Epi21 夏旅行は二人だけで

 いつもより早く目覚めた朝だった。

 ベッドで微睡む時間を堪能すべく横になっているけれど、はたと気付きベッドサイドの時計を見やる。現在時刻は午前六時三十八分。


「起きちゃうか」


 ごろごろしてて二度寝とかして遅刻したら洒落にならない。


「今朝も元気だけど、今夜で全部搾り取られるんだろうな」


 突っ張る股間を一瞥してから、服に着替えて身だしなみを整える。

 明穂がここに居ればきっと、パジャマを脱がされパンツを下ろされ、歓喜に打ち震えながら盛るんだろうけど、さすがに昨日はちゃんと逃げ帰った。「泊まらないの?」と言われて、準備があるからと玄関先での攻防の末、縋る明穂を振り払い家に帰ってきている。

 帰る間際に猛烈なディープキスが俺を襲っていたけど。


 七時になってからダイニングへ行くと、母さんが朝食を用意してくれていた。


「時間大丈夫なの?」

「うん」

「大貴がねえ。男になるんだ」

「恥ずかしいから止めて」


 帰って来たらほんとに赤飯炊かれてたりして。


「ついこの間まであそこに毛も生えてなかったのに。つるんつるんで可愛かったけどね。摘まむと伸びるから楽しくて、ついしゃぶりたくなったけど」

「なにそれ……。それにいつの話だっての」

「あたしから見ればついこの前の話だけどね。でもね、それだけ大貴が可愛かったんだからね」


 そりゃ母さんから見ればそうだろうけど。息子の息子で遊んでたと、今さらのカミングアウトも要らないし。しかもしゃぶるとか、なんの冗談だっての。

 朝食を済ませて一旦部屋に戻り、荷物を抱えて出てくると、久しぶりに陽和と目が合った。でもすぐに互いに目を逸らしたから、喧嘩になることもない。


 出る際に弁当を渡されている。電車内で食べるからだけど、サンドイッチみたいだ。少ない荷物を持って家を出ると最寄り駅に向かう。

 駅のホーム上で待ち合わせしてるから、そこで落ち合ったら電車に乗って、下北沢で乗り換え、その後は小田原まで、そこからは踊り子号で伊豆まで。


 改札を抜けホームに行くと、すでに明穂が待っていた。


「おはよ。今夜が楽しみだよー」


 満面の笑みでそんなことを抜かす明穂だ。人が多く恥ずかしいから、ちょっと遠慮して欲しい話題だけどね。


「行こうか」

「うん! 大貴と旅行、楽しいな」


 ほんとに楽しそうだ。明穂の笑顔でこっちも楽しくなってくる。

 電車内でもはしゃぐ明穂だけど、小田急線の車内でも元気一杯だった。


「同意書持ってきた?」

「持ってる」

「じゃあ大丈夫だね」


 ホテルとか旅館とか契約行為は本来未成年だけでは締結できない。だから保護者の同意を得る必要があり、うちも明穂もそれぞれ同意書を持参している。

 仮に性行為が目的とか知れると、宿泊施設側は条例を基に断れるんだとか。

 まあ、表向きは仲の良い友人として振舞うつもりだけど。


「嬌声を上げたりするとバレるから注意してね」

「大貴はあたしを淫乱変態女だとか思ってる?」

「思ってない。でも、変な声出すと勘繰られるから」

「大丈夫だって。今までも声は押し殺してたじゃん」


 俺の部屋ではかなり静かにしてた方だけど、自分の部屋の時はあんまり遠慮が無かった気もする。

 本来ならグループ旅行とかだと、神経質にならずに済むとは思う。

 でもそれじゃあ明穂が納得する訳がない。


 途中の小田原駅に到着すると乗り換えになる。


「こっち、だよな」

「合ってるよ」


 小田急線の改札を抜けて左、JR側の改札へ向かい三番線ホームへ降りる。


「ここで踊り子号に乗り換えれば、あとは伊豆急下田まで行けるはず」

「十一時二分発だね。踊り子七号ってなってる」

「一時間四十分くらい掛かるから弁当持参してきた」

「あたしも。取り替えっこしようね」


 明穂の弁当は自分で作ったのかな。


「自分で作ったの?」

「当然。あ、大貴のはお母さん特製かな」

「特製って言うか、まあそうだけど」


 入線してきた踊り子号に乗ると、空いてる座席を探して並んで座る。

 発車すると暫くは互いにはしゃぎ気味だったけど、伊豆高原駅あたりから仲良く転寝状態に。

 気付いたら下田に到着してた。


「なんか、寝ちゃったから勿体無かった」

「俺もそう思う。ちょっと早く目が覚めたからかな」

