Epi25 楽しい時間は終わる
「帰りの電車って何時?」
急に聞かれてスマホのスケジュールで確認する。
「えっと、十五時一分」
「じゃあまだ結構あるんだね」
現在十二時三十三分。二時間半はあるけど分園を見るだけで、そこまで時間を消費することは無いんだろう。となると。
「フルーツパーラーがあるみたいだから、そこで休憩したり売店でお土産見てもいいかも」
「じゃあそうしようか」
さすがに暑いのか明穂は腕を搦めることはない。手だけ繋いで分園へと進むんだけど、暑いし道路は途中から歩道も無いし、路側帯すらない上り坂は分園への専用道路なんだろう。脇を車がすり抜けるから危ないし。
「バスにすればよかった」
「ここまで来たら歩くしかないね」
俺が車道側を歩き明穂にはその外側を歩いてもらう。
「大貴。危なくない?」
「避けてくれるでしょ。こんなとこで人撥ねたくないだろうし」
「じゃあ、大貴の荷物持ってあげる。軽そうだし」
俺の荷物は着替えとか必要最低限。明穂の荷物は着替え以外に、いろんなものが入っていて重い。バッグのサイズも一回り以上大きいから、ずっと肩に下げてると確かに負担だった。
自分の分だけでも明穂が持ってくれて、少し楽になった感じだ。
「帰りはバスだね」
「そうした方がいいみたいだ」
バナナワニ園分園に着きレッサーパンダが居る、ということでまずはそれを見る。
「可愛い」
明穂は食い入るように見てる。可愛いけどなんで腹が黒いんだろう、本当に腹黒な訳じゃないだろうし。でも、可愛さで言えば明穂の方が上だ、とは口に出して言わない。動物如きと一緒にするなって言われそうだし。
他にワニも居て植物も幾つか。奥へ移動するとこの園の名称のもとになるバナナがあった。バナナ畑みたいにたくさん並んでる。
「バナナって木じゃ無いんだ」
「草本って言って草なんだよね。分類上バナナは果物じゃないし、野菜になっちゃうね」
「知らなかった」
明穂はマジでよく知ってるなあ。
「バナナに似た植物だとヘリコニアとかストレリチアが、葉っぱとか形状がよく似てるんだよ。他にもショウガとかカンナもそうだね。全部ショウガ目だから」
「ヘリ? ストレリ? とかよくわかんないけど、葉っぱは同じ感じなんだ」
「今度植物園に行こうね。そこでいろいろ教えてあげるから」
知識はあって邪魔にならないし、一緒に居ればたくさん知ることができそうだ。
それにしても植物も好きなのかな。
「植物って好きなの?」
「花は好きだよ。育てるのは下手だからやらないけど」
上を見上げてたぶんまだ青いバナナを見てるんだろう、「小学生の時に朝顔育てたんだけど、普通あれって種蒔けば勝手に育つのに、あたしがやったら枯れちゃった」だそうだ。朝顔すら育てられないことから、花を育てるのはやめて鑑賞に徹したんだとか。
「たまたまじゃないの?」
「うーん……。どうなんだろうね。あ、そうだ。大貴が育ててあたしに教えてくれるとか」
「俺、全然経験無いよ」
「なんとかなると思うけど」
また無茶ぶり。
「花でも動物でも育てる人の性格ってあると思う。呑気な人は向かないし、神経質すぎても構いすぎる人も駄目。だからあたしにはむつかしい」
呑気以外はそんな感じだ。すごい構ってくるし神経質そうだから。
バナナのエリアを抜けるとゾウガメとかフラミンゴが居た。他に熱帯果樹もあって「こっちは果物だね。ちゃんと木に生ってるから」だとか。
マンゴーとかパパイヤもあって南国の果樹園みたいだ。
全部見て回ると園内のフルーツパーラーへ。
「一緒にパインボート食べよう」
メニューはあっさり決定。
他にバナナジュースを頼んでパインボートは二人でシェアする。
「色が鮮やかで美味しいね」
「うん。フルーツなんてそんなに食べないし」
「あたしは好きだから季節ごとに食べてるよ」
「うちはなあ……」
夏にスイカ、冬にみかんくらいで他はまず食卓に上らない。
しかも二年前からは俺の分なんて無かったし。母さんと陽和の二人で、時々美味しそうなものを食べてたけど。
「これからは大丈夫じゃないの?」
「母さんが反省したならちゃんと用意してくれると思う」
