Epi52 小さな一歩を踏み出す

 部長による集計結果報告が済むと、顧問の先生による説明が始まる。


「須藤の作品はエンタメとして高評価を得た。躍動感やスピード感も含め、必要な要素が詰まっていてライトな物を求める層には、大きく支持を得るだろう。よくできた小説だと思うし、概ねアンケートの結果もそうなっている」


 そして俺の小説に対しての説明に。


「浅尾の作品は文学として高評価を得ている。年齢層が高いのは、より本格的な読み応えのある作品を求める層に受け入れられたからだろう。もっとたくさん読みたい、そんな意見が圧倒的に多かった」


 俺を見る明穂の目が星を塗したかの如き状態だ。一体いくつあるんだろうって、そのくらいに移ろう輝きが煌めきが、瞳の中に現れては消えていく。


「須藤の作品にしても浅尾の作品にしても、どっちが優れているとかじゃない。エンタメは現代の娯楽に必須だし、文学はそれを求める層にとって、無くてはならないものだから」


 二人ともジャンルは違えど切磋琢磨して、より優れた作品を生み出して欲しい、と総括された。


 部活が終わると明穂の喜びようが半端ない。


「大貴大貴大貴!」


 抱き付いて離れないし、何度も唇が奪われるし。

 俺には実感が無いけど明穂はこの時を待ち望んでた、そんな感じで俺以上の喜びを、これでもかと全身で表してる。


「やっぱり大貴は才能あるんだよ」


 そう言われましても。


「あたしの見込みは間違ってなかった。絶対大貴は成功する。だからこれからもあたしで良ければ支えていきたい」


 いや、あの。明穂以外に俺の相手できる女性なんて居ないでしょ。


 そして大きな変化が。


「あ、浅尾。文化祭の時はごめん」


 それは散々俺を罵って来た女子部員だった。

 申し訳なさそうに頭を下げて「三菅さんのお父さんにも言われたけど」と、徐々に小さくなる声で詫びを入れてくる。

 お義父さんになにを言われたのかは聞かなかったけど、明穂から聞かされてしまった。


「周りに聞こえるような罵声を浴びせて、それでここに居るお客さんは、楽しい時間を過ごせると思うのかってね」


 みんなが力を合わせて成功に導く、それが文化祭の在り方であって、自分の鬱憤や不満をぶつけるのは全体の雰囲気を悪くする。それがこの部のためになるのか、しっかり考えなさい、って。お客さんが聞いて不快になる言葉を、なんの考えも無しに吐き捨てれば、それはいずれ自分に跳ね返ってくるのだとも。

 なんか、明穂と同じって言うか、やっぱり明穂はあのお義父さんの娘なんだな。


 そして、お義父さんはやっぱり明穂の親だと強く認識したのは。

 君の小説と大貴君の小説を読んだけど、君は人を蔑む前に自分を高める努力をしなさい。現時点で大貴君の小説とは比較にもならない。こんなものを読まされる人が哀れだ、と止めを刺したそうだ。

