Epi31 持ち込み用の作品制作

 とりあえず婚約とか結婚に関しては持ち越し。

 明穂以外はそれで納得したけど。


「つまんない」

「でもさ、まだ高校生だし」

「せめて婚約だけでもしておきたかった」


 明穂は俺のどこにそこまで惚れたのか、全然わからないままだし、そもそも小説の才能だって不明なままだ。明穂が勝手に評価してるだけで、それが通用するかどうかなんて完全に未知数なんだから。

 で、聞いてみたけど。


「俺のどこにそこまで惚れ込める要素があるの?」


 そんな目を剥いて驚いた表情しなくても。


「まだまだ自己評価が低いんだね。大貴の表面的な部分だけ見たら、確かに自信を持てって言ってもむつかしい。体は軟弱だし腕力も乏しいし、顔に関しては可愛いんだけど男らしさはないし。でもね」


 言いながら俺に抱き付いて頬をスリスリ。


「語彙の豊富さとそれを活かせるセンス、これは他の人と比較しても優れてる。高校生程度じゃ太刀打ちできないはず。それとね、素早い反応と一日三回は確実なあれがね、あたしは大好きなんだよ」


 俺も性豪とか言いたいらしい。性豪じゃなくて文豪なら良かったのに。

 股間に手を置いてなでなでしてくるし。


「自信付けるために、持ち込んでみようよ」

「持ち込み? まだコンクール用の小説もひとつできてないけど」

「コンクールとかコンテストとかって、結果が出るまでに時間掛かり過ぎるじゃん。だから持ち込みで一編書いてみればいいと思う」


 それだってすぐ読まれる訳じゃないだろうけど。

 聞いた所によればいろんな出版社に、毎日のように持ち込まれて、編集部にはそれらが積み上がってるとか。だから読まれるのも一年は待つ必要があるとか。

 しかも、冒頭読んでつまんないって思われた時点で、二度とその原稿には目を通さないらしいし。投げ出されて埃被って暫くするとシュレッダー行きとか。


「新人賞に応募した方が結果は早そうだけど」

「あたしのお父さんの知り合いが出版社に居るから、その伝手で先に読んでもらう」


 知りませんでした。

 そんな伝手があったんですね。って言うかそれって都合良すぎじゃないの? みんな読まれるのを待ってて、それらを飛ばして自分のを優先してもらうとか。


「ずるしてるみたいだ」

「ずるじゃない。実力のある新人を放置してる方が、出版社にとって痛手になる」


 その実力だってあるかないかわかんない。


「話しは通しておくから大貴は原稿完成させること」

「無茶だってば」

「無茶でもやって自分に自信付ける方が大事」


 強引なのは仕方ないけど、これで駄目の烙印押されたらどうするんだろ。俺自身は最初からそう都合よく認められるなんて、少しも思って無いからまだいいけど。明穂の期待に応えられなかった時が怖い。


「簡単にテーマとか出て来ないだろうから、あたしも協力するし、調べものとかもあたしが全部引き受ける。だから大貴は書くことに専念して」


 で、なし崩し的に持ち込み用の小説を一編書くことに。

 テーマ自体は二人で話し合って、決めたら設定を起こしてプロット作成。設定の段階でかなり詳細を詰めて来た。


「きっちり詰めるんだよ」

「普通ここまでやるのかなあ」

「やった方がいい。適当な設定は話が進んだ時に人物像も揺らぐし、世界観も揺らいで評価に値しないものになるから」


 明穂に今までの気楽さはそこに無かった。

 俺の出すアイデアに対して真剣に駄目出ししてくるし。これってもしかしなくても、横入りさせるだけの作品を書かせようとしてる?


「明穂。やっぱ持ち込み用って一筋縄じゃ行かないんだよね」

「そうだよ。程度の低い小説が毎月何十何百ってきて、いちいち読むのも時間の無駄なのが多いから。だからそんな小説とは呼べない代物に埋もれない、それだけ真剣な作品を持って行く必要があるんだよ」


 書いてる本人はまじめに書いてるつもりなんだとか。でも、そんなものは評価に値しないし、持ち込みから書籍化される作品など、本当に一握りも無いらしい。だからこそ一切の手抜き無しに、どれだけ些細な部分であっても、考え抜いて作り上げないと駄目なんだそうだ。


