Epi37 現在鋭意製作中につき

 夕食を食べていると明穂が「あーん」とか言って、おかずを俺の口に入れようとしてる。これはあれだ、よくある食べさせてあげる、そんなワンシーンの再現。


「芝居掛かってる気がするんだけど」

「違うんだよ。愛情込めて作ったご飯を、あたしの手を通して食べて欲しいんだから」


 箸で摘ままれたおかずを「食べて」と押し付けてるし。

 なんか違う気もするけど、仕方ないから口を開けて押し込んでもらう。


「美味しい?」

「うん。美味しい」


 なんだこれ。

 よくあるラブコメでも甘ったるい描写が売りの奴だってば。この場合は食事の内容も解説したりしてるけど、俺はそんなことはしない。なにを食べてるかは秘密。


「はい、あーんして」


 まだ押し込むつもりらしい。

 これも口に入れてもらう。


「美味しい?」

「うん。美味しいよ」

「この後はね、もっと美味しいデザートがあるんだよ」


 ラブコメで定番だけど明穂の場合は、十八禁だってことを忘れてはならない。およそ想像の付くデザートは間違いなく。


「朝まで寝かさないんだからね」


 やっぱそうだった。


「夜は寝た方がいいと思うんだけど」

「それじゃつまんないじゃん」


 今、俺は賢者モードなんです。お誘いは嬉しいけど体が付いて来ません。

 ピクリとも反応しないから無理だと思うし。


「あーん」


 こんなのを何度か繰り返して食事を終えると、食後の休憩になりリビングのテレビを点ける。ゴールデンタイムと呼ばれる時間帯は、クイズバラエティが多い。

 一緒に見てるんだけど、解答する速さは明穂の方がタレントより早い。小中学校レベルの問題だから、現役高校生で成績優秀なら答えられて当然だと思う。俺は成績が並程度だから半分程度だけど。


「ただの知識を試すだけならむつかしくない。面白くもないけど」

「発想力とか想像力を試す奴は?」

「そっちは正答率半々かなあ。だから楽しめるのは閃きが必要なクイズ」


 俺もそっち。

 想像して考えるのが楽しいからね。知識だけ要求されても面白く無いし。

 明穂と競争するように閃き系のクイズに解答し、結果は俺の方が正解が多く早かった。知識以外なら明穂にも勝てるんだと知ったけど。


「大貴に負けた……」


 落ち込んでる。


「やっぱあたしが本気で好きになっただけのことはあるね」


 じゃなかった。

 喜んでただけだったわけで「その閃きと発想力があるから、心を打つ小説が書けるんだよ」と褒めてくる始末だし。

 背中が痒い。褒められることなんて短いけど、人生に於いてほとんど無かったから。


「知識なんて辞書の一冊も読めば身に着く。でも閃きとか発想、想像力は天賦の才だから鍛えても、元々優れた人には敵わない」


 自分では最底辺だと思ってたけど、「人より優れたものを持ってる」と明穂は言う。だから自分を卑下する必要は無いのだとも。自信さえつけば校内でも上位に行けるんだとか。

 こうやって明穂は俺に自信を持たせようとしてくれる。それに応えないと本当に捨てられるかもしれない。期待してる分、俺自身が頑張らないと駄目なんだろうな。


 お礼を言おうと思って明穂を見ると、全部ぶっ飛んでソファから転げ落ちた。

 穿いて無いし。広げてるから丸見えだし。なにしてるんですか?


