったら本当に弁護士とか警察に介入してもらうしか手が無い。

 中学生なんて精神的に幼過ぎるんだよ。だから事の善悪の前に感情が先走る。


 結局、まずは謝罪してみることからになった。

 納得して無さそうな陽和だけど、それだと関係の改善は見込めないから、自分を曲げてでも頭を下げて許してもらうしか無いし。


 部屋に戻る途中、陽和から話し掛けて来た。


「バ、お兄ちゃんの彼女ってすごい人なの?」


 一瞬バカ兄、とか言いそうになったな。まあいいけど。でも、すごいなんてもんじゃないな。スーパーウーマンだろ。校内で誰も逆らえない、そこに至るまでの努力や人付き合いに関して、明穂ほど完璧に熟せる人は居ないと思う。もちろん見た目の良さもあるとは思うけど。男子に対しては。


「天性のものもあるとは思うけど、すごい、って言われるための努力は惜しまない人だと思う」

「あたしの学校に居てくれれば良かったのに」

「あんな人、早々居ないって。俺も運が良かっただけだし」


 それにしてもいじめに発展しちゃうと、もう解決策って無いよなあ。

 暴力とかあれば警察の介入も期待できるけど、そうじゃない精神的なものだと、証拠も無いし。

 その点で男子同士のいじめの方がわかり易さはあるのかも。すぐ殴るし蹴るし小突くしカツアゲとか平気でやるから。

 男子ってやっぱバカなんだな。証拠の残る手段を取る分。


 明穂の待つ部屋に入ったら、やっぱそうなんだよね。


「あ、大貴。話終わったの?」

「明穂。なんで下着姿なの?」

「大貴を喜ばせるためだよ。で? 終わったの?」

「とりあえず謝罪してみてからになった」


 服脱いで下着姿で手招きされてもなあ。深刻な話し合いだったから、ちょっとそんな気分になれない……。だからベッドに引き摺り込まないで欲しい。


「明穂、その」

「謝罪させるんでしょ? 効果は期待できないと思うよ」

「でも他に方法無いし」

「中学生くらいだと理屈より感情優先だからね。どうしたって許せん、とかなったら許さないし」


 全てにおいて幼いから仕方ないんだとか。

 それでも中にはできのいい子も居るから、そういう人を味方に付けるのが一番らしい。明穂みたいな存在ってことだよね。


「居ないって」

「どこの学校にも居る訳じゃないからだね」

「じゃあ解決は無理?」

「むつかしいなあ」


 さしもの明穂でもいじめの解決策は無いんだろうな。明穂自身がそこに居るならともかく。


「あ、大貴」

「どうしたの?」

「謝罪の時にね先生も一緒に同席させるといいよ」

「なんで? 先生なんて関与したがらないじゃん」


 明穂曰く、ただの立会人でいいそうだ。

 関与させる必要は無く見届けてもらえれば、それで謝罪をした事実は第三者に残る。次にいじめをした際は、それを根拠に攻撃に転じることも可能だとか。

 なんか明穂が怖い。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る