Epi41 平穏な一日は貴重だ
高校に入って二年生になるまでの俺の人生は、これと言った目標もなく怠惰なものだった。
幼少時はまだ何も先のことを考えないから、お気楽に騒いで陽和ともそれなりに仲良しで。でも小学校に入ると徐々に人間関係の煩わしさが出て、内向的な性格も災いして何かと辛いことも多くなる。
中学校に入っても同じだった。そりゃそうだ。顔ぶれ自体はほぼ同じなのだから。私立へ行く連中を除けばエスカレーターだし。
これでよくヒッキーにならなかったと、我ながら自分で自分を褒めてもいいのか?
こんな話を思い切って明穂にしてみた。
がっかりされるかもしれないけど、でも、偽らざる自分を知って欲しい思いもある。
「大貴を見てるとね、なんとなくわかる。一番は成功体験が無いこと。だから自分を卑下するし自信も持てないの」
幼少時、小学生、中学生、それぞれで成功体験がひとつでもあれば、卑屈にならず自信を持てるはずだけど、その経験がないから俺がこんなになったと。
明穂の場合は幼少時からの英才教育があって、結果を求められる環境だったそうだ。ついでに反骨精神も同時に養われ常に期待に応えて来た。そして結果を出している限りは自由にさせる、そんな条件も飲ませたらしい。
自由とは自力で対処可能な限り、親から干渉されないことを指すそうだ。だから門限も無い。男の家に入り浸るのも問題無し。やりたいようにもできる。
「大貴とこうしていられるのも、自分なりの努力の賜物だと思ってる」
明穂の部屋で蹂躙されながらの話だから、半分はきっと忘れてしまうんだろう。
だって、まじめな話なのに食われてるんだよ?
「運命の出会いはあるって、あたしは信じてた。そして大貴と出会った。絶対逃さないって決めてたから」
なんていうか、すごい執念を感じる。
あれだけ信じず断っても、それでも泣いて縋ってきて結果明穂に落とされた。
「これもひとつの成功体験だよ。あ、成功は性交でもあるけどね」
あの、まじめな話ですよね?
「ほら、二つもあるじゃん」
「いや、あの」
「多くの男子が憧れるあたしをゲットしたんだよ。それで肉体関係もバリバリだし。卑下する要素なんて無いじゃん」
そう言いながらキスをしてくる明穂だ。
すごく愛されている。この充足感は今まで経験が無かった。だから、もっと自信を持っていいんだろう、と思う。思うんだけどね、小説とか結果出さないとやっぱ、自分を肯定しきれない部分はある。
「あとは小説だね。大丈夫。必ず受賞するから」
ただ、その結果が出るまでに時間が掛かる。それまではこんな感じなのかも。
「手っ取り早い成功体験もあればいいんだけどな」
そんな都合のいい体験は無いでしょ。
「コンテストとかは結果発表まで時間掛かり過ぎるのが欠点だね。あとは、文化祭で結果を出すのがいいんだけど、文芸部って人集まらないでしょ?」
そう。
部誌を発行して掲示しても読む人居ない。吹奏楽部とか軽音部とか、文化祭での花形みたいな活動も無いから、すごく地味で目立たないし、見に来る人すらいないのが現実。
「でね、ひとつアイデアがあるの」
ヤバいことじゃないといいんだけど。
「文学喫茶とかどうかな?」
「それ、コスプレ喫茶に全部持ってかれると思う」
「だから、部員がコスプレするんだよ。大正時代の服装とかいいと思わない? ハイカラとか言う奴だよ」
女子なら可愛らしいとは思うけど。あ、でも、明穂なら人集めできるかも。
ちょっと想像するだけで可愛らしさ爆発って感じだし、みんな一目見ようと集まる可能性は極めて高い。本当なら俺が付き合って無ければ、効果は確実に期待できるんだろうな。
「露出が無いのはいいと思う」
「あたしはバニーでもいいんだけど、大貴以外には見せたくないからね」
その言葉は嬉しいんだけど。仮に明穂がバニーになったら、部室は満員御礼になりそうだ。でも、本を読むどころじゃなくなりそうだし。
「あ、でも。なんで大正時代なの?」
「他のコスプレ喫茶って、大概洋装でしょ? メイドスタイルとか。その差別化だよ」
なるほど。
