Epi44 二人とも残念だった
陽和の話題はもう充分だ。
明穂もこれ以上なにか言う気も無いようだし、散々バカにしてきたのだから一人で苦しめばいいと思う。トラブルを起こしたのならね。
夕食を終えて部屋に戻ると少し勉強しておくことに。
「一時間だけやっておこうか」
腹が膨れている状態だと血の巡りが悪くて、眠気が先立つけど明穂がやる、と言う以上やらない選択肢は与えられてないのだ。
勉強机に向かうとまた首に手を回して抱き着いてるし、頭に二つの柔すぎる感触が乗っかってるし。気が散って集中できないんだけど。明穂さん、邪魔したいんですか?
「あの、明穂さん」
「なに?」
「頭に気になるものが」
「楽しんでいいんだよ」
勉強するんですよね? 楽しんだら勉強そっちのけになると思うんだけど。
これ、服の上からの感触じゃないから、直ってことだよね。ってことはまた丸出しになってるってことじゃん。明らかに勉強の邪魔をしてる、そう思う。
「楽しんだら勉強にならないと思う」
「そこは両立するんだよ」
そんな無茶な。
だから動かないで欲しい。ゆさゆさ揺れる感覚が頭上を支配してて、勉強に集中できないんだってば。
そう思ってたら椅子を回転させられ、俺の顔面はでかい肉まんで満たされた。
「あ、明穂」
「集中できなさそうだから、先に処理しようかなって」
そうじゃないと思う。明穂が邪魔しなければ集中できる、はず。
結局、食欲を満たした明穂は性欲をも満たして、ご満悦な表情で俺を勉強へと向かわせてた。
「明穂って……」
「うん。いろいろね、考えてたんだよね。こんな時にこんな態勢でとか」
明穂はスケベだ。勉強できて楽器できて自信満々で、凡そできないことは無い、そんな彼女なのに頭の中身がピンク色に染まり切ってる。
辛うじて勉強に取り組むと文化祭の飾りを考えることに。
「頭の中にあるイメージを図にした方が、みんなが分かりやすいし指示も出しやすい」
「図面に描き起こすの?」
「そう。大貴、絵は描ける?」
「無理」
俺にできるのは妄想を文章にしたためるだけで、他は一切できません。
「明穂は?」
「えーっとねえ。言い辛いんだけど、あたしも無理かなあ」
完璧な女性だと思ってたけど、絵は描けないんだ。
「誰か図面引いてくれる人が居ればいいんだけど」
「明穂の友達に居ないの?」
「居るには居る。美術部に在籍してる子とかなら」
とは言え美術部だから図面を引けるか、と言えばまた違う分野だから、簡単には行かないだろうって。
「大貴。今から練習してみない?」
「無理だと思う。俺に絵心なんてないし」
「絵心より正確に空間を示せればいいだけなんだけど」
「なら明穂の方が得意そうだと思う」
空間認識能力は男性の方が女性より若干上回る、そう言って憚らない明穂だ。
把握できるなら図面にするのも苦はないはずだとも。それはいくらなんでも無茶ぶりが過ぎると思うんだよね。
「じゃあこうしよう。それぞれ思うイメージを描いてみて、より上手な方が図面を引くってことで」
たぶん明穂の方が上手に描けると思うけど、そう言うなら試しに、ってことでノートに描き出してみることになった。
イメージそのものは検索して出てきた画像をもとに、各々アレンジして部室内を飾れる程度に簡略化したもの、といった感じで描いていくんだけど。
「できた?」
「まだ」
催促されても全然先進まないし、なんか線引くと曲がるし、まっすぐ引けないし。頭に思い描くことを絵に描き起こす作業って、とんでもなく難しい。
明穂を見ると珍しくうんうん唸ってる。すごく珍しいものを見られたかも。
「明穂はできたの?」
「まだ……。思ってた以上にむつかしい」
部室内に客席が並ぶイメージを描いて、その机にどんなテーブルクロスを敷き、花瓶とか置いてみてとか、掲示板の位置とか部誌を置く机とか、とにかく思いつく限りの装飾を加えてみて、それをわかりやすい図面にと思ったけど。
これ無理だと思う。誰か得意な人に任せた方がいいんじゃないかって。
「大貴」
「えっと、なに?」
明穂の方を見ると泣きそうだ。
「無理だったー」
明穂でも投げちゃうことがあるんだ。
