Epi28 流されることなかれ

 午後六時までと言ったのに今の時刻は午後八時。


「あの、帰っていい?」


 恐る恐る明穂に尋ねると「このあとお風呂入って、くんずほぐれつの予定なんだけど」と言われた。

 俺の意思は完全に無視されお泊りは決定事項のようです。こうなったらなにを言っても無駄なんだよね。

 ベッドに並んで座っているけど、明穂の手がねえ。まさぐる感じで全然落ち着けない。さらに唇を重ね合わせることが幾度もあって、俺の手は明穂の肉まんを持たされてます。それはいいんだけど、でも、正直なところ帰りたい気持ちも少し。泊ってもいいと思う気持ちが上昇中。で、葛藤してる。


「あ、大貴の短編。予約投稿してたんだよね。反応見てみる?」


 そっち行くの?


「見なくていいよ。どうせ反応ないから」

「そうかなあ。でも少しは気にならないの?」

「結果はわかってるから気になったら適当に見てみる」


 みんなが読みたいものは単純化された、わかりやすい描写のもので、こねくり回した文章じゃない。だから読もうとする人なんていない。

 明穂の言う通り文学系出版社に持ち込んだ方がいいんだろうな。とは言ってもそこで採用されるはずも無いんだけど。そんな立派な小説が書けてる訳じゃないし。


「大貴のが萎れた。また自信なくしてるでしょ」


 正直すぎる反応が困る。


「大貴にはコンクールでまず賞を取ってもらう。そうすれば自信がつくし、考え方も前向きになる。だから締め切りまで何度でも手直しして完成度を高めようね」


 俺って果報者なんだろうな。こんなに一所懸命支えてくれる彼女が居るんだから。


「大貴。お風呂入るんだよ」


 だから、急に話が変わっても付いて行けないんだってば。

 無理やり腕を引かれベッドから立たされると、風呂場に引き摺り込まれる俺だった。結果、俺の意思とは裏腹に一部はやたらと元気になって、勢い付けて部屋に戻り蹂躙され尽くされたけど。


「毎日だといいのに」

「無いってば」

「なんで? 大貴と毎日。理想なんだけど」

「体持ちません」


 ベッドで並んで寝ている状態だけど、相変わらず明穂の手によってこねくり回されてるし。

 で、何を思ったのか急に起き上がり。


「大貴のご褒美。これじゃあいつもと同じになっちゃう」


 明穂の中華街の肉まんは盛大に揺れてますな。

 そういえばと思い出した。前に受賞したら三日三晩とか一日中とか言ってた。でも、今の状態を見ればすでにご褒美の前払い状態で、これ以上となると一体どうなるのか、考えるのも恐ろしい。


「大貴」

「なに?」


 嫌な予感しかしない。


「婚約がご褒美ってどうかな?」


 だよね。

 明穂の両親は婚約したら好きにしろ、と放任宣言してるくらいだし。そうなると俺はこの家に住み込むことになりかねないし。連日連夜食われ続けるってことだし。

 じゃない!


「気が早いってば」

「だって……。じゃあ大貴の家に住む」

「そうじゃなくて」


 起き上がったまま俺の顔を覗き込むけど、明穂の手は握ったまま離そうとしないし。にぎにぎって言葉がぴったりかも。

 そのまま顔を近づけてじっと見つめ合う。当然だけど唇は重なり合って離れると「じゃあ、後ろを開放する」とか言い出した。いや、だから俺にそっちの趣味はない……って言うか知らない世界に導かないで欲しい。


「二本あれば同時に楽しめるのに」


 これ、どう反応を示せばいいのでしょう?


「えっと、ご褒美は他のもので」

「体以外?」

「それでお願いします。健全な高校生に相応しいものを所望します」

「欲がないなあ」


 明穂の欲は性欲オンリー。

 ベッドに寝そべるとしがみついて来て「大貴が性豪だったらなあ」とか言ってる。


「三日三晩、ずーっと愛し続けてくれて、枯れ果てない欲望の渦に飲み込まれたい」


 病気だ。


 その後、静かになったと思ったら寝てるし。

 今日も辛うじて解放されたということで。


 翌朝、やっぱり両親と顔を合わせると少し気恥しい。明穂のお義母さんはニコニコ笑顔だし、お義父さんに至っては「代われるものなら代わりたい」とか言ってるし。お義父さん、それをしたら近親相姦ですよとは言えないけど。言った瞬間お義母さんに頭叩かれてるしで、この家の家族は普通とは違うと、改めて認識してます。


 朝食を済ませ帰るんだけど。


「帰っちゃうんだ」

「だって、帰らないと小説も先に進まないし、勉強もしておかないとだし」

「勉強も小説もここでできるじゃん」

「いや、あの」


 玄関先で絡みついて離れない。

 そのままずるずる駅まで行き改札を抜けると明穂も付いてきてるし。つまりこうするつもりで必要最低限のものは持参してるってこと?


