Epi26 日常は退屈にならず

 旅行から帰って来た翌日は余韻に浸る。

 人生初の彼女と二人っきりで旅行、とは言ってもたかだか十七年だけど、それでも明穂と過ごした三日間は、とても濃厚で充実して楽しい日々だった。

 まだ気怠さが残る中、小説を書いてしまおうとパソコンを起動させる。

 投稿サイトの方は完全に更新が止まっていて、相変わらずPVはゼロのままで、読者も増えず反応のない状態が続く。そこで、今回の旅行を基に短編をひとつ書いてみようなどと考えた。

 高校生がこんな経験をした、これは物語に説得力を与えられる、そう思ったのもある。ただの妄想だけの小説から、経験に基づく小説ならリアリティも出ないか、なんて安易な発想からだったけど。


 午前中に一話仕上げて、昼食を挟んで午後に一話。文字数は一万文字に満たない程度で、恋愛小説を書き上げて行く。

 そうだ、一度完成した奴は明穂に目を通してもらってから、投稿してもいいかもしれない。明穂にメールを入れて、完成したらオンラインストレージにアップするから、そこで読んで欲しいと伝えておいた。


 午後六時頃にやっと完成し明穂に連絡を入れる。


『できたの? じゃあ読んでみるね』


 さて、どんな反応になるか。少し緊張気味に感想を待つ。

 少ししたら明穂から電話が入った。


『視点が大貴、つまり男目線だから仕方ないけど、あたしの心理とか心情以外はよく書けてると思う。でね、アドバイスとしてはあたしの行動を、もう少し具体的に記せばいいんじゃないかな』

「それって、ある程度は合格ってこと?」

『そうだよ。経験に勝るものは無いからね。それを基に書けば説得力はあるし、脳内妄想の産物でしかないファンタジーより、具体性があってひとつひとつがリアルになる。だから読んでいて背景を理解し易い』


 地名や施設名も実際のものにすると、知っている人なら情景を思い浮かべ易く、共感を得易いんじゃないかって。今回はそれが短い中に凝縮されてるから、ボリュームは不足気味だけど楽しさが伝わってくるとも。

 明穂に言われた部分の手直しをして、再度チェックしてもらってから、投稿サイトにまず一話アップしてみた。

 夕食後に反応を見ることにしてダイニングへ。


 ダイニングには陽和が居た。目が合った瞬間その場から離れようとしたら、母さんが呼び止めて来る。


「ご飯できてるんだから食べなさい」


 鬱陶しい奴が居るから一緒に食べたくないんだけど。

 察したのか軽い溜息を吐くと「三十分後にまた来なさい」と言って、俺の夕食にラップをかけてテーブルから下げた。この状況を陽和はどう思っているのだろう。ここまで兄妹間で拗れるなんて普通は無いと思うけど、考えても仕方ない。向こうが折れる気も無ければこっちも折れる気はない。散々バカにして見下しておいて、こっちから折れるなんてあり得ないからね。

 ひと言、ちゃんと謝れば済む話だけど、それを陽和に期待しても無駄だとわかってる。このままずっとこんな調子なのかな。反抗期にしたってちょっと度が過ぎる気もするし。


 三十分してまたダイニングへ行くと、母さんだけが居て陽和は部屋に戻ったらしい。食事をしていると「仲直りって無理なの?」と言って来た。


「俺から折れる気はないよ」

「陽和も意地になってるだけだと思う」

「だからって、散々バカにしてきたことはチャラにできないし、陽和が謝るのが筋だと思うから」

「そうなんだけどねえ」


 母さんも先に謝って来た。当たり前のことすらできないのは、甘やかし過ぎた結果じゃないかと。その上更にこっちから折れるなんて、それだと陽和は反省しない。


「会話が少なくなって寂しい」

「その分俺が相手してると思うけど」

「両方仲良くってのが理想なんだけどね」


 暫く母さんと話しをして部屋に戻り、投稿した小説の反応を見てみた。


「……」


 PVが八。

 まあ、こんなものか。評価は現時点でゼロ。ブクマもゼロなのは短編だからか。

 勿論コメントなんてある訳もない。

 ちょっと期待してたけど反応の薄さに気落ちしてたら、明穂から電話が入った。


『数字伸びないね』

「うん」

『気にしなくていい。所詮投稿サイトなんて軽薄な文章の方が受けるんだし』

「そうかもだけど」


 短い中にみっちり詰め込んだ文章に無反応に近い状態。

 こんなんでコンクールで賞が取れるとは到底思えない。


『子ども染みた作品ばっかり読まれる投稿サイトでも、中には密度の濃い作品を読む人も居ると思うよ。だからそういう人の目に留まれば、そこから少しずつでも広がって行くと思う』


