Epi39 休み明けにこれはない
長い、いや、密度の濃さゆえか短く感じた夏休み。
前日までに文芸コンクール作品は完成し、すべてプリントアウトして学校に持って行く。部活の顧問に渡せば勝手に封筒に詰めて送ってくれるそうだ。
普通は自分でやることなんだけど、なぜか先生の方が乗り気で、手続き全部任せておけ状態だったのもある。
「大貴。今日からうちで生活してみない?」
電車内で明穂から気の早い話が飛び出した。
「卒業まで待つんじゃないの?」
「待てない」
理由を問うと「どっちかがどっちかの家に泊り掛けじゃないと、毎晩できないじゃん」じゃないってば。どれだけ繋がっていたんだか。でも、本音では俺もそう思う部分はあって、ずっと明穂の傍に居たい。ずっと抱き締めていたいとか思っちゃう。
そう思うんだけど爛れた関係性はやっぱよくない。だから待つしかない。
「卒業まで待たないと。俺も明穂と一緒がいいけど、それは高校生の付き合い方じゃないでしょ」
「大貴は固いんだってば。高校生で結婚しちゃうカップルも居るんだよ」
「他所は他所でしょ」
「あ、大貴が常識ぶっこいた」
えー。明穂こそ他所は他所を地で行ってたのに、俺には常識云々なんだ。
「いや、あの、明穂がそうなんじゃないのかって」
俺をじっと見つめるとね、やっぱそうなるんだよね。口で口を塞いでくるし。
電車内でべったり絡み付くのは、すでに当たり前になってるし、同じ学校の生徒も休み明け早々からべたべたしやがって、的な目で見てはいるけど、慣れて来たみたいで視線が刺さることも減って来た。
「土日は今まで通りだよね?」
「それは……。あ、そうだ。大学受験もあるし勉強しないと」
「予備校通えばいい」
「それはもちろんだけど、日曜とかも自習で通っ――」
口で口塞がれた。
離れると。
「予備校は平日の夜で充分」
「明穂はそうだろうけど、俺のばあ――」
また口で口を塞ぐし。
こうやって余計なことを言わせないんだよね。で、離すと一方的に。
「土日にあたしと一緒に少し勉強すればいい」
こうなると無駄だから逆らう意味もなく、明穂の指導にお任せするしかない訳で。
少しで間に合うかどうかはわからないけど、明穂の志望校ってどこ?
「明穂の志望校って」
「大貴と同じとこ」
実は志望校なんて決まって無いんです。今の成績だとせいぜい中の下。明穂の成績なら上位校だと思うから、明穂がランク下げる必要がある。それだと明穂の両親が納得しないだろうし。
「中の下かFランになりそうなんだけど」
「じゃあ、大貴の底上げする」
底上げって、なにする気なんだろう。
電車を降りて学校に向かう間も、腕は絡み付いて手はしっかり握られて、俺に張り付いてるから毎回のことだけど歩き辛い。
今日は原稿の入った封筒も持ってるから、尚更歩き辛さが。
「その原稿、先生に渡す前にあたしが目を通すから」
そう言うと俺の手から奪い取ると自分で抱え込んだ。
「いつ読むの?」
「授業中」
言うだけ無駄だとは思うけど。
「授業中は拙くない?」
「大丈夫。ちゃんと隠して読むから」
そういう問題じゃないと思う。授業中にバレたらどうするのか。
「なんのために学年五位以内に居ると思ってるの? こんな時に文句言わせないためだよ」
なんか違う気もするけど。
俺と違って常に上位に居る生徒に、先生だって強く出れないだろうし、結果出してる訳だし。やっぱり成績優秀者って先生にも一目置かれるんだろうな。
学校に到着すると各々の教室に向かう。
「大貴。ハグは?」
校内でそれは拙いんじゃ、と思う間もなく抱き付かれて、挙句キスもしっかり済ませました。多くの生徒に目撃されてるけど、これ、先生も見てるし呆れてるし。
明穂には注意しなくても俺はあとで絞られそうな気もする。
昼休みになると男子に取り囲まれた。
「浅尾。お前どうやって三菅さんを落としたんだ?」
俺を三人の男子が囲んでます。ちょっと拙そうな雰囲気。
「お前みたいな奴がなんでってみんな思ってる。なんか裏があるんじゃないのか?」
「なんか弱みでも握ったか?」
惚れた弱みって奴なら。でも卑怯な手段は身に覚えがない。
