Epi54 増長してたようです
朝食は準備されてなかった。
というか準備中で警察から電話がかかって来たみたいだ。全部投げ出してそのままだし。弁当も無いよ。
母さんに心配掛けさせて、俺にとばっちり食らわせて、ろくでも無い奴だな。だから妹なんて要らないんだよ。そのままどっか攫われて永遠に行方不明でもいいのに。
保護されるなんてへまやらかしやがって。
食うものが無い。冷蔵庫を漁るとチーズはある。パンもある。
これでいいや。
とりあえず腹に収めて昼飯は学校近くのコンビニで買おう。
家を出て電車に乗ると明穂と合流する。
「おはよ」
「おはよー明穂」
眠気もあるしなんか朝飯が半端だったし、昼まで持たないかも。
「どうしたの?」
明穂が疑問を抱いてる。
「あーえっと。陽和が家出して大騒ぎだった」
「家出? 見つかったの?」
「朝電話があって保護されたって」
「良かったね」
え? 良かった? マジ?
あいつのせいで俺がとばっちり食らってるのに?
「全然良くない。あいつ、母さんに心配掛けさせて、夜中に探し回らされて、挙句今朝は朝飯も弁当も無いんだよ。なんであいつに振り回されなきゃいけ――」
痛い。
明穂が俺の頬を叩いた?
「大貴。妹に問題があるのはわかる。でも、血の繋がった身内なのに、そんな言い方はどうかと思う。多分苦しんでたんでしょ? なのに大貴は自分のことばっか」
怒ってるの? なんで?
だって、今まで陽和には説教した方がいいとか、俺を庇ってくれてたじゃん。なのになんで今になって陽和の味方するのさ。
「言う気は無かった。自分で気付いてくれればって。でも気付けないなら言うけど、大貴、増長し過ぎ」
増長?
だって、自信持てって言ったのは明穂で、俺も実績出したしそれなりの自信を持っても、いい頃だよね。
それなのになんでそんなこと言うのさ。
「あのね、大貴が自信を持つのはいいの。でも、自信を持つことと調子に乗ることは違う。今の大貴は浮かれて周りが見えてない。妹にしてもお母さんにしても、自分に影響があることに苛立ちこそすれ、気遣う気持ちが全然ない」
そんな性格的に欠陥を抱えた俺に惚れた訳じゃない。気が弱くて自信も無くて、でも、明穂に言われて頑張るその姿に惚れてる。だから今の俺様のような態度の俺なら、とても付き合って行けないと。
「え、と。あの」
明穂が泣いてるのはなんで?
「こんな状態なら別れるしかなくなる」
心がギュっと締め付けられる感覚に陥った。苦しい。いつか経験したあれだ。
「ちょ、だって、でも」
「大貴。あたしはそういう自信の付け方なんて望んでない。謙虚さを併せ持って人を敬って、ひたむきさと優しさに溢れる大貴が好きなの。今の大貴は違う」
勘違いしてると言われた。
まだよちよち歩きなのに、すでに気分だけは大物作家。そんなのは十年早いと。
学校最寄り駅に着くと明穂はさっさと降りてしまい、走って俺を置いて行った。
混乱してる。
なんでこうなった?
明穂。
俺から離れる? 今度は芝居じゃなくて本気?
いやだ。
それは、いやだ。
だって、明穂が居ないと俺……。
走った。
学校まで明穂を追いかけて。
校舎の玄関先には居なかった。すでに教室に行ったのかもしれない。
どうする? 教室に行って明穂に弁明する?
迷っていたらホームルームの時間になってしまい、一旦は自分の教室へ向かい、昼休みまで待つことに。
昼休みに明穂の教室へ行くと、女子同士で昼ご飯を食べてる明穂が居た。
「明穂!」
俺を一瞬見てまた弁当を食べ始めてる。無視した?
