Epi29 むかし話はほどほどに

 コンクール用の小説は順調に進んでいる。

 もう少しで完成と言ってもいい頃だろう。明穂のアドバイスや細かいチェックは、小説の完成度を飛躍的に高めたと言っても過言じゃない。お盆過ぎには受付を開始するから、それまでにもう少しブラッシュアップしたいらしい。

 絶対に賞を取れる作品にしたいんだそうで。俺としてはありがたいけど、賞を取るのは明穂には悪いけど正直無理だと思ってる。そんな簡単に取れるなら審査がゆるゆるじゃないのかと。厳格な審査をしてるなら俺の小説なんて、よくて「まあよく書けてるけど面白くない」と、仮に書評がもらえるならそんな感じだろうから。

 明穂は受賞すると言い切ったけどね。


 それと母さんが明穂の家に電話した際に、なにを言ったのか確認したら、「あんまり頻繁に互いの家に出入りするのは、年頃の娘を抱える親としてどうなのか」と、極めて当たり前なことを言ってみたらしい。「うちは男子だから問題無いとしても、将来もまだ定まらないうちから、未成年者が入り浸って性交を繰り返すのはどうか」と。俺への心配は成績とかあるんだろうけど、娘の場合はまた違った部分で心配になるんだろうな。

 その結果、出入りする頻度が少しだけ下がった。ほんの少し。毎日が一日置きになった程度だったけど。


「大貴のお母さんって常識的なこと言ってる割には、大貴をぞんざいに扱ってたよね」


 まあそうなんだけど。


「なのに、あたしとの逢瀬の邪魔するんだ」

「いや、あの。邪魔じゃなくて至って普通の指摘じゃないかと」

「大貴に友達が居ないのも自己肯定感を得られないのも、みんな大貴のお母さんのせいなのに」


 それも事実だけど、そこは和解したことだし、今はちゃんと俺を認めてるし。と言っても、なんだか文句たらたらなんだよね。

 今日も俺の部屋に来てベッドに寝そべってる。


「あたしが大貴に自信を付けさせてる。大貴のお母さんじゃそんなの無理。妹もセットで大貴をいじめてたのに、今も妹は謝りもしないんでしょ?」

「そうだけど、陽和のことはもうどうでもいいよ。たぶんもう一生あのままじゃないの」

「まだ中学生でしょ。普通は改まるんだけどなあ」

「期待してないから」


 お盆休みに父さんが一度帰宅する。予定では五日程滞在して戻るらしい。


「挨拶しないとね」


 明穂がどんな挨拶を噛ますのかちょっと怖いけど、あまりに常識外れなことは無いと思いたい。


「心配になってる?」

「えっと」

「大丈夫だってば。いきなり婿にくださいとか言わないから」


 釘刺さないと言いそうだ。

 俺から目を逸らして横向きながら言ってるし。


「言いたいんでしょ」

「大丈夫だよ」

「明穂。俺の方を向いて言ってみようよ」


 こっちを向いたけど。


「だ、だい、じょうぶ、だってば。婿じゃなくて、あたしが嫁なら大丈夫でしょ」


 そういうことじゃないんだけど。やっぱなんか言う気だったんだ。


「大貴への気持ちは揺るがないんだから、どうしたって今すぐ結婚したいって思うじゃん」

「だから、それは気が早いってば」

「大貴の気持ちってあたしと違うんだ。一緒だと思ってたのに」

「いや、だから」


 項垂れて見せてるけど「これだけ繋がってるのに、気持ちが繋がって無いんだ」とか、なに言ってくれてるの? 挙句「体だけが目当てだったんだ」とか、やめて。客観的に見て犯されてるのは俺だし。


「明穂。あの」


 こっち見て両手広げてる。仕方ないから抱き締めると、やっぱりキスしてくるし。


「そうだ。小説」


 また話題が変わったよ。


「そろそろ受け付けの時期だよね。早く仕上げちゃおうか」

「うん。俺もそうしたい」


 何度も推敲を繰り返しひとつは今の時点で充分と判断。一度日を置いて寝かせて後日改めて読み直して、面白いと思えればそこで完成とすることに。

 もうひとつは明日以降練り直す。


「なんか、恋愛ものって大貴にとってむつかしいのかな」

「だって、明穂が初めてでしかも純愛とは程遠いし」


 恋はしてても恋愛はない。いつも片想いで今回が初めてとなれば、一方的な恋心を描けても、二人で育む純愛の物語はやっぱ難しい。明穂を参考にしようものなら、一瞬でエロ小説にしかならないし。だったらラブコメにした方が簡単だろうし。

