Epi51 投票による集計結果
部長が恐縮しながら照れ照れで表彰台に。部の名前を呼ばれて、登壇する際に階段に躓き笑いを誘うなどあって、相当緊張してたんだなと遠目でもわかるほど。
文化祭で優秀な展示や活動をした部やクラス、それらに対しての表彰が行われている。部員全員で頑張った結果なんだろう。ただ、明穂曰く「あたしとお父さん、そして大貴が居ての結果だから、自信を持つべき」だと。
明穂とお義父さんはものすごい貢献したと思う。でも俺はと言えば違うんじゃないかって。手際が悪くて女子部員に罵られてたし。
明穂は「罵る女子部員は己を弁えない愚か者」と言ってて、「お父さんと論戦していい勝負をした、それは誇っていんだよ」とも言っていた。ラストで最高潮に盛り上がったのは、俺とお義父さんのディベートだった。だから、拍手も湧き起って俺が称えられていたのだそうだ。
実感なし。
食らいつくのもやっとで、記憶もあやふや。なにを喋ったかなんて自分でもわからないし。
総合で見ると三位以内に入るのは無理だった。
それでも、部門別での二冠は文芸部としては快挙。地味で目立たない活動しかしてなかった文芸部は、この表彰で少しだけ脚光を浴びた瞬間だった。
この結果は来年の入部希望者増加に役立つとも。
結果を出せば周囲の見る目は変わる。だからこそ、俺も自信を持って来年の新入生を迎えられるとかなんとか。
「大貴は来年部長だね」
「ない」
「なんで?」
「無理だし、部員が認めないと思う」
明穂なら誰一人として異論を挟む余地なく部長になれる。でも俺だと部員から間違いなくブーイングが出るから、やっぱり日陰者としておとなしくしてるのがいい。そもそも部長なんてやりたくも無いし、責任が重くなるから嫌だし。
俺を見る明穂の目は呆れだろうか。
「アンケート投票で二位に着ければ、文句も出ないと思うけど」
明穂の口から出た言葉は、二位を確信してる風だった。
「コンテストでも受賞すれば、誰も逆らえないでしょ」
コンテストも受賞を確信してるし。なんでそこまで自信を持てるのか。
「持ち込みで採用されたら即学生プロ作家だよ」
それこそ不可能だし。これが一番無い。明穂がどう思おうとも、さすがに出版社はそんな甘いとは思ってないから。編集部の段ボール箱の中で、シュレッダーにかけられるのを待つだけの存在が関の山だと確信してる。
明穂に言われれば言われる程に不安が募る。
そんな俺を察したのか「これまで実績が無いから、不安になるのはわかる。でも、第一歩として文芸部は表彰された。そこに大貴の頑張りが無いはずがない」と言う。
さらに続けて「さっきも言ったけど、ディベートでの拍手は大貴に向けたもの。頑張って結果を出したから称賛されたんだよ」とも言ってる。
つまり、ここまでで二回も結果を出しているのだから、不安になる要素なんて無いのだそうだ。
「自信過剰は困るけど、無さすぎるのも困るから」
励ましは時に残酷だ。
今ある結果とやらは俺一人じゃ成し得ない。誰かの助けがあっての結果でしかない。明穂もわかってそうなんだけどな。
こんなナーバスな状態のまま休日はおとなしく過ごした。
明穂が家に来たがったけど、少し考えたいと言って断ってる。
すごく心配そうな表情になってたけど、そこは別に死んだりしないから、と言っておいた。
考えれば考える程、不安ばっかり大きくなる。
こんな時は気分転換でなにか違うことをすればいいんだけど。小説書く気にはなれないし、どこか遊びにと言っても一人じゃ意味無いし、本を読むかと言えば雑念が多過ぎて、物語が頭に入って来ないし。
仕方ないからベッドの上でごろごろ。
昼食を食べてる時に母さんも気になったみたいだ。
「なに悩んでるの?」
「別に悩んでる訳じゃないけど」
少しすると母さんがすごい申し訳なさそうな顔になってる。
「ごめんね。あたしが全部悪い。大貴に自信を付けさせて、人と対等に渡り合えるようにできなかった。今頃そんなこと思っても遅いんだよね。でもね、だからこそ、大貴にはなにがあっても支えていくから」