 明穂の慰めがあっても落ち込んだ気分は良くならなかった。

 投稿した小説は諦めて勉強を少しやることに。でもちっとも身が入らないんだよね。思ったよりショックが大きかったみたいで。それでも旅行してた分は取り返す必要があるし。なんとか気持ちを切り替えて机に向かった。

 翌日は明穂の家にお邪魔することになってる。一緒に居れば思いっきり癒してくれるから、それまで仕方ないと思って目の前のテキストに集中。


 翌日、暑さで目覚めると身支度を済ませてダイニングへ。


「出掛けるの?」

「明穂のとこ」

「帰るのは何時?」

「六時までには帰る」


 玄関まで見送りに来る母さんだ。でだよ「初体験済ませたのに変わらないね」とか言ってるし。女子じゃないから変わりようが無いと思う。女子と違って物理的損壊は無い訳だし。それは母さんもわかってそうだけどな。一応元女子だったんだろうから。


 明穂の家の最寄り駅で下車し改札を見ると、明穂が居て手を振ってた。


「おはよ! 今日は一日遊び倒すんだよ」


 元気だ。遊び倒すのって高校生らしい遊びだよね? 違う方の遊び倒すだと困るから一応確認しておこう。


「遊び倒すってなにするの?」

「決まってるじゃん。大貴で遊び倒す」


 爛れた関係性を更に発展させたいようで。もう少し健全な付き合いもいいと思うんだけど。


「そう言えば植物園がどうこう言ってたよね」

「秋に行った方がいいよ。今の時期って限られてるから」

「じゃあさ、たまには健全な遊びとかどう? ボーリングとか人気のあるダーツとか」


 俺をじっと見つめても仕方ないんだけど。「ボーリングにダーツもいいけど、大貴できるの?」と言われた。ボーリングは少しは経験あるけど、友達や彼女と行ったのではなく、家族で二回か三回程度でスコアは百を切る。できるとは言い難い成績だった。ダーツに至っては全くの未経験だから、やり方から教えてもらわないとできない。と説明したら。


「大貴からリクエストして来たから今日はボーリングにしよう」


 だそうで。

 良かった、健全な付き合いになりそうで。


「この辺には無いから渋谷まで出ようか」


 ということで渋谷まで足を延ばしボウリングをすることになった。

 だがしかし、俺の耳元で「あたしの体よりボーリングがいいんだ。ふーん、そうなんだ」とか、なんでそうなるのか、と疑問を抱くようなことをブツブツ言ってる。


「そうじゃなくて」

「なに?」

「普通の付き合いもしてみたいし」

「そっか」


 やっぱり普通のデートもしたいし、みんなが経験してることもしておきたいし。体もいいんだけどそればっかりだと、やっぱ健全性に欠けるし高校生らしくない。


 渋谷に到着するとボーリング場へと向かい、中に入ってみるとかなり混雑してた。


「待ち時間一時間だって」

「どうしよう」

「ビリヤードとかカラオケもあるけど、大貴はカラオケやるの?」

「全然やらない」


 そうなると適当に時間を潰す必要がある訳で。受付だけ済ませて一時間後に来ることに。それまでどうするかと言えば、外に出ると暑いから一階にあるゲーセンで時間を潰す。


「プライズマシン多いね」

「ぬいぐるみ沢山あるよ」

「大貴取ってくれるの?」

「取れるかどうかわかんない」


 千円以内でと決めて試してみることにしたけど、八百円投入した時点で成果ゼロ。


「大貴。へた」

「仕方ないって。一度もやったこと無いし」

「これも未経験だったんだ」


 気軽に誘い合って遊ぶ友達なんて居なかった。だからいろいろ経験が足りてないのは自覚ある。明穂は明るいし積極的だから友達も多そうだけど。


「じゃあ、あたしがやってみるね」

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