 必要ならば明穂や俺を頼ってでも自力を上げる、それをしてやっと二人と向き合えるレベルだとも。

 現状では君如きが罵声を浴びせるなど言語道断だって。


 お義父さん、優しそうだったけど、やっぱり辛辣なんだ。

 それもあって、結果も出して、結局女生徒の方が気付かされたのかも。


 まだある。


「浅尾先輩って文才があったんですね。なんで今まで書かなかったんですか?」

「なんかリアルうさぎとかめって感じだ」


 部員たちは自らをウサギに例え、俺を亀として、図に乗って見下している間に、遥か彼方へ突き進んでたと。

 特に女子部員たちの目が変わった。


「浅尾先輩。あたしにも小説の書き方教えてくださいね」

「三菅さんが惚れ込むだけのことはあったってことなんだね」


 同時に明穂の評価もうなぎ登りと言うか、再認識されたみたいだ。

 校内トップクラスの女子は見る目があるんだと。


 この状況。かなり気色悪いんだけど。


「まだ、文芸部内に留まるけど、それでも大貴を正当に評価された。もっと胸張っていいんだよ」


 部内の空気が一変すると自然と明穂や俺の周りに部員が集まる。

 みんな作品で評価されたい、その想いは一緒で、そんな中で多くの人が評価した、その事実は濁った眼をクリアにしたのだそうだ。


「だからね、大貴の小説はコンクールも必ず通る」


 そうすれば校内での評価も変わってくるはずだと言う。

 なんて言うか、明穂の喜び方を見てると、本気で俺を押し上げたい一心で支えてくれてるんだなって。


「明穂。ありがとう」

「お礼? 要らないんだよ。あたしは大貴と一緒に歩むんだから」


 だがしかし「あのね、どうせお礼するなら夜も一緒がいいんだよ」となってしまった。

 そして「今夜も寝かさないよー」と。それは勘弁してください。翌日に影響が大き過ぎるんで。


 とりあえず結果が出た。

 実感するにはまだ少し時間が要るかもしれない。でも、じわじわと自分に手応えを感じられてくる。


 アンケート用紙は欲しい人に手渡されてる。

 そこに書かれている内容を噛み締めて、更なる発展を目指して欲しいからと。


「大貴。このアンケートなんてべた褒めだよ」


 痒い。背中が。


「なんか褒め過ぎな気もするけど」

「違うんだよ。人は本当に感動するとね、いろいろ捏ね繰り回した言葉なんて出て来ないの。シンプルにすごい、素晴らしい、最高ってなっちゃうんだから」


 そして、それは明穂が俺の小説を読んだ時もそうだったと。

 落ち着いた頃にその理由を考えるものだとか。


「あ、これお父さんのだ」

「なんて書いてあるの?」

「高校生とは思えない語彙の豊富さと、短いながらも経験を活かした作風は、読む人を感動させるに足り得る等身大の作品だ。だって」


 アンケートに名前なんて書いて無いし、年代と男女だけ。でも明穂にはお義父さんの書いたものがわかるようだ。まあ、あのお義父さんが言いそうなこともわかってるんだろう。


「どれ見ても絶賛だね。みんなあたしと同じ。大貴の小説のすごさに触れて、もっと読んでみたいって思わせてくれる」

「褒め過ぎだってば」

「褒め過ぎじゃないよ。読めば一瞬でファンになれる。作品には大貴が目一杯詰まってるんだから」


 アンケートを次々見ては目尻を下げ、少々だらしない口元に上がる口角。

 なぜか明穂の方が感想を熱心に見て、「うんうん。そうだよね。やっぱそう感じるんだよ」とか言ってるし。


「あ、これお母さんのだ」

「そっちもあるんだ」

「豊かな表現力は読む人の心にダイレクトに訴え掛けてくる。使われるワードの一つ一つに心が籠り、ストーリーに引き摺り込んでくれる優れた作品。なんだって」


 背中が猛烈に痒い。


「どうしたの?」

「いや、あの。なんか褒められすぎて痒い」

「大貴は褒められ慣れてないからだね。でもこれからはもっと褒めてもらえるから、慣れた方がいいよ」


 それは慣れるものなのだろうか。


「大貴の彼女って言うだけで胸張れるね」


 うん。胸を張ると言うかすごい張りだけど。ぼよんぼよんだし。


「大貴。今夜が楽しみだね」


 視線に気付かれてました。


 家に帰って母さんにも報告すると、「お赤飯炊こうか」とか言い出すし。

 夕食はお祝いとして豪華なものを用意するとも言ってる。ついでに父さんに電話して報告するんだとかで、やっぱり喜んでるようだ。


「育て方が悪かったのに、天使に導かれたみたい」


 だそうで。

 天使はもちろん明穂だけどね。


「なんか、明穂ちゃんに一生頭が上がらない」


 とも言ってた。

 それを聞いた明穂の暴走が始まるし。


「じゃあ、今すぐ結婚を認めてください」

「あの、明穂? それはちょっと違うと思うんだけど」

「なんで? いいじゃん。やり放題だよ」

「そうじゃなくて」


 やり放題ってなに?

 今でも高校生らしくない爛れた関係なのに、これ以上さらに爛れたいのかな?


 俺の短い人生でまたも初体験になった。

 ずっと腐った人生だったのに急に脚光を浴びて、みんなに褒めてもらえて、なにより小説を認めてもらえた。

 少しずつ嬉しさが出て来て、それに気付いた明穂が抱き着いて来る。


「大貴。顔が綻んでる」

「え?」

「やっと実感できてきたんだね」


 どうやら表情に出てたみたいだ。


「これからもっともっと高みを目指して、本当に芥川賞取るんだよ」

「それはどうかと思うけど」


 俺を見て「太鼓判いくつでも押すよ」だそうで。


     * * * * *


 次回から番外編が三話続きます。年末年始用に繋ぎとして執筆したものです。

 本編まで飛ばして頂いても構いません。

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