「明穂に告白されただけで、弱みとか卑怯な手段は取って無い」
三人が教室内から俺を連れ出そうとしだしたけど、これ、マジでヤバい。この学校じゃあんまり無かったけど、いじめだ。
でも、誰も助けてくれる訳もなく「ちょっとこっち来いよ」と、無理やり教室から引っ張り出された。
人気のない場所に来ると三人ともすごく威圧的な態度になるし。これ、殴られたり蹴られたりするかも。
「お前みたいな奴と付き合う訳無いんだよ」
「何様だと思ってるんだよ。お前ぜってえ卑怯なことしてるだろ」
一人が俺の胸倉を掴んで今にも殴り掛かりそうだ。そういうのは苦手だしやめて欲しいけど、言って聞くような連中じゃ無いんだろうな。痛いのやだし、なんでこんな手段しか取れないだろ。
「正直に言えよ。そうしたら大目に見てやるから」
正直もなにも惚れたのは明穂が先だし、呼び出し食らって行ったら明穂が居た。俺だって最初はまったく信じなかったくらいだし。
「脅したんだろ? 家の盗聴したとか盗撮とか」
「そんなのしてない」
「嘘吐くとさあ、すごく痛いんだよ? 知ってる?」
知ってる。
「嘘じゃない。嘘だと思うなら明穂に聞いてみればいい」
「お前が口止めしてるのに言う訳ねえだろ、バカなのか?」
ピンチだ。いずれこういう手合いが現れるのはわかってた。でも現れないことを願ってたけど、逃れられないんだよね。星の巡り合わせみたいなものなんだろう。
この三人の誰かが明穂に惚れてて、すごく不愉快な思いをしてたってことで。
「正直に言ってみ? そしたら解放してやるからさ。脅したんだろ?」
「脅してない」
「痛いのが好きみたいだな」
三人のうち一人が俺の胸倉掴んで殴り掛かって来た。
痛い。顔じゃなくて腹だった。それもそうか。顔じゃ跡が残るし。
「素直に言ってみ? これ以上痛い思いしたくないだろ?」
「脅してない」
また腹を殴られた。苦しいし戻しそうだし痛いし。涙も零れそうだし。
「お前さあ、三菅さんがど底辺のお前に惚れる訳無いんだよ。そのくらいわかんだろ?」
また殴るし。やめて。マジで痛いし苦しいし、なんでこんな。
遠くで声が聞こえたと思ったら、三人が後ろを振り向いて驚いてるようだ。
「なんで?」
「み、三菅さん?」
「なんでここに?」
明穂?
「なにしてるの? 三人で寄ってたかって」
毅然とした態度の明穂が歩みを進めると、三人ともすごくばつが悪そうだ。
「あ、いや、その、こいつが三菅さんを脅して付き合ってるから」
「そんな訳無いでしょ! バカはこれだから嫌いなの」
「でもさ、あの、盗撮とかで弱み握られてたら」
「あのね、ある訳無い妄想に浸ってるから、あんたたちはモテないしバカなの。これ先生に報告しておくから」
三人の脇をすり抜けて明穂が俺を抱き締めてる。
「大貴。痛かった? あたしのせいだね。ごめんね。バカが居るのはわかってたけど、どれが手を出すかわかんなかったから」
少しすると女子が先生を連れて来て、三人とも先生に連れ去られた。
女子は明穂の友達なんだろう。ちゃんと先生を呼びに行ってたって訳だ。
「明穂……」
俺を抱き締める明穂が泣いてる。
「大貴が手を出してないから、あの三人が完全に悪いことになる。あたしから強く言って退学処分にしてもらうから」
別にそこまで望んでないけど、でもあの連中には少しは反省して欲しいとは思う。
明穂の友達は「あとはお二人で」と言ってどこかへ行ったみたいだ。
でもなんで、ここに居るってわかったんだろう。
「あのね、教室行ったら連れ出されたって。それでね、校舎内探してたら、連れて行かれてたって、複数の生徒が言ってたから」
そう言うことか。明穂くらいになると顔が広いから、その連れも同時に注目されてるってことで、人の視線は思った以上に多いってことなんだ。
なんか、俺も体少しは鍛えた方がいいのかな。まさか女子に助けられるなんて。
「ねえ、大貴」
「えっと、なに?」
「宣伝必要でしょ?」
前に言ってた校内で宣伝の意味。今それが理解できた。
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