Epi36 純愛ってそもそもなに?
「普通は肉体関係にあったら純愛じゃ無いと思うけど」
「それは宗教観の刷り込み。宗教で性交は不純と刷り込まれて、それを当たり前にそうだと認識した。つまり思考停止した状態」
そもそも論で言えば、肉体関係を持たなければ人類は滅亡する訳で。結婚して子供を授かる状態では純愛にならないのか、そこまで考えた奴は居ないと言い切った。
子を授かると言うことはやることはやっている。バンバン夜に励んで子を生す訳だから、その当事者たちに純愛は存在しないとなってしまう。
「でも、文学者とか精神学者とか」
「あのね、学者なんて所詮物事を縦に深堀するだけだから、横を見ないの。横の繋がりを無視するからいつも的外れなことを言い出すんだよ」
いわば縦割りの役所と同じだと。
明穂に言われて思わず納得してしまう自分が居た。
「専門性の必要な分野があるのは承知してるけど、事が精神に関係してくると弊害ばっかりになるんだよ」
人間を縦に割って見ても社会を構成して、様々な要因があるのだから、それで正解に辿り着ける訳が無いんだとか。
「じゃあ、純愛って?」
「あたしの大貴に対する愛情」
えーっと。
「なに? おかしくないでしょ?」
「あ、いや。あの」
性を汚らわしいと考える、その出発点が既におかしいのだとか。
西洋の宗教観をごり押しされて、いつの間にか純愛であるイコール純潔が根付いた。処女や童貞こそが純愛の対象であり、経験したらそれは汚れているから、純粋ではないと考える。そうなれば純愛ものとは、指一本触れない精神だけの繋がりだ、がまかり通るのだとか。
「それってペットに対する愛情と一緒でしょ。ただし、犬は除外するけど」
「犬? なんで?」
「犬好きは見返りを求めてる。犬好きってかまってちゃんだから、そっぽ向く猫は嫌だって言うでしょ。猫は自分の都合でしか飼い主に媚びない。猫に愛情を注ぐのはまさに無償の愛。定義する所の純愛の姿、行き着く先」
まあ、言わんとすることはわからないでもないけど。
「あたしの愛は全部大貴のため、だからこれも純愛」
性がどうこうではない、相手をどこまで思って行動するか、こそが純愛じゃないのかと。
「見返りを少しでも求めたら純愛じゃないなら、人に純愛なんて存在しないし」
例えば、指一本触れない恋人が居たとして、それぞれが愛してるいるならば、相手の愛情を受け取っている時点で、それが見返りになってると。
もし厳密な定義をすると片想いこそが純愛の姿であって、両想いではすでに純愛は成立しないとも言い切った。
「でも、実際には手も繋げないのを純愛とか言ってる。バカバカしいと思わない?」
仮に純愛のドラマや小説を人生最後まで描いたら、子どもの居ない家庭になるから、どんな物語もラストは夫婦二人で墓に入ってお仕舞、だそうだ。もしくは片想いのまま生涯独身で寿命や病気で墓に入るんだとか。厳密な定義なら後者になるとも。
性交を入れた時点で純愛の定義から外れちゃうからね、と言ってる。
生物学的な原理原則からも外れた歪な存在でしかないらしい。次の世代を残さないのだから、そんな世の中になれば当然人類滅亡。
なんて言うか、明穂って……。
「解釈が独特」
「そうでも無いと思う。むしろ世の中の常識を疑えって思うんだけど」
なんか少しだけ明穂のことがわかった気がする。
俺と違って物事を深く、でも横にも広げて考えるんだ。
「えっと、それで小説に戻るんだけど」
「大貴が思うように書けばいいと思う」
純愛を世の中が言う定義に従うもよし、明穂の解釈に従って、これこそが純愛だと示すのもありだそうだ。
「明穂を描けば説得力出そうな気が」
「そう? あたしがモデルでもいいと思うよ」
ヒロインは明穂をモデルに。主人公は俺そのもの、だとやっぱ変だし恥ずかし過ぎるから、脚色した俺の分身になるのかな。
自分であることは確かだけど、でも少し違うと思うし。
その後、設定を詰め続け時々明穂から横やり入れられ、なんとか完成したら次はプロット作りだけど。時計を見るとすでに三時を回っていた。
「今からだと遅くなるし」