母さんの件はすでに自分の中では折り合いが付いてる。いつまでも責める気も無いし、今は自分自身の葛藤なんだと思う。結果を知るのが怖い、励まされると重圧を感じる。同情なんてのはもちろん要らない。
もし、これで結果が出ていなかったら、そう考えるとやっぱり俺と言う存在は、取るに足らないゴミのような存在なんじゃないかって。
こんな思いを抱えたまま翌日の登校となってしまった。
明穂と合流すると無言で抱き締めて来た。
「あ、明穂」
「なにも言わなくていい。今日ひとつ結果が出るから」
車内の視線が少し痛い。でも、明穂は離れる気は無さそうだ。
学校まで会話も無くただ明穂に手を引かれての登校。
「お昼にまた」
そう言いながら明穂は手を振り各々の教室へ。
授業は殆ど頭に入って来なくて、先生に「余韻に浸るのも程々にしとけよ」と言われてしまった。浸ってたんじゃないけどね。まあ、先生にそんなのわかるはずも無い。
昼になると明穂がお弁当持参で教室に来て早々、俺の机の前に座った。
そこは本来他の生徒が居たはずだけど、どこかへ追いやったようだ。
「大貴食欲ある?」
「あんまり」
「でもちゃんと食べておこうよ」
「うん」
明穂と一緒にお弁当を食べてる。目の前に居る明穂はいつ見ても輝いてて、いつも自信に溢れてて、そして俺を異常な程に愛してくれてる。
男子生徒の嫉妬の視線。女子生徒の「なんであれと」と言う理解できない視線。
そんなのお構いなしの明穂。
そう言えば前に不安から吐きそう、とか明穂が言ってったっけ。今の俺はまさにそれだ。本当に不安が頂点に至ると吐き気を催すんだね。
食事が進まないのを見て明穂の表情が曇った。
「不安なのは仕方ないけど、こればっかりは自力で乗り越えないと」
下手な慰めや励ましが逆効果だって、明穂もわかってるんだ。
なんとかしたいんだろうけど、今の俺の状態じゃ掛ける声も見つからないんだろう。
そっと俺の手に明穂の手が乗り「絶対が無いのはわかってる。だけど、大貴がそんなんだと、あたしじゃ支えきれないのかって、逆に不安になっちゃう」と、泣きそうな顔で言って来た。
明穂を見てなにか気付いた気がする。
なんて言うか、明穂もまた俺の結果に不安がある、そう思った。だから自分自身を鼓舞する、そんな意味合いも込めて、俺を励ましてたんじゃないかって。
だとしたら、俺って自分しか見えてなかったってことだよね。
昼休みが終わって午後の授業も済むと、いよいよ部活の時間になった。
明穂が迎えに来て俺の手を引きながら部室へと向かう。
緊張からか吐きそうだ。明穂の手にも力が入ってるのがわかる。ちょっと痛いから。
部室に入って部員が全員揃う間、ずっと明穂も俺も無言だった。ただ、手だけはずっと繋がれたままで。
部長が来て顧問の先生が来て、部員が全員揃うと勿体付けながら、部長が言葉を発した。
「じゃあ、結果発表」
部室内の静寂は気を失いそうな程に緊張をもたらす。
そしてメモを手に読み上げられる。
「まず、得票数第一位は、まあみんな予想は付いてるだろうけど」
みんな真剣そうな表情だ。とは言え一年生は確信してるようだ。自信満々だな。
「一年、須藤。票数八十七票」
拍手が起こる。
「二位」
また静まり返った。
「二年」
さっと部員を一瞥して発した言葉は。
「浅尾。票数八十六票」
名前までは聞こえた。でも票数は聞こえなかった。名を告げられた瞬間意識が飛んだから。
そして全員の視線が俺に集まった。
「一位と二位はわずか一票差だった。一応アンケートの方だけど、これは票数を除けば浅尾が最高評価だった。実質浅尾の小説がトップと言うことだと思う」
明穂が俺を見て涙を流して喜んで、思いっきり抱き付いて来た。苦しいんだけど。
部活での数字だから大きくはない。それでも確かな一歩だと明穂は言う。
実質一位、これは大人の読者が正当な評価を下したからで、決して得票数一位の作品に劣るものではなく、むしろ対象読者の年齢層を考えれば、広く通用する文学作品なのだと。
「信じてたよ。大貴!」
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