「あたしも。今朝、六時に目が覚めちゃったから」


 俺より早い時間に目覚めるとは、それだけ楽しみだったのかな。

 忘れ物が無いように確認して下車すると、明穂の荷物は俺が持つことに。


「無理しなくていいのに」

「でも、少しはいいとこ見せないと」


 荷物を持ちながらだけど、まずは下田海中水族館へ。

 明日は海水浴をするんだと張り切ってる明穂だけど。

 水族館へ行くのには徒歩かバスがある。


「どうする?」

「あたしは歩きでもいいけど、暑いからバスにする? 大貴に荷物持ってもらってるし」


 バスで水族館へ向かい、明穂の強い要望もあってドルフィンフィーディングなる、イルカと戯れることができるイベントに参加することになった。他にうきうきドルフィンとか言う、水深五から六メートルの場所でイルカと触れ合うことができる、そんなイベントもある。そっちも参加したいと言っていたけど、そんな深い所、怖いからって言って遠慮させてもらった。

 しかもウェットスーツとかに着替える必要あるし。一応ライフジャケット装備だって言うんだけどね。それでも怖いものは怖い。運動神経無いし。

 因みにフィーディングが千三百円、うきうきになると五千円。高いから諦めてくれた。


「家族で来てれば参加したんだけどな」

「まあ、お金の心配ないだろうし」


 明日も明後日もあるのに、初日で八千四百円とか使い過ぎになるし。

 で、餌やりに握手とかジャンプの指示出したりして、実に楽しそうだった。俺もなんかイルカを身近に感じられて、結構楽しめた。


「可愛かった」

「そうだね」

「賢いよね」

「うん。俺より頭いいかも」


 さすがにそれは無い、とは言うけど、イルカってマジで賢いんだって知った。

 イルカと戯れたら次点で楽しみたいものがあると言う。


「コツメカワウソの触れ合いができるんだって」


 まあ、たぶん可愛らしいんだろうから、当然明穂も触れ合ってみたいと思うんだろう。俺の腕は明穂に引かれてコツメカワウソの展示スペースへと。


「五百円だって」

「なにかする度にお金かかるんだ」

「五百円ならまだいいと思うけど」


 だがしかし、先着二十名で締め切られ、残念なことに餌やり体験はできなかった。

 写真だけ撮って残念そうな感じだったけど。


「大貴! 今日は駄目だったけど、来年はリベンジするんだよ」

「もう来年の話?」

「だって、触れ合いたいじゃん」


 残念そうではあったけど、その後アクアドームペリーを見て回り、ペンギンを見てはしゃぎ、クラゲを眺めて少しの間、のんびり時間を過ごして土産物コーナーへ。


「大貴、大貴!」

「なに?」

「これ」


 なんだか妙ににこにこして指さす先を見ると、ペンギンが抱き合うぬいぐるみがあった。→参考画像 https://shimoda-aquarium.com/facility/souvenir-shop/


「これ、あたしたちみたいだよね」


 まあ、こんな風に抱き合う姿ってのは、確かにそう見えるのかもしれない。


「買おうよ。あたしの分と大貴の分でふたつ。青いのが大貴。ピンクはあたしだね」


 微笑ましく抱き合うペンギンはまあ可愛いと思う。

 ひとつ千二百円……。まあ記念だと思えば。

 ルンルン気分の明穂をよそに財布の中身を気にする俺だった。


 海中水族館を後にして伊豆急下田駅へ戻り、下田ロープウェイを使い寝姿山へと。


「見晴らしいいね」

「確かに。暑いけど」

「明日は海水浴だから。あ、そうだ。今日泊まるところってどのへんかなあ」


 双眼鏡を覗いてみれば見えるかもしれないけど。

 宿の名前はわかってるし、地図上では確認してはいるけどね。


「たぶんここより東側だと思うんだけど」

「どれどれー」


 探してるみたいだけど、ちょっと小高い場所にあって、見晴らしのいい宿らしい。

 だから見えなくはないと思うんだけど、どれ、と特定できる訳じゃなかった。


「残念」

「どうせこの後泊りに行くんだし」


 そろそろ下りて宿に向かうことにした。

 でも、帰りのロープウェイの中で「脱童貞」とか「脱処女」とか、ぼそぼそ言うのはやめて欲しい。他にお客さん居るし恥ずかしい。

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