Epi33 真実は突如明かされる
スッキリ片付けた。
もう明穂に関するものは俺の記憶以外に残って無い。まだゴミ箱の中身は残っているけど、これも明後日のごみ収集日にきれいさっぱり消え去る。
涙が止まらないんだよ。
なんでだよ。
なんでこんなに辛いんだよ。
こんなに辛いなら恋だの愛だの二度と要らない。なんでこんな思いしてまで付き合う必要がある?
これなら一人の方が楽だって。
翌朝。
目覚めるけどやっぱり気持ちは沈んだままだった。
時計を見ると午前八時二十八分。
そろそろ起きてもいい頃合いだけど、なんだかやっぱり気力が無くて、ベッドでごろごろするしかない。
部屋で呆けていたら来客があったようだ。
なにやら玄関先で揉めてる? 押し売りとか宗教の勧誘かな。だとしたら警察でも呼んで引き取らせればいいのに。ああいった手合いは簡単には引き下がらないし。しかも喧しく騒いでる。なにしてるんだろう。
なんかドタドタ音がする。
俺の部屋のドアを激しく叩くなっての。俺は今ものすごく気分が落ち込んでるだから。
「大貴! 部屋入るよ」
え?
ものすごく聞き馴染みのある声がする。
「鍵掛かってるじゃん。大貴開けて」
誰、などと疑問を抱くまでもなく、声の主は明穂だ。
なんで?
「ねえ大貴。開けてよ」
忘れ物でもあったのかな? だったら後日送るからなにを忘れたのか言えばいい。
「大貴ってば。開けて。居るんでしょ? 大貴のお母さんにもお父さんにも話聞いてるんだから」
明穂の声ってよく響くな。あの声で囁かれるとぞくぞくするんだよね。
「大貴……。開けてよ。話があるんだってば」
なんか弱弱しくなって来た。
「ちゃんと話さないと拙いんだってば」
なにを?
ドアからなにかで擦られるような音がする。
「ねえ大貴。あのね、別れるの、あれ嘘だから」
意味不明です。
一昨日はっきり別れるって言ったのは明穂だし。なんでそれが嘘なのか。
「あたしが別れる訳無いじゃん。大貴しか見えないし。でね、その話しなの。だから開けて」
わけわかんない。でもドアの向こう側ですすり泣く声が聞こえて来た。
仕方ないから、これが最後と思って明穂の言い分を聞こう。本当ならきれいに忘れ去りたいんだけど。
ベッドから起き上がってドアを開けると、思いっきり抱き付いて来たのは明穂だ。
「大貴! ごめんね! でも、こうしないとね、大貴のためにね、だから許して」
全然意味がわかりません。
でも俺を見て抱き付くとすごい泣いてるし。
明穂が落ち着いてから話を聞くと。
「大貴には恋愛ものはむつかしい。だから芝居した」
「は?」
「恋愛には出会いと別れがある。大貴には出会いはあっても別れが無い。だからその気持ちは理解できない。理解できないってことは、小説にした場合にリアリティがない。だから芝居をして別れる振りをしたの」
とんでもない荒業だったことは理解してるそうだ。明穂も本気で不安だらけだったらしい。夜は眠ることもできず、今朝居ても立っても居られず、駆け付けた次第だったと。
とにかく遅くなると本当の別れにならないか、それが心配でそれと謝りたくて、なにより俺を悲しませて心が痛すぎて、耐え難かったと。
「大貴。あたしはなにがあっても別れたりしない。ずっと一生、お墓も一緒に入るんだからね」
そう言って力いっぱいのハグをしてくる。
さらにいつも以上に強烈なキスをしてきて、泣きながらのキスだったから、妙にしょっぱいんだけど。ああ、嬉しくても涙って出るんだね。今まで嬉し泣きなんてなかった。
「大貴には経験が圧倒的に足りないの。だから、こんなことしたくなかったけど、でも成長する上で避けて通れないから。いろんな小説を書く上で経験こそがものを言うから」
知らないことは書けない。推測で書けても実感が籠って無い。無ければ人の心を打つものは書けない。だから辛すぎるけど俺には経験させておきたかったと。
上辺だけの話ならラノベやウェブ小説に溢れ返ってる。だけど心を打つ作品は少ない。経験のない人が書くと全部薄っぺらいのだと。
「大貴はこれで失恋を経験した。本当の恋愛ものを書く上で必要なもの。それを手に入れたから心の籠った作品になる」
