Epi34 元鞘でいつも通りに

 明穂の強引な手段で心が張り裂けそうになった。でもそれは必要だからで、あくまで俺に経験させるためのものと理解できる。自分でもそう思えたのだから。


「持ち込み用の小説なんだけど」

「それ、やっぱ書くの?」


 二人でベッドの上。もちろんお互い全裸で。

 事後だから。

 すでに俺は出涸らし状態で一ミリ足りとて動かないだろう。本気で全部吸い尽くされたと言っても過言じゃないと思う。

 ゴミ箱の中がね、ティッシュで包んだとはいえ、母さんに回収されると恥ずかし過ぎるから、母さんより先に明日朝一で処理しておかないと。


「書くんだよ。悔しいのは事実だし、少しでも早く見返したいし」

「でもさ、読んでもらえたとして、それで採用とかは話が別だと思う」

「だから気合入れる」


 気合でどうにかなるとは思えないけど。もっと時間をかけてしっかり構築した方がいいと思う。と言ったら。


「時間。じゃあ大貴はどのくらいかけたら納得するの?」


 明穂にそう問われると具体的な数字は出て来ない。


「半年とか一年とか」

「じゃあ、仮に一年かけたら自信持って持ち込みできるの?」


 それは完成してみないとわからないし。


「時間ってかけたら自信が付く訳じゃ無いよね? 大貴もそれは理解してるでしょ」

「そうだけど」

「例えばね、三日で書き上げた小説が受賞することもあるし、何年もかけて書いた小説が受賞することもある。そこに時間は関係ないと思う」


 大切なのは時間じゃなくてなにを表現したか、だそうだ。


「今回失恋を経験した。出会いも経験済み。じゃあ、出会いからの悲恋を書くこともできるよね?」


 つまり経験したことを余すことなく表現しきれば、人の心に訴えかける作品になる。明穂はそう言いたいらしい。

 元々俺の書く文章は優れていると明穂は太鼓判を押してる。足りなかったもの、それは出会いから始まり、楽しい思い出を作り、そして唐突過ぎる別れを迎えた。これを形にすれば充分通用するはずだって。


「そのまま性交とか書いちゃうと、あれだけど。でも楽しい思い出は大人顔負けだと思う」


 宿泊旅行なんてそこらの高校生カップルは未経験だろうって。中には勿論自分達と同じように経験してるカップルも居るだろう。でも、それらが小説を書く訳じゃない。読む側に居るなら共感を得易いはずだとも。


「なんか、明穂には敵わないなあ」

「全部大貴のためなんだからね」


 そう言いながら抱き付いて来て、その手はだから、俺の股間を握り締めないで欲しいんだけど。もう今日は打ち止めなんです。


「元気ないなあ」

「物理的な限界を迎えてます」

「もう少し行けそうだけどなあ」

「死ぬ」


 明穂も辛かったんだとわかる。俺だけじゃなくて自分も傷付きながら、それでも俺のためにって。

 明穂が抱き付いてるせいで、全身で温もりと柔らかさを感じ取れる。それがすごく心地良くて、あれ?


「大貴。もう一回行けるね」

「おかしい……。打ち止めのはずだったのに」


 こうして騒動の後の一夜は過ぎ去った。勿論、俺は精魂尽きたけど。


 朝になると狭いベッドだからか、明穂の顔がすごく近い。


「おはよ」


 そのままベッドから出ると。


「大貴。元気じゃないね」


 限度超えただけで明日にはきっと復活すると思う。言う気はないけど。


「明日は大丈夫かな」


 先手を打たれた。

 明穂も同じようにベッドから出ると、つい視線が彷徨って上から下へと流れ捲って。それに気付いた明穂がこれでもかって見せ付けてくるし。少しは恥じらい……。今さらそんなの気にするはずもないか。いい感じに揺れてるのは眼福なんだろう。


 身支度を整えると朝ご飯ができてる、と声が掛かりダイニングへ行く。

 そこには陽和も居た。


「どうしようか」

「行儀悪いけどリビングでってできないのかな」


 明穂は陽和を気にしないみたいだけど、俺がかなり気にすると思ったんだろう。あえて顔を合わせずに済む方法を考えてくれたようだ。

 母さんに言うと父さんと母さんと陽和がダイニング。俺と明穂はリビングで食事となった。


「せっかくお父さん居るのに家族旅行無いんだね」

「明穂の所は?」

「あたしの所はね冬に海外行くとか言ってる。お盆は海外に行くには時間が足りないし、じゃあ国内でってなるとどこも混んでて嫌だからだって」


 そうか。冬休み中は殆ど明穂に会えないのか。


「あ、でもね、今年は大貴とずっと過ごすんだよ。旅行は大貴とだけするから」


 嬉しいけど家族はどう思うんだろう、と思っていたら「夫婦で旅行してくるから、そっちはそっちで好きにしろだって」とか言ってるし。これって、両親が居ない間ずっと明穂の家に入り浸り? すごく爛れた関係性に磨きが掛かりそうだ。