 でもラブコメなんて書いてもかすりもし無さそう。


「大貴の経験の無さが恨めしい」

「仕方ないってば」


 純愛を飛ばしていきなり十八禁の世界だもんなあ。

 俺の経験は極端だ。


「じゃあ、あたしと大貴のピロートークとか?」


 そんなの高校生に相応しくないってば。受理される前に捨てられる。


「明穂の純愛だった頃の話は?」

「それ、あたしが赤裸々に語る必要あるよね? それでもいいけど、大貴が女性になり切れないと気持ちの悪い小説になるよ」


 それもそうか。


「ただ、話の組み立ての参考にはなると思う」


 ということで、明穂の初恋を参考に物語を構築し直すことに。話を聞かされるとあれだった、なんか嫉妬心が芽生えてきて、過去の明穂の相手に軽いジェラシー。

 でもそこに俺が居ても惚れられることはなかったんだろうな。今は小説があるから明穂も関心持ってくれたけど、あの当時はただの洟垂はなたれ小僧だったし。


「あ、大貴の幼い頃の写真ってあるの?」

「えっと一応」

「見てみたいなあ」

「わざわざ見なくても」


 立ち上がって「どこにアルバムあるの?」とか言って、本棚を重点的に探し出したけど。


「これ?」

「それは小学校三年生から四年生」

「じゃあこっち?」

「それは、たぶん幼稚園の頃だと思う」


 アルバムを開いてひとこと。


「少ないね」

「それなんだけど、小学校低学年までの写真のほとんどは、母さんが持ってるアルバムに入ってる」

「じゃあ借りて来るね」


 有無を言わせないんですな。

 そのまま母さんに借りに行ったみたいで、部屋に戻って来た時にはにこにこ笑顔だ。


「大貴」

「なに?」

「かっわいいねー」


 なんかやたら恥ずかしい。


「この頃の大貴でも今の大貴でも可愛いんだけど、この頃に出会ってたら一目ぼれ間違いないなあ」

「そう?」


 まだ擦れて無いからかな。でもやっぱ恥ずかしい。


「もういいでしょ」

「なんで? 幼少の頃の可愛い大貴を見られて、あたしは今感動してるんだよ」


 小説はどうしたんでしょう?


「あ、でも、大貴のお母さんがこうやって、幼い頃の写真を大切にしてるってことは、やっぱ大貴のことが大好きなんだね」

「そうかな」

「嫌いなら全部大貴に預けるか捨てるかだと思う」


 まあ、最低限親としての愛情はあったってことかも。


「あ、お宝発見!」


 お宝?

 そう言いながら鼻の下を伸ばした明穂が、「見てみる?」とか言いながら、妙にいやらしい笑顔になってるのが気になる。


「お宝ってなに?」

「これ」


 倒れそうです。

 児童ポルノでしょ。


「大貴の可愛い。これじゃあしゃぶりたくなるなあ」


 もう顔から火を噴きそうな程に恥ずかしいし、なんでそんな写真があるの?


「モロだよ。小指の先くらいかなあ。これ、ちゃんと起つんだよね?」

「知らない」

「いいなあ。あたしだったらお医者さんごっことか言って、大貴で思いっきり遊んじゃうんだけどな」


 写真を見ながら実に楽しそうで「早く出会えなかったことが悔やまれる」とか訳のわからないこと言ってるし。だいたい、なんで母さんはこんな写真撮ったんだろ。通報案件だと思うんですが。

 まさかの全裸だし、この時の記憶ってほとんど無いし。


「あー! すごいお宝!」


 まだあるの?


「これ見てみて」


 明穂に見せられた奴は思わず卒倒ものでした。これ以上ないくらいに嬉しそうな表情の明穂が居て、「美味しそうだ」とか言ってるし。もう見ないでって言いたいし、母さんもなに考えてそんな写真撮ってるんだって。


「朝起ち?」

「知らない」

「表に出したら児ポ法に引っ掛かるんだろうけど、幼児でもこんなになるんだね。きっと記念にって撮ったんだと思うよ」


 もう恥ずかし過ぎる。母さん、バカでしょ。


「今は撮らないのかなあ? あ、でもあたしが撮ればいいんだよね」

「遠慮します」

「えー? 記念に一枚とかは?」

「無いから」


 明穂の暴走は留まるところを知らない。「撮らせて」としつこいし、「じゃあ代わりにあたしのも撮っていい」とか言い出すし。

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