どの程度進んだのか見てみたら、うん。まあ、全部平面。立体感ゼロだし、シュールな世界はピカソの絵の如しで、これはこれで面白いかもしれないけど、意味不明。
「大貴のは?」
未完成ではあるけど見せたら。
「大貴……。これ現代アート?」
「違うんだけど」
「掃除の時に寄せられた机と椅子だよね? 座れないし」
そう。全部詰めすぎてなんでか知らないけど、机と机の間が狭まりすぎて、片付けしてる最中みたいな絵になった。
「餅は餅屋だね」
「俺もそう思う」
結局、図面は明穂の友達の中で、中学時代に技術家庭が得意だった人に頼む、ということになった。頼む相手は男子だから俺に「気が引けるんだけど」とか言ってる。そこまで気にしなくてもとは思う。でも明穂に頼まれた男子は舞い上がりそうだ。
因みに絵の方はいくらか俺の方が立体感があった。これも空間認識能力のおかげなのだろうか。
「大貴。来週には買い物行くからね」
「なんの?」
「文化祭の小物」
大きなものや重量物に衣装などは配送されるけど、小物は直接買いに行くしかない。
お買い物デートなんてことになるのか、とか期待してみたり。これもそう言えば初めての出来事になるなあ。二人で店を回るなんて楽しそうだし。
「荷物多くなると思うんだよね」
「二人で分担して持つ?」
「キャリーバッグかショッピングカートがあれば、重くなっても大丈夫なんだけど」
キャリーバッグは旅行用のがある。随分前に使ったっきりだけど。カートは無いと思った。
「キャリーバッグならあるけど」
「あたしも持ってるから当日はそれ引いてくるしかないね」
時間も遅くなってきたことから、風呂に入って寝るんだけど、やっぱり風呂に引き摺り込まれて蹂躙されて、すっかり出涸らし状態になってます。
ベッドに並んで寝るとすかさず明穂の手が伸びてくる。
「大貴」
「限界だから」
弄ばれるもすでに限度を超えてます。微動だにしません。
「もう少し鍛えた方がいいと思う」
「そういう問題じゃないと思うんだけど」
「そうなのかなあ」
翌日、学校に行くと早々に男子に頼んで図面を引いてもらう明穂だった。
「できたよ」
そう言って見せてくれたのは簡単なスケッチだけど上手い。
ちゃんとしたものになってるし、遠近法で描かれてるから奥行き感もある。
「なんでこんな風に描けるんだろ?」
「練習だよ。楽器もそうだし文章だって書かなきゃ上達しないし」
俺も明穂も絵に関しては意識が向かなかっただけで、ちゃんと取り組めばそれなりの形になるはずなんだとか。
でだ、頼まれた男子は二つ返事で引き受けて、喜んで描いてくれたそうだ。明穂に頼まれごとをされるのは、男子にとって名誉なことなのだとか。
なんでもそつなくこなすイメージがあるからだろうな。
出来上がった図面をもとに指示を出して、効率よく部室を彩っていくらしい。
書き割りの壁とかも作る必要があって、その際には美術部の連中を引っ張ってくる、とか言ってるし。ポスターとか看板も作らせると息巻いてた。
明穂に頼まれて断れる奴は居ないんだろう。少しでもアピールして俺から奪えないかって、そう考える人も多そうだし。
「きっと俺からなら奪えるってそう思うんだろうね」
「奪えるわけないじゃん。あたしには大貴しか居ないんだから」
でも、俺程度の相手からなら振り向かせるのも容易い、とか思う男子は多い、いや、全員そう思うんじゃないかと。
「それだけ舐め切ってるなら、実績示せば全員項垂れるはずだよ」
「そうであればいいんだけど」
ちゃんと文化祭で自信を付けさせてあげる、と言って、俺の口を口で塞ぐ明穂だ。
これ、いいんだけど校内では自重して欲しいと思う。周りの呆れかえる視線が痛いんだって。
「まだ気にしてるの?」
「まだもなにも、周りが」
「そんなの放置でいいんだよ。むしろ見せつけておかないとね」
確かにあの一件があってから、これ見よがしにってのが多くなった。
仲睦まじさを見せつければ、二度とあんなことは無くなるって。
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