「泊まって行けばいいのに」
お泊りはやっぱ節度を考えると無い。
「ちゃんと帰らないと」
「大貴はそうやってすぐ帰っちゃうんだから」
「まだ高校生だよ? 俺としても明穂とずっと一緒に居たいけど、でも学生だし自分で責任全部取れるかってなると無理だし」
親の庇護下に居る以上は、学生らしい節度は必要だと思う。
「大貴が一見正論吐いてる」
「いや、あの、充分正論だと思うけど」
「何時に帰るの?」
「五時?」
今日は明穂の両親も夜まで帰らない、となれば夕飯もご馳走になることも無いし、明穂の手作りもいいけど負担掛かるし、だったら帰って家できちんとプロット練った方がいい。と言ったら。
「作るのなんて手間じゃないんだけどな」
「でもさ、いつもご馳走になってばっかりだし。食事くらいは自宅で済ませるよ」
またしな垂れかかって腕を回して抱き締められてる。
この態勢になると口で口を塞がれて、しばらくは濃厚なキスを堪能させてくるし。
「明穂」
だから、喋ろうとすると口塞ぐんだから。
「だ」
明穂さん。嬉しいけど喋らせて欲しい。
「あ」
もう、どこまで甘えてくるんだか。
仕方ないから少し好きにさせてみた。
「大貴。泊まらないの?」
「かえ――」
駄目だこりゃ。
明穂がキスしてる最中にスマホを取り出し、家に電話しようとしたら、明穂の口から解放された。
「泊まるって電話入れとく」
この言葉に歓喜する明穂だった。
負けた。俺を留めるために手段を問わないって言うか、帰してくれそうもない。
「今日はまだ何回かできるよね?」
「完全に打ち止めなんだけど」
「駄目。三回は搾り取るからね」
早まったかもしれない。性豪明穂に俺の言い分なんて通用するはずもなかった。
ずっと抱き付いてて手は股間にしっかり置かれてるし。でも今は反応しないよ。出涸らし状態だからね。ぎゅっぎゅって感じで握ってくるけど無理だってば。今日はたぶん日付変わる頃でも賢者モードだと思う。
「まだ無理なのかなあ」
「無理」
「じゃあ、精力の付く夕飯を用意しないと」
「普通でいいです」
俺を見て股間を一瞥して「普通じゃつまんないじゃん」とか言ってるし。
これ、明穂のなすがままだと俺腎虚になるんじゃないだろうか。
「えっと、限度を超えてのご奉仕は無理なので。マジで死んじゃうし」
「そうかなあ。まだ若さ溢れる年齢なのに」
無限に湧き出る泉みたいなもの。かもしれないけど、一日に対処できる限界を超えれば無理が来るし。
明穂にとっては際限なく搾れると思ってそうだ。
家に電話して「また泊まるの?」と言われたけど、明穂の欲求が止まらないからと言って、了承してもらった。
そうなると夕飯の準備までの時間はプロット作成になり、また明穂と
「なんで主人公が逃げちゃうの?」
「でも、俺なら逃げ出すけど」
「そこで逃げたらなんだこいつになっちゃうでしょ。物語なんだから多少は融通利かせないと」
リアルを書くんじゃなくてリアリティを書くんだよ、と。
「リアルを書いたらドキュメンタリーになっちゃうじゃん。現実感とか真実性とか迫真性を書くんだよ。それがリアリティ」
「わかるんだけど、つい自己投影しちゃうから」
「大貴はあたしからも最初逃げたから、そうなんだろうけど。でも今は向き合ってくれてるでしょ?」
思い起こせば最初告白されて勝手に勘違いして逃げ出した。あの時は明穂が本気とも思えなかったからだけど。じゃあ今はと言えば、明穂の想いをすべて受け止めてあげたい。応えたいと思う。
こうして二人で詳細を詰めながら、プロットの作成も進んで行った。
「そろそろ夕飯の準備するから、大貴はちゃんと練り上げといてね」
立ち上がって部屋から出る際に「愛情いっぱい込めて作るんだから、しっかり味わってね。あたしも味わってね」と、いやらしい笑みを浮かべながら俺を見てる。
「食事はしっかり味わいます。明穂の方は善処します」
「善処じゃないんだってば。ちゃんと隅々まで味わうんだよ」
だそうで。
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