コスプレと言えばメイド服、もしくは流行りもの。それとの差別化にはいいかもしれない。でも、それで人が集まるかと言えば、どうなんだろ? 明穂なら集められると思うけど。みんな見てみたいと思うだろうし。
そうやって考えると明穂って、誰から見ても魅力的な人なんだな。中身はあれだけど。エロ過ぎるし。
あとは、人が集まれば部誌を手に取ってもらえる可能性はある。
「読む人が多ければ俺の評価も上がる?」
「当然でしょ。先生も部長も認めたじゃん。他の部員は嫉妬心ばっかり先に立つから、なかなか認めようとはしないけど」
そうなんです。
部長と先生は俺を認めてくれて、先生に至っては勝手に盛り上がる始末だし。でも、他の部員は相変わらず「こんな奴」扱いだから。
明穂に言わせると嫉妬だから、文化祭でどの小説が面白かったか、人気投票をさせれば、自然と認めざるを得なくなるらしい。
それは俺に票が集まれば、の話だよね。
「投票だけど、一年の子に集まりそうな気もする」
「集まるよ。高校生くらいが読むのに丁度いい程度の軽さだから」
「じゃあ」
「あのね、大人も来るでしょ。少ないながらも。そういう人たちは必ず大貴の小説を評価する」
可処分所得の多い大人の読者と、小遣い程度が可処分所得の高校生。実際に書籍化された場合に売れる対象の小説は前者だとか。後者が対象の場合は無料だから読むだけで、実際に金銭を支払うかと言えば、そこまでに至らない。だから今のラノベ業界は四苦八苦なんだとか。
「子ども向けなんていくら発行したって、数万から十万部でも大ヒット扱いでしょ。でも、大人向けの売れる作家の作品は、百万部を超えて世界中で売れる。だったら子ども相手の本なんか考えるより、大人向けの内容の濃い作品の方が後に繋がる」
そこで、文芸部へ人を誘導するための、特に大人が来てもらえる方法を考える必要があるのだとか。
「大貴も考えておいてね」
「でもさ、文芸部のみんなと話し合わないと」
「有無を言わせないだけの方法なら、だれも反対しようが無いでしょ」
明穂はどこまでも強気だ。
これまでの実績あっての自信なのだろうけど、俺にはとても真似できない。
で、ずっと食われっ放しで、そろそろ解放してください。
「えっと、明日も学校あるんだけど」
「まだ寝るには早いよ」
「いやあの、限界です」
それにテストもすぐあるし、少しは勉強しておかないと、明穂はともかく俺は拙すぎる。
「テストもすぐあると思うんだけど」
「一夜漬けしかないかなあ。あ、萎えた」
「萎えちゃうってば。テストが心配だし」
「仕方ないなあ。じゃあ、明日はみっちりテスト対策するよ」
俺の股間を見つめ続けながら「テスト明けは励むんだよ」とか言ってるし。
無事に解放されて大人しく寝るのかと思ったら、やっぱそこから手は離さないんだね。弄ばれる俺のあれは明穂の大のお気に入り。執着がすごい理由はわかってるけど、それでもさすがにちょっと、だから、なにしてんの?
「あ、明穂?」
「んー」
駄目でした。いつの間に。
その後、満足した明穂は疲れたんだろう、すっかり爆睡モードに突入してた。
翌日は明穂の家からお義母さんのお弁当持参で学校へ。
「今日のお昼から一緒だからね」
「それは嬉しいけど、友達とかいいの?」
「いい。友達も大事だけど大貴の方がもっと大切だし、あんな勘違いは根絶しておきたいから」
まあ当然だけど、密着度合いがすごいんだよね。
腕の絡まり具合とか手の繋ぎ方とか、体も密着し捲って、こっちが歩き難い程にべったりだから。歩いてると明穂の足と絡まりそうだし。
「あの」
「歩き辛いのは我慢して」
「いや、あの」
「バカを黙らせるにはこうした方がいい」
登下校でこれを繰り返すそうだ。
「部活始まったら昨日言ったこと、部員の前で提案しないとね」
「二十四と二十五日が文化祭だよね」
「そう。時間が無い。今からの提案だと部員も文句言いそうだし。だからこそ、ぐうの音も出ない案を用意しないとね」
無理難題だと前の俺なら思っただろう。
でも今は。
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