べったり張り付きながら俺にそう説明する明穂だ。
因みにゴミ箱に捨てたものは全部明穂が自ら拾い出してた。「捨てるなんてひどいな」とか言いながら埃を払いつつ、ぬいぐるみを大切そうに抱えて。
「大貴とあたし。このペンギンは離れないんだよ」
そう言ってペンギンのぬいぐるみを俺に手渡して来てた。
消してしまった小説に関しては、そんなのは書き直せばいいと言って、気にもしなかったし、むしろ経験を積んだ俺ならもっと、真に迫る作品になるはずだとか。
「SNS、どうりで通じないと思った」
メッセージを送ったのに相手先が無い。だからおかしいと思ったらしい。
電話もメールもしたけど全然出ないから、不安が頂点に達して吐き気まで催してたそうだ。
今俺の目の前に明穂が居る。
ベッドに座っていつも通りなのだろうか。
実感した。
明穂を。
こんなにも愛しい存在になっていたのだと。
明穂を抱き締めるとそのまま倒れ込んだ。
「大貴」
「明穂」
キスとハグで絡み合って二度と離さないと誓う。
人は失ってから大切な物に気付くんだと初めて理解した。
確かに明穂の言う通り、俺には全ての経験が不足し過ぎてるんだ。だから、明穂も心を鬼にして芝居を打つ必要があった。そのお陰で明穂の大切さを理解し、人生で初の経験をまたひとつ積むことができた。
「でも、明穂もひどいよ」
「うん。わかってる。だからね、今日はお泊りで一晩中萌えるんだよ」
「いやあの、それはちょっと違う気が」
「駄目。あたしも死にそうなくらい不安だったんだから」
これは逃してもらえそうにないです。
「でもさ、俺だって失恋くらいあると思うんだけど」
「失恋って片想いの失恋にそんな喪失感あった?」
片想いってのはいくら経験しても、喪失感なんて殆ど無い。思い出もなにも無いのだから、そもそも失うものが無い。だからそんなものはいくら経験しても、本当の失恋には遠く及ばない。それが今回痛いくらい理解できた。
「それとね、あたしと付き合ってる以上、大貴は失恋を経験できない。だから手段は最悪だけど、こうするしかなかった」
「明穂って、すごいスパルタ」
「あたしは大貴のためならどんな手段も取るんだよ。大貴を小説家にするために」
その後、明穂がどう感じどう思ったか、ちゃんと言葉にしてみてと言って、洗いざらいその時に感じたことを言葉で説明させられた。
どうしようもない程の喪失感。焦燥感。そして二度と恋だの愛だのしないと、そうまで思ったことも。
「それでもね、失恋を経験してまた恋をするのが人なんだよ」
「うん。きっとそうなんだろうね。明穂が俺の隣に居て笑顔を向けてくれてる。それが嬉しくて楽しくて安心できて」
「大貴」
また両手を広げてるし。
しっかりハグをすると安心できる。明穂の鼓動を感じて明穂の体温を感じて、ついでに凹凸も感じられるから、一部反応が激しくなるけど。
「楽しめるね」
まあ、そうなるんだろう。
明穂は元より性欲の権化だし。今夜は寝かせてくれないんだろうな。
互いに理解し合ったところで、リビングに行くと父さんも母さんも、少々ばつが悪そうな表情だった。
「そういうことならせめて、あたしたちには説明して置いて欲しかった」
だそうだ。
「全く、こっちの予想の斜め上を行く子だな。なまじ賢すぎるのも考えものだよ」
二人とも勘違いしてた、というか見事に騙された訳で。大人さえも手玉に取る明穂って、賢いとかじゃなくてすごい悪女なのかも。
でも、そんな明穂に心底惚れ込んだ俺は、もう逃れられないんだろうな。
ただ、父さんも母さんも同じことを言う。
「悲しませるのは金輪際なしにして欲しい。小説のためとは言え、心に深い傷を負いかねないからね」
明穂も今回は荒っぽすぎたことを詫びていたし、二度とこんな悲しい思いはしたくないから、と。今後は楽しい思い出をたくさん作って、幸せな家庭を築くんだと力説してた。
「大貴。芥川賞取るんだよ」
「無理だってば」
「大丈夫。今は無理でも十年後、二十年後には必ずそれを手にできるから」
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