「無理です。ごめんなさい」から始まる俺と彼女のラブコメな日々

Epi35 そんな過去もあったかも

　えーっと、明穂がおかしなことを言ってるんだけど。

「大貴のこと、好きだったんだね。今はどうか知らないけど」

　その言葉に狼狽えて視線が宙を彷徨ってる。

　その様子からはさすがに俺も的を射たのかと思うけど。でも、それは違う気がする。どう考えても好かれてたとは思えないし、思いたくもないし。

「周りに流されて一緒になっていじめてたんだ」

「だって、仕方ないじゃん。やらないとあたしがいじめられるし」

「でもそれで大貴はすごく傷付いたよ」

「いまさらどうしろって……」

　明穂が俺に絡めた腕を解いて飯塚に詰め寄ってる。

「謝ればいいんだよ。簡単じゃん」

　この場から逃げ出したいみたいだけど、明穂が先回りしてるから逃げられない。

　なんて言うか明穂って喧嘩慣れしてるのかな。ある意味怖い。

「どうしたの？　ごめんなさいって、その程度のことも言えないの？」

　促されて俺を見るけど、もう今さら謝られてもと思う。むしろ二度と関わらないで欲しい。

「ご、ごめんなさい」

「気持ち籠って無いなあ」

　いや、明穂さん。マジでいじめてる？

「あの、だって」

「だってじゃなくて、ちゃんと気持ち込めないなら、謝ったことにならないじゃん」

　泣きそうだよ。

「あ、その、ごめんなさい！」

　泣いちゃった。

　明穂の追及って同じ女子同士だと怖いんだ。で、明穂を見たらちょっとビビった。目に温度を感じさせない蔑むような目付きだし、あんな表情もするんだと思った。

「大貴も心の中で泣いてた。辛い思いしたから女子の告白なんて一切信じなくなって、あたしも告白した時に苦労したんだから」

　あー。俺が断った時のこと、相当気にしてたんだ。

　今思えば本当に悪いことしたなって。それでもその時は本気で信じられなかったし。

「今も好きなの？」

「えっと、今は、そうでもない、かも、です」

「ちょっとは思ってるんだ」

　いやいやマジで無いでしょ。あの時だって好かれてるとは思えなかったし。本気で嫌われてると思ってたし。

「でもあげないよ。大貴はあたしのものだから。身も心も全て、あたしが捧げて大貴はあたしに捧げてくれてる、そう思ってるから」

　それでも「わだかまりは解いておいた方がいい」とか言って、もう一度謝らせてた。

　もしかして明穂は俺の自己否定を治したくて、こうして機会があれば全部解消する気なの？　だとしたらどこまで俺のために行動する気なんだろう。

　ありがたいけど、これはこれで怖い。

「ひとつ過去が解決したと思うよ」

「あ、いや。まあ、今はそこまで気にして無いし」

「でも自己否定が酷過ぎるから」

　それはまあ、いずれなんとかなると思う。明穂と一緒ならもっと自分を肯定できる、そうなって行くと思うし。

　それで飯塚はどうしたかというと。

「あの、行っていいですか？」

　半べそ状態のままだけど、とにかくこの場から逃れたいらしい。

「いいよ。あ、ひとつ言っておくけど、好きなら周りに流されちゃ駄目。結局悪印象を与えて自分も傷付くんだからね」

　そう言えば明穂は周りがどうあれ、我関せずで押し通してた。先生だろうと仲良さげな友人であっても、相手問わず絶対に譲らない部分があったし。そこは明穂の強いとこなんだろうな。