「設定とかプロットで良くても、中身が駄目なら採用されないから」


 俺にとってとんでもなくハードル高い。明穂の無茶ぶりもここに極まった感じはするし。


「ふわっとした話なんて論外だからね。全部が全部筋が通ってて、矛盾が生じない話じゃないと」


 無理な気がする。

 かの文豪レベルなら隙の無い話も作れるだろうけど、俺みたいな高校生程度じゃ明穂曰く、読むに値しない小説しか書けないと思う。

 それでも真剣な明穂に押されて、少しずつ小説の輪郭が見えてくる。


「学生コンクール最優秀賞でも通用しないから。だから大貴には本気で取り組んでもらう」


 怖いです。

 明穂が怖すぎるし、そこまでして俺に自信を付けさせるって、逆に思いっきり自信喪失しそうなんだけど。


 時計を見たら既に八時だった。


「明穂。帰らなくていいの?」


 目を丸くして俺を見ても仕方ないんだけど。


「泊まる」

「はい?」

「このあと、十一時まで大貴の小説の設定を詰める。明日からはプロットに取り掛かる。明後日から小説本文に取り掛かってもらう。学校が始まる前に終わらせるんだよ」


 無茶も大概にして欲しい。


「明穂」

「なに?」

「無理」

「なんで?」


 なんで、じゃなくて、そこまで焦ってやっても碌な小説にならない。

 だったらもっと時間を取って、骨のある作品にした方がいいと、さすがに俺でも思う。それを言ったら。


「大貴。あたしは悔しいんだよ。誰も大貴を認めてくれない。才能はあっても周りがそれに気付けない。大貴のお父さんもお母さんも。あたしの両親だって芥川賞なんてあり得ないと思ってる」


 悔しいと言われても。俺自身はそんな作品作れないってわかってるし。明穂が思ってるほどに才能なんて無い。


「才能なんて無いよ。明穂が意地になってなんとかしようとするのは嬉しいし助かるけど、でも努力だけじゃどうにもならないし、認めないってのは、やっぱそこまでの実力しか無いからだろうし」

「その考え方をまず捨てようよ。俺なんてって後ろ向きだと、その気持ちが作品に出ちゃう。だからなんてじゃなくて、だからできる、そう思って作品を仕上げて欲しいのに」

「明穂。少し冷静に考えようよ。焦ってもいい結果は出ないし、もっとじっくり取り組んだ方がいいと思う」


 唇を噛み締める明穂が居る。手もぎゅっと握り締めて肩が震えてるし。

 今までに見たことのない表情だし。本気で怒ってるかもしれない。


「大貴は見返したいと思わないの?」

「少しは思うけど、実力以上の物は作れないよ」


 あ、泣き出した。


「なんでかなあ。どうしてそこまで自信が無いんだろ。いくら背中押してもお尻叩いても、大貴は全然前を向いてくれない」


 俯いてなんかブツブツ言い出した。


「やっぱ長年染み付いちゃった自己否定って、ちょっとやそっとで拭えないんだね」


 自己否定。そんなつもりは無いんだけど。だって事実とただの虚勢は違うし。いくら虚勢張っても実力がないなら、それは自信過剰なだけであって、意味なんてない。


 ちょっと雰囲気悪くなった。

 勢い立ち上がる明穂が荷物を持って、部屋から更に勢い付けて出て行こうとしてるし。


「明穂。送るってば」


 俺を見ると思いっきり涙流してるし。明穂としてもなんとかしたいんだろうけど、だからって過信し過ぎだと思うんだよね。


「いい。今日は一人で寂しく帰る」

「だから、そんな意地は要らないから送るってば」


 部屋を出ようとする明穂の手を取って。

 俺が引き摺られた……。


「ちょ、あ、明穂!」

「あたしは大貴にもっと前を向いて欲しい。その力はあるって信じてるんだよ」

「いや、まあそれは置いといて」


 で、俺の手を振り切って家から出て行っちゃった。

 後を追ってるんだけど、足早い。途中からこっちの息が上がって、追い付けないし。


「あきほ! 待っててば!」


 無視されてる。

 徐々に姿が見えなくなるけど、駅まで辛うじて辿り着くと改札前に居た。


「よ、良かった。間に合った、って言うか、待っててくれて……。あ、あき、ほ……。あの、さ。えっと、もう少し、時間取って、しっかり考えよう、よ」

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