ヤバい。本気で怒ってるんだ。本気で別れるつもりなんだ。
いやだ。そんなの。
明穂の傍に行くと女子連中に睨みつけられる。
「あのさ、明穂ならあんたと付き合わないって」
え? 嘘でしょ。
「邪魔だから自分の教室に戻りなよ。嫌いだって言ってんだから」
「泣かせておいて今さらなにしに来たの? バカじゃん」
「分不相応って言葉、知ってるよね? 今までが奇跡だと思って神様にでも感謝しときな」
女子連中の言葉は辛らつで、でも、そんなのよりも明穂に無視されてるのが。
視界が歪んできた。
「大貴」
明穂の声だ。
「妹といい加減仲直りしようよ。今までは仕方ない。でも、これからは仲のいい兄妹で居て欲しいし、その方があたしも大貴の家で楽しめるから」
なんか、明穂が歪んで見えるんだけど。
「大貴、また泣いてる」
「だって」
「あたしの好きな大貴なら別れたりしない。ちゃんと確実に一歩ずつ進もうよ。自分を見失わないで欲しい」
そう言うと俺を抱き締めてくる明穂が居た。
明穂もまた泣いてるみたいだ。
「あっまいなあー明穂は」
「だから甘えちゃうんだよ」
「甘やかし過ぎ」
女子連中の言葉なんてどうでもいい。
俺、自分を見失ってたんだ。初めてちやほやされて舞い上がって、なんか自分が偉くなった気がしてた。
でも違うって明穂が気付かせてくれた。
やっぱり俺には明穂が必要で、居ないとどうにもならない奴なんだよ。
「あのさあ、いい加減、抱き合うの止めてよね」
「昼ご飯が甘ったるくなって仕方ないんだけど」
そう言われて俺から明穂が離れると「いいじゃん。大貴が大切なんだから」とか言ってる。
落ち着いた頃に腹が鳴り出すけど、昼ご飯は無いんだった。
「食べかけだけど分けてあげる」
明穂のお弁当を少し分けてもらって、さらに、明穂の友達からも少しずつ分けてもらった。「明穂に免じて分けてあげるんだからね」とか言われるけど、そうなんだろうなって。でも、俺のことみんな嫌ってるはずなのに。
「聞いたから」
「もう、文化祭の後、明穂の彼氏自慢がすごくてさあ」
「お砂糖煮詰めて飲まされてる感じだったし」
俺のことを嬉しそうに話す明穂が居て、俺の評価を聞いて少し見直してたそうだ。
だから、今日のことがあって反省を促すために、厳しい態度になったと。
「未来の文豪なんでしょ? 明穂のために頑張りなって」
「次泣かせたらあたしたちでお仕置きだからね」
「大切にしてよね。明穂みたいな子なんて二度と巡り合えないよ」
明穂には良い友達が居る。
俺にはそんな友達と呼べる人も居なかった。だから、急に持ち上げられて舞い上がって、調子づいて周りを見なくなってた。
でも、明穂は言う。
「あたしも焦り過ぎてたと思う。急に煽てられたら舞い上がるのも仕方ない」
そして俺を見て「あたしも反省する。ゆっくり段階を踏んで、しっかり地に足を着けて、二人で歩んで行くんだよ」と。
この教室に居ると冷やかされて、かなり恥ずかしいんだけど、そこは明穂だ。周りの雑音なんて気にするはずもなかった。
このあと俺も明穂に謝り明穂の友達にも頭を下げた。
「謝るなら妹と仲良くやりなって」
「そうだよ。浅尾って可愛い系の顔だから、きっと妹も可愛いんでしょ」
とかなんとか言われたけど。
そう言えば明穂にも俺は可愛いって言われてた。
放課後はまた手を繋いで腕を組んで、体中ぴったり寄り添いながら部活動へ。
「三菅さんも浅尾も見せ付け過ぎだし」
「仲良過ぎるのも考えものだよね」
「ここだけ常夏なんだよねえ、ああ暑い暑い」
部員にも冷やかされる始末だけど、以前なら冷やかしすら無くて、少しだけ居心地の良い空間になってる。
みんなの俺を見る目が変わって、特に後輩の女子の目がきらきらしてる。なんでか知らないけど。
「大貴。後輩の子も気になってるんだよ。でも絶対渡さないから」
「気になってる?」
「そうだよ。女子はね、輝く男子に憧れるから」
まさか好かれたりして無いよね? と訊いたら秘密とか言われた。
無いよね? さすがにそれは。
家に帰ろうとすると明穂も付いて来た。
「関係が拗れてるから急に仲直りはむつかしい。でも、お兄さんとして太っ腹なところを見せれば、たぶんだけど見直してくると思う」
「それは、わかんないけど」
「でも苦しんでるところで手を差し伸べられて感謝しない人なんて居ない」
「うーん。それって性善説だよね」
明穂を見ると「中学生だから見込みがあるんだよ」と言ってる。
大人は無理かもしれないけど、まだ十代だからいくらでも変われるんだとか。
「妹を導くのも兄の役割だよ」
妹とは完全に拗れてるけど、明穂の言うことを信用してみようと思う。
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