「あの」

「なに?」

「どこへ?」

「家」


 問答無用だった。


「両親に言わなくていいの?」

「後で電話しておく」


 この爛れた関係はこれからも続くようだ。

 明穂ってもともとこんな性格だったんだろうか。それとも俺だから? ってのはあり得ないだろうけど。ならやっぱりもとからの性格なんだろうな。

 電車内では勿論腕組み手繋ぎがデフォルト。べったり寄り添って車内に居る乗客の視線が痛い。


 ニャーニャー言いながら足元に絡みつく猫の如く、俺に張り付いたまま家まで来ると「泊ってもいいよね?」とか言ってるけど、あとできちんと送り届けないと。


「帰るんだよ」

「大貴。冷たいなあ」

「じゃなくて、ちょっと羽目外しすぎになるってば」

「そうかなあ」


 ずっと一緒に居たいのは俺も同じだけど、やっぱ限度ってものがあると思うし、面白がってた両親にしてもそこは見てると思う。限度を超えた時にどんな対応になるか。まず互いに冷静になれるよう引き剝がされるのがオチだろう。


「だから節度」

「アレより硬いんだね、大貴の意思は」


 そこと比較しない。


 部屋に入ると早々にベッドに転がる明穂だった。


「少し小説書いておきたいから寛いでてよ」

「ベッドで書かないの?」

「そこだと誘惑が多すぎて手が付かなくなるから」


 デスクトップPCで作業する。ノートで作業してると明穂が絡むし。

 作業し始めると母さんが飲み物を持ってきてくれた。ついでに「ちょっと」と手招きされ廊下に出る。


「仲いいのはいいんだけど、先方の両親はなんにも言わないの?」


 まあ疑問に思って当然だよね。母さんからも一応明穂の両親に電話しておいて欲しいと伝えるのと、前に節度云々で話した内容を伝えたら「少し心配になってきた」だそうだ。年頃の娘が年中男とやってる。これを陽和で考えると普通なら許可できないし、そんな関係性なら無理やりにでも引き剥がすんだとか。


「本当に許可してるならあたしからは煩く言うつもりはないけど、そればっかりになって勉強が疎かになるようだと、少し距離を置いてって言わなきゃならない」

「明穂は大丈夫そうだけど、引っ張られる俺がヤバいかも」

「じゃあ、断るところは断る、受け入れるところは受け入れるで、きちんとしないと」


 まあ、さすがに心配になるよね。

 ただ、明穂と一緒に勉強すると理解できて、成績も上がりそうだと伝えると、優秀な子なのはわかるから結局俺次第じゃないかと。「流されることの無いようしっかりしてね」で話は終わった。このあと、明穂の両親と電話で話をするそうだ。


「長かったね」

「ちょっと」

「大貴のお母さんが心配するのはわかるよ。あたしに引き摺られて成績落ちたら、交際だって認められないでしょ。だからね、小説を二時間、そのあとは勉強しよう」


 察してくれたんだろうけど、大丈夫だろうか。いや、明穂の場合はやると言えばやるから大丈夫なんだと思う。強引だけど有言実行を地で行くから、そこは信頼してる。

 小説を書いてる間はおとなしくしてた。

 そのあと、勉強する時もまじめに取り組んで、明穂より俺がすごく助かったのは言うまでもない。教え方上手なんだよね。


「じゃあ、今日は帰るんだよ」


 少しむくれてるけど俺の母さんに心配されてると理解したのか、渋々だけど帰ることになった。


「大貴、明日は?」

「休ませてくれると助かる」

「そっか」


 残念そうだけど毎日じゃちょっと異常だってば。

 まだ日も高いこともあって駅までの見送りで済ませた。

 つもりだったけど、結局明穂の家まで連れられ玄関先で別れた。

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