「なんでコケてるの? 今さらだと思うけど。でね大貴。お礼はここ」


 指差してる先は穿いてない秘密の場所だった。

 これが無ければ間違いなく最高の女性だと思う。


 クイズバラエティを見終える頃に明穂の両親が帰宅した。


「今日は泊りか?」

「えっと、あのすみません。度々お世話になります」

「なんで謝る? 好きなだけ泊って行けばいい」


 お義父さん。理解あり過ぎです。お義母さんもまた「明穂に言っても無駄だから、大貴君がブレーキ掛けてね」程度で、細かいことなんて一切言わない。

 明穂に手を引かれて部屋に行くと「プロット作るんだよ」と言って作業することに。


「あんまり根を詰めてもいいものにならない気が」

「作るだけ作って手直しすればいい」


 そういうものなんでしょうか。

 逆らっても無駄だから素直に従い、風呂に入る時間まで作業して、再び明穂に引き摺られながら風呂へ。


「大貴! なんで?」

「だから俺の股間は賢者になってるんだってば」

「これじゃできないじゃん」

「また今度ってことで」


 だから握ったり引き延ばしたり、揉んでみたり擦ってみたりしないでってば。

 あらゆる手段で以って奮い立たせようと試みるも、半端な状態になれどお元気にはなれませんでした。

 ふにゃふにゃゆえか少し不機嫌な状態の明穂だった。


「大貴」

「えっと、なに?」

「明日も泊まるんだよ」

「帰るよ」


 奇声あげて暴れても無駄です。

 いくら両親が好きなだけと言ったからって、家には帰らないと、ますます爛れた関係に磨き掛けるだけだし。


 寝る時間になっても諦めの悪い明穂が居た。


「あの。手の位置が」

「そろそろ元気になれるはず」

「今日は無理」

「無理だと思うから無理になる。できると思えば必ずできる」


 無茶苦茶です。

 その後奮闘すること三十分。


「痛いんだけど」

「でもできそう」

「やめて。使い物にならなくなるから」

「そうなの?」


 なんとか宥め賺して事なきを得た。

 こんな調子じゃ近い将来不能になりかねないよ。男と違って女性の方は際限ないのかな。よくわかんないや。


 朝になると明穂の顔がどアップで迫る距離に。


「おはよ。次はいつかなあ」


 朝からこれだし。

 身支度を済ませて朝食をご馳走になると、家に帰るまでの間、昨日に続きプロット作成に時間を費やした。


「大貴。この展開だとヒロイン勘違いして居なくなっちゃうよ」

「そうなんだ。好きなら大丈夫なのかと思った」

「もっと女心を知る必要あるね。その辺もあたしがアドバイスするから」


 こればかりは女子から直接話を聞かないと、理解が及ばない部分だと思う。

 その点で明穂が居ると、おかしいところはすぐに指摘が入って、すごく助かる。とは言え明穂も言っているけど「すべての女性が同じように考える訳じゃない」とも。

 だから「物語の進行上、現実とは異なる対応もあるんだよ」だそうだ。


 十万文字程の小説のために、一万文字に及ぶプロットが完成したのは、午後四時を過ぎた頃だった。


「じゃあ、大貴はこれを持ち帰って、練り直しに一週間ね」


 明日とか明後日とかそこまで催促しないんだ。


「一週間後にあたしがチェックして、問題無かったら執筆ね」

「駄目だったら?」

「その時に直す。だから一週間後は朝九時に集合」


 どっちの家かと訊けば明穂の家だそうだ。「泊り掛けになるから着替えも用意しておくんだよ」って、もうスケジュール勝手に組まれちゃった。


「大貴。ほんとに帰るの?」

「そのつもりだけど」

「じゃあ」


 両手を広げていつものポーズ。しっかり抱き締めてと思ったら、股間に手を伸ばして取り出しちゃ駄目だって!


「大貴。帰さない」

「いや、あの、帰らないと」

「じゃあこれはあたしが貰う」


 完全に明穂の手の中にあります。しかもしっかり握り締められて。無駄に抵抗するともげそうなんで、今はおとなしくする以外手段がない。


「大貴。できそうじゃん」


 はい。戦士にクラスチェンジです。にぎにぎされてたら元気になって、明穂のいやらしい笑顔と共にベッドに押し倒されて、結局食われました。

 この家に巣食う性獣は俺に対して容赦がありません。マジでそのうち死ぬかも。俺の戦士って性獣に負けっ放し……。賢者以外勝てないみたいだ。


「仕方ないから帰っていいよ」


 すっきりすると執着も少し薄れたようで、やっと性獣の住処から解放されるようで。時間は既に六時回ってました。


「じゃあ、一週間後でいいのかな?」

「やり逃げだ」

「違うってば」

「じゃあ明日はあたしがそっちに行く」


 なにを言っても無駄だからその言葉に従うことに。

 玄関先でハグして濃厚なキス。そして俺が見えなくなるまで手を振る明穂だった。


 家に帰ると「今日は帰って来たんだね」と母さんに言われた。


「あんまり入り浸りもどうかと思うんだけど」


 わかってても明穂がなあ。

 本人もわかってはいると思うけど、どこかで歯止めを利かせないと、流されるままになりそうだ。


「婚約もしない内から尻に敷かれてるなんて」


 性獣ですから。

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