Epi19 応募作品は完成した

 逸る明穂を宥めすかして、と思ったらメッセージだと面倒臭くなったのか、電話がかかってくる。


『大貴。初夜は寝ないでやるんだよ』

「だから、無理だってば。次の日の行動に支障が出るでしょ」

『大丈夫。最悪大貴は疲れたら寝てていい。あたしが搾れるだけ搾り取って、打ち止めになるまで大貴を愛し続けるから。寝てても反応はするじゃん』


 この人、変態です。

 性欲の権化は性欲過多で留まるところを知らないようで。


「あの、なんでそこまで固執するの?」


 暫し沈黙が続くと。


『わかんないけど、大貴と付き合うようになって、すごく不安になることが多いのかも』


 不安?

 ひょっとして俺が原因なのか? だとしたら明穂に安心感を与えられてない。でも、それはどうしたらいいかなんて、俺にはさっぱりわからないし。ただ、考えられるのは、俺が不甲斐無いから明穂が不安を抱えて、肉体的な接触を求めちゃうって、そういうこともあるのかな。


「それって、やっぱ俺が原因だよね?」

『大貴に原因を求める気は無いんだけど、ただね、大貴は自己肯定感を持て無さすぎて、そうなるとね、いつか離れて行っちゃうんじゃないかって』

「離れる気なんて無いけど。自分を肯定しきれないのはあるかも」

『大貴に自信をつけさせればきっと治まると思う』


 やっぱ俺に問題があるんだよね。自信過剰だと困るだろうけど、まったく自信が無いのもこれはこれで、不安の原因にもなるんだろう。結局、俺自身がしっかりしないと駄目ってことなのか。そうは言っても急には変われないし。


「明穂と二人三脚で歩めば少しずつでも前に進める、とは思う。ただ、急に自信を持てるかってなると俺もわかんないし。俺もどうすれば自分に自信が持てるかわかんないから」


 暫し沈黙が続くけど。


『自己評価の低さは、今までの家庭環境とか学校も含めてだと思う。だからね、少しずつでも改善したい。今は不安になって大貴を求めちゃうけど』

「なんかごめん。俺、明穂がそんな風に悩んでると思わなくて。俺がしっかりすればいいんだよね」

『そうじゃ無いんだよ。気負っても今までが今までだから、急に変われないことも承知してる。ただね、大貴にはもっと前を向いて欲しいから、あたしが大貴に自信を付けさせればいいだけ』


 俺に自信を付けさせるために、いろいろ考えて行動してくれてる。それは感謝しなきゃいけないし、一方的に不安にさせてるのもなんか悪い。


「俺のためもいいけど、自分のためにって、もっと自分を大切にして欲しい。明穂は俺を励ましてくれるし、すごく愛してくれる。俺もそれに応えたいから無理しないで欲しい。」


 電話の向こう側で鼻をすする音が聞こえてきた。

 泣いてるのかな。


『大貴。愛してるよ』

「うん。俺も明穂なしじゃ居られないから」


 電話を切って思い返すと、学年五位以内とか結構努力してそうだし、吹奏楽部にしても期待に応えるために苦労しただろうし、人の気付かない部分で努力を積み重ねて、無理してきたんじゃないかなって思う。挙句、俺みたいな出来損ないと付き合って、それを励まし続けて自信を持たせようとして、負担ばっかり掛けてたんだろうな。


 あ、そうだ。

 こんな気持ちを全部小説にぶちまければ、今の俺が描けそうな気がする。


 夜通し書き続けた小説は午前五時に完成し、そのまま爆睡状態になってしっかり遅刻した。

 何度も明穂からの電話があったり、母さんが起こしに来たけど全然気付けず、午前十時を回った頃に目覚めて慌てて学校へ。


「大貴。起きれないほど何してたの?」


 母さんの疑問にはコンクール用の小説を書いていた、と正直に言っておいたけど、「無理してやるようなことじゃないんだから、寝る時