　飯塚は俺にペコペコしながらどこかへ移動したみたいだ。

「好きだったら、体張って守らないと」

　俺も肝に銘じる必要がありそうだな。

　明穂を守る。って言っても体力的な面では無理だけど。

　明穂の家に着くと両親が出掛けるみたいだった。

「お昼は適当に済ませてね」

　夜には帰るからと言って、明穂の両親は仲良く出掛けて行った、のだろう。休日に夫婦でお出掛けなんて普通にあるだろうし。で、横に居る明穂の表情が少しヤバい。

「大貴」

　来たこれ。

「夜まで楽しめるよ」

「無いってば」

「なんで？　貪り合えるじゃん」

「だから」

　問答無用で家に連れ込まれると、部屋に入るなりさっさと服を脱ぎだす明穂だった。

「大貴もだよ」

　この人、変態です。今まさに服を剥ぎ取られ丸出しに。

「反応してるじゃん」

「これは、その仕方ないと言うか」

　実に嬉しそうに眺める明穂だけど、もうその後はご想像にお任せって奴で。

　俺も誘われるがままに流されて、結局二時間はどうにもなりませんでした。

「明穂。小説どうするの？」

「設定から練り直しだね」

「疲れ切ってるんだけど」

「少ししたら回復しないの？」

　回復は単純な体力なのか、それとも精力の方なのか、それを問うと藪蛇になりそうだから、決して口に出してはいけない。間違いなく後者と捉えられるだろうし。

「服着ていい？」

「なんで？　夜まで二人きりなのに？」

　落ち着かないんだけど。丸裸じゃ思考も安定しないし気になるし、なにより股間を弄ばれてるから、これじゃあ集中できないし。

「明穂」

「なに？」

「たまには自分の行動を客観的に見て欲しいと思う」

　俺の視線を追って明穂も視線の先を見て。

「元気ないんだけど」

「だから、そうじゃなくて」

　へらへら笑いながら「わかってるってば」と言って、ぎゅっと力込められてつい体が反応したけど、それを見た明穂の笑顔がまた卑猥だ。

　握り潰されるかと思ったけど、やっと手を放してくれて解放されたから、服を着て作業に取り掛かることに。

「つまんないなあ。二人きりなのになあ」

「集中できないんだってば」

「これも精神修養だと思えばいいのに」

　精神修養は普通滝行とか坐禅とかだと思う。これは単に明穂の欲望の発露でしかないでしょ。どれだけ執着するんだか。でも、小説の件が無かったらたぶん、好きにさせてたかもしれない。

　明穂のタブレット上で設定を詰めていくんだけど、出会いに関してはドラマチックな演出を言う俺と、さりげない日常の中での出会いを演出したい明穂で、少々対立した。

「普通に出会えばいいんじゃないの？」

「でもそれだと面白くないかもしれないし」

「大貴の言うドラマチックって、使い古された道の角（かど）っこでごっつんこ、って奴じゃん。女子の方は食パン咥えてたりするの？　どうせならちんちん咥えてた方が」

「だー！　それじゃ十八禁だってば」

　一見するとまじめな会話のはずが、度々明穂の脱線があって思うようには進まない。すぐに下の方へ直結するから、どうしてもエロ小説に導かれちゃうし。

　結局、日常の中での出会いで落ち着いた。明穂に押し切られた感じだけど、俺の小説が読まれない理由のひとつを、徹底的に解説されてしまったからってのもある。

「過剰演出」

　現実からほど遠いコミカルな演出は、ある意味食傷気味だろうし、パターン化されてて一定レベルの層には受け入れられ易くても、一段階上を目指すのには適さないし、逆にありふれた感ばかりで「またこのパターンかよ」で離れるんだとか。

　更に言えば持ち込みでそんなの出して来たら、即座にゴミ箱に押し込まれると。

「純愛ドラマだから過剰演出は不要。ネット小説みたいなシチュエーションなら、公募でも落とされるよ」

　明穂に手厳しい意見を連発されて、徐々に輪郭がはっきりしてきたけど。

「純愛がわからない」

「そうかなあ」

　これは明穂が悪い。そこらの高校生がいきなり股間を鷲掴み、そんなのない。

　爛れた関係性の二人が導き出す純愛なんて、性欲塗れの変態物語だって。

「でもさあ、欲しいじゃん」

「だから、それじゃ十八禁だってば」

「そこはオブラートに包んで」

「包む以前の問題だと思う」

　仕方なくその部分はまだ明穂が純情だった頃を参考に、主人公に置き換えて設定をして行くことに。俺にはその経験すら無いから。いや、好きな子が居た時期もあるけど、全部片想いで告白しても玉砕ばかりで、指先が触れて互いが紅潮する、なんて経験は一切無い。

「指先が触れて顔赤くするのは純愛じゃないよ」

「どう言うこと？」

「純愛の形をもっと考えた方がいいと思う」

　プラトニックだけが純愛の形じゃ無いし、無償の愛もまた純愛の形だし、肉体的な繋がりがあると純愛じゃないのか、と言えばそう言う訳でも無い。

　明穂曰く、指先が触れて紅潮するのは性を意識してる訳だから、一般的な定義からすれば純愛ではないらしい。

　では、肉体関係のある純愛は存在するか、となると明穂は明確にあると答えた。