食べ終わると土産物コーナーでいろいろ物色。
「このワニのぬいぐるみ欲しい」
「かさばらない?」
「でも欲しい」
そう言えば明穂の部屋にはぬいぐるみがたくさんあった。好きなんだろうな。
「ひとつどれか買ってあげるよ」
「プレゼント?」
「えっと、大したものじゃないけど、そんなとこ」
真剣に選び出す明穂だった。
「大貴。これがいい」
「どれ?」
ワニが泣いてる奴か。なんか憎めないって言うか、可愛らしいかも。
値段は……。なんでぬいぐるみって高いんだろ。
「いいよ」
「こっちも」
「え?」
笑ってる奴もか。まあいいけど明穂が妙なこと言ってる。
「こっちの泣いてるのが大貴で、笑ってるのがあたしかなあ」
「明穂に泣かされる俺って感じ?」
「違うよ。家族に虐められて泣いてる大貴と、大貴と出会えて喜ぶあたしだよ」
まあそう言うことにしておこう。
他に文具から鉛筆も買ってた。
「使うの?」
「使うかどうかはわからない。一応記念に」
ついでにクッキーと饅頭も買って荷物が増えた。
うちは母さんに買ってもいいけど、陽和に買うのは癪だし無しでいいや。
饅頭を手に取ってたら明穂から、「お返しになにか欲しいものある?」と言われたけど、記念ってことで鉛筆を買ってもらった。
「鉛筆安いじゃん」
「充分だって」
ぬいぐるみ二個と鉛筆じゃ価格差があるけど、そんなの気にしないし。
「じゃあ、今度うちで大奉仕してあげるね」
それは単に明穂の性欲が優先されてるだけでは、と思うけど。
だって「一晩中搾り取るんだ!」とか言ってるんだもん。それって明穂へのご奉仕になって無いかな。
買い物を済ませて駅まで行き電車が来るのを待つ。
「なんか、もう終わっちゃうんだね」
「楽しい時間って過ぎるの早いと思う」
「大貴と初めての旅行だしすごく楽しかったし、寂しさを感じちゃうんだよね。あ、そうだ、このままうちまで一緒に帰るとか?」
「無茶だってば」
本音で言えば明穂と一緒がいい。それこそずっと。でもやっぱそれはまだ先の話で、今は適度に距離を置かないと流されっ放しになるし、節度を持って交際もあやふやになるから。
踊り子号が入線すると空いてる座席を探して並んで座る。
「大貴。もっと一緒に居たい」
「高校卒業までは我慢するのがいいと思う」
「長いよ」
「いや、そんなに長くはないと思うけど」
強がってはいるけど、内心ずっと明穂を抱き締めていたい。
互いに見つめ合うとやっぱり唇を重ねてくる。心地良い瞬間だけど、周りの目を気にしながらだから。でも、帰りの電車内ってみんなお疲れ気味で、他人を気にする人ってあんまり居ないんだね。
「明日うちに来る?」
「行きたいのは山々だけど明日は大人しくしてる」
「そう。じゃあ明後日はいいよね?」
夏休み中どれだけ会いたいんだろうか。
「泊りだよ」
「無いってば。旅行で二泊してるんだし少しは自重した方が」
「大貴。やるだけやったら冷たい」
「違うってば」
だからね、俺の頬を摘まんで「満足したらもう要らないんだ」とかじゃないんだってば。これ、どうしたらいいんだろ。
暫くそんな感じでじゃれてたけど、やっぱり途中から寝ちゃってた。
小田原に着いて乗り過ごしそうになって、慌てて降りたけど忘れ物無いよね。
「荷物チェックしとこうか」
忘れ物が無いか確認して小田急線に乗ると、一気に現実に引き戻される感覚がある。非日常は終わっていつも通りの日常に。
なんかすっぽり抜け落ちた感覚。この感じって寂しさなのかな。
「大貴。怠くなった」
「もう少しだから」
「大貴の家に泊まってもいい?」
「明穂の両親、帰って来るのを待ってると思うよ」
しな垂れかかって来るんだけど、周りの目が痛い!
イチャイチャすんなよって、学生とかサラリーマンだろうか、舌打ちされてそうな。
「周りなんか気にしても仕方ないよ」
明穂には気付かれてました。
本厚木辺りで高校生が大量乗車。俺と明穂を見て女生徒が「なにあれ」とか言ってそう。
「視線はこっち!」
頭掴まれて明穂に向き直させられた。
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