「毎日、昼も夜も遠慮要らないんだよ」


 そうだと思った。


「待望の全裸生活できるよ」


 じゃないって。どこまでも欲望に忠実で、でもなんか明穂が相手だと思うと、それも楽しそうだなんて、俺もいよいよ明穂に毒されて来たかも。

 なんて話をこそこそしてたら、父さんがなんか羨まし気に見てる気がする。


「いいなあ、若者は」


 聞こえてるんだ。なんか凄く恥ずかしい。


「羽目外し過ぎないでね。まだ先の話だけど」


 母さんにも聞こえてたのか。ってことは陽和にも聞こえてる訳で。

 でも、陽和は眉間に皺寄せて物凄く機嫌が悪そうだった。所詮中学生だからね。不潔とか汚いとかそんな感覚しか無いんだろう。自分が同じようにとことん惚れ込んだら、なんて子どもすぎてわかんないんだろうな。

 俺もつい昨日まではそうだったけど。


「どうしたの?」

「あ、いや。ちょっと」

「遠慮要らないんだよ。二人だけでうんと楽しむんだから」


 食事が済むと一度家に帰るらしい。


「来るんだよね」


 当然だけど連れ込まれる訳で。

 結局一緒に明穂の家に行くことになった。


 駅まで行くと改札前に記憶に残る顔がある。たぶん中学時代の同級生だったと思う。待ち合わせでもしてるのかな。友達でも何でもないから無視でいいや。

 明穂と腕を搦め手を繋いでそいつの前を横切ると。


「あれ? 浅尾じゃん」


 声掛けて来やがった。

 頭痛いし、こいつ、散々俺をバカにしてた女子だ。顔も見たくなかったのに、なんの因果でこんな所に。


「覚えてないの? あたし飯塚だけど。それにそっちの人って」


 明穂が俺を見てるし立ち止まっちゃったから、相手する必要性に迫られた。


「えっと、誰さんだっけ?」

「今名乗ったよ」

「聞こえなかった」

「飯塚だけど。ひょっとしてデート中? だったらお邪魔だったかな」


 明穂が興味持ったみたいだ。飯塚の顔をじっと見てる。


「おな中?」

「えっと、そう、だったと思う」

「あ、大貴。ちょっとニュアンス違うんだよ」


 と言いながら俺にこそっと耳打ちしてきたけど、その言葉に眩暈がしてきた。


「オ〇ニー中って」


 明穂さん。たまにはそっち方面から離れてください。と囁いたら。


「だって、待ち合わせしてるていを装って、一人でカッコつけてるのかと思ったんだもん」


 なにを言ってるんでしょう。


「あの、二人ともなに?」

「あ、な、なんでもない」

「待ち合わせしてるの? 誰と? 相手は居るの?」


 なんか明穂の追及が怖い。


「あ、えと、友達と」

「ふーん。暇なんだね。あのね、大貴の様子からなんとなくわかったんだけど、中学の時にいじめてたでしょ」


 なんで?

 俺はなにも言ってないけど、雰囲気から察したってこと? だとしたら凄過ぎる観察眼。

 で、当の飯塚はちょっと引き気味。


「な、なんか関係あるの?」

「やだなあ、いじめの当事者ってそれだと認識してないから、都合のいい記憶で誤魔化してるけど、受けた本人は一生ものの傷負ってるんだよ」


 明穂の追及にたじたじだけど、なんとか反撃を試みたようで。


「別に今はそんなことしてないし、過去のことだからお互い水に流せるでしょ」

「だからあ、一生ものの傷だって言ったよ。過去のことなんて知らないって、そっちは思っててもね。だからあたしがいじめてあげよっか」


 怖い。

 暫し明穂と飯塚のバトルと思ったけど、あっと言う間に明穂が優勢になって、飯塚が泣きそうになってるし。口先で明穂に敵うとは思わない。元より頭の回転早いし挙動を見逃さないし。


「でも、大貴のこと、好きだったんだね」

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