Epi42 文芸部で提案してみる

 文学喫茶を文化祭でやる。その提案をするんだけど、正直俺が言うだけなら通らなかったと思う。俺の横に明穂が控えていて、誰一人として有無を言わせない圧力をかけてたから。この校内で明穂がどんな存在か知らない人は居ない。

 学年五位でも生徒数二百四十人の五位。全校生徒の中でも五指に入るんだとか。五位以内と言われてるけど、よくよく聞くと現在は二位だそうで。一時トップに居たこともあるらしい。なんで維持できなかったのかと言えば、楽器習得のために音楽教室に通い詰めたのが原因だって。

 すご過ぎて俺如きが付き合えば当然嫉妬の嵐なのも納得。だって、可愛いし美人だしスタイルいいし、性格はエロ過ぎてあれだけど。そんで俺だけがまったく知らなかったなんてオチが付く。


 休み明けに久しぶりの文芸部。

 全員集まってのミーティングをやる。議題は文化祭の出し物、なんだけど毎年同じで代わり映えしないらしい。

 毎年文化祭特別号と銘打った部誌と、各部員が発表する小説を掲示し、コピーを取って希望者に配ったりしてるだけ。他には一般書籍の書評とか文芸論なんて、ぶち上げた自分達が単にこう思うってのを、掲示してるだけだし。

 目立った活動実績が無くて予算も少ないから、思い切ったこともできず、毎年地味に開催して地味に終了してるのが実情。


「問題は予算なんだよね」


 部長の言い分は理解できる。実績に応じて予算配分されるから、ほとんど実績のない部に回す予算なんて無いに等しい。


「あたしが直訴してきます」


 挙手して言い放ったのはもちろん明穂だ。

 部員の目が集まるがそれは期待なのだとわかる。明穂くらいの存在が直訴するならば、確実に予算を取って来れる、そう期待してもおかしくはない訳で。


「じゃあ、任せていいかな?」

「生徒会だろうと教師だろうと、出さないなんて選択肢は与えません」


 ちょっとたじろぐ部長と顧問が居て、部員は拍手喝采だった。

 そう言えば旅行の資金も「出さない選択肢なんて与えない」って言ってたっけ。有言実行なのも明穂のすごいとこだろうな。


「じゃ、じゃあ、予算の件は三菅さんにお任せするとして。今年度の文化祭の出し物は、予算に目処が立った時点で決定するけど、その前に各自アイデアを出して欲しい」


 ここからが俺の出番なんだけど、文学喫茶なんてありふれた感じで、即刻却下されるかも、とか思ってた。

 三年生は部長ともう一人。二年生は俺と明穂に他二名。一年生は二名。

 人数少ないから容易に企画出しなんてない。


「えっと、ひとつあるんですが」


 挙手して発言を求めると。


「なにかあるの?」

「はい。えっとですね、文学喫茶を提案したいと思います」

「なにそれ? よくある本読みながらお茶啜る場所?」

「それだけだと人が来ないので、コスプレも少し」


 女子部員から速攻で非難の声が上がるんだよね。「ぼっちの欲望爆発させただけじゃん」とか。でも今はぼっちじゃ無いんだけど。明穂居るし。

 俺が言うから非難の声が上がるんだと思えば、まあ納得しちゃう自分が居る。


「文句言う人は自分で人が集まるだけの企画を出してください」


 明穂のひと言で即座に場が鎮まる。

 もう、鶴の一声って感じ。


「じゃあ、浅尾君。続きを」

「あ、はい。コンセプトは大正浪漫。コスプレと言っても露出はなくて、大正時代のハイカラスタイルです。某老舗大衆店舗をなぞり、カフェーと記載したりして、その当時の文化を再現したいと考えています」


 なんとか言い切ったけど、手も足もちょっと震えてる。

 明穂がそっと俺の手に手を乗せて「大丈夫だよ。採用させるから」と言ってるし。「採用される」じゃなくて「させる」だから、明穂の強引さには敵わないんだよね。


「メイド喫茶みたいな感じとは違うの?」

「メイド喫茶は流行りのスタイルとか、洋装が主なので、差別化を図るために大正時代をメインコンセプトに据えました」


 みんな静まり返ってるけど納得したのかな?

 でも、顧問の先生は頭掻いてるし、部長は冷汗流してる感じ。もしかして明穂の圧力って奴かと思ってみたら、怖すぎて引いた。


「えと、あ、その、他になにかあるかな?」


 部長焦ってる。

 明穂の無言の圧力に屈しそうだし、誰かに助けを求める感じだし。

 でも、誰も挙手してアイデアを出そうとしない。


「えっと、それじゃあ、浅尾君の出した文学喫茶で決めるけど」


 反対する人は居ない。部長の様子を見て明穂を見た部員、全員が一瞬で怯んだみたいで。怖いです明穂さん。

 予算が決まり次第規模や内容を詰めて行くことになった。


 部室を後にすると早々に明穂が絡み付いて来る。


「ちゃんと通ったでしょ」


 あれは通った、じゃなくて押し通した、が正解だと思う。問答無用なんだもん。


「大貴。あとで生徒会室行くからね」

「俺も?」

「当然でしょ。大貴には企画説明してもらうから。あたしは予算をふんだくるだけ」


 ふんだくる。なんか、本気でそれをしそうで怖い。

 翌日生徒会室に殴り込みをかける明穂だった。


「あたしの見積額にほぼ見合う額を接収できたよ」


 はい。まさに強制的に巻き上げた感じで、生徒会も一切逆らえず、こっそり俺に「他の部の予算削る羽目になっただろ。君から手加減するよう伝えて欲しいよ」と泣きが入った。

 顧問の先生には企画書を手渡しチェックだけしてもらう。


「三菅が言うんだからきっと成功するだろ。好きにやってくれていい」


 だってさ。俺と違って全幅の信頼を置かれてるんだな。


 二回目のミーティングでは企画の詳細を詰めるんだけど。


「衣装はレンタルします。二日間で上下一式二千円ちょっとになります。女子部員全員分で八千円強、それに往復の送料千五百円を入れて一万円以内で収まります」


 明穂の説明で全員メモしてるけど、俺はと言えば見てるだけ。やること無いんだもん。全部明穂主導で進んじゃうから。


「メニューはコーヒー、紅茶、コーラ、サイダーの四種で、コーヒーメーカーは業務用をレンタルします。紅茶はティーバッグを、コーラとサイダーは業務用スーパーで購入します」


 冷蔵庫と冷凍庫も一台調達する必要があるとか言ってる。

 部室の飾りつけとか、小物類もひっくるめて全部提示すると。


「えっと、手配は全部三菅さんがやってくれるの?」

「既に手配可能なものは済んでます。当日の搬入後の準備は部員総動員で。搬出も同様部員総出で行います」


 出し物の方は俺が説明することに。


「えっと、部誌は特別号を百部。個人の小説はコピーかデータ化したものを都度。書評と文芸論は掲示板に掲示します。それと面白かった作品への投票を」


 一年の作家君はその言葉でにやけてる。自分がトップを取れると踏んでるんだろうな。自信あるだろうし。

 でも、他の部員はあんまり面白くなさそう。


「あの、それって小説に優劣を付けるってことになりませんか?」


 反対意見出ました。

 一応明穂から言われてるのは。


「投票数イコール優秀とは限らないです。投票はアンケート形式を採るので、そこの感想も参考になるはずなので。ただの人気投票とは少し違うと思ってもらえれば」


 一年の作家君はそれでも揺らがない。まあ当然だろうね。部員のみんながみんな褒めてたし。明穂だけは「薄い」とか言ってたけど。


「あとは、小説のコピーを取った数も考慮します」


 部誌の方はアンケート込みの投票。個人の小説はコピーの数も含めて、両方足して結果を得る形にしてある。と明穂は言ってた。

 単純に言って部室に来てくれた人も、これまでの読んで終わりじゃなくて、一緒に参加してもらったりするってこと。


「他に来場者とディスカッションも予定してます」


 なんだそれの声が出るけど。


「文学に興味のある人なら、それなりの意見もあるはずです。好きな作家に対する思い入れとか、一押しの作品とかを部員と一緒に話すんです」


 できるだけ多くの人を巻き込む必要がある訳で。

 単に展示だけして見てもらうなら、これまでと同じく人は集まらない。だから参加型のイベントにするんだとか。

 そうすれば興味を持った人も覗いてくれる、その可能性に賭けるらしい。


 当日のオペレーションの内容も説明して、それぞれ割り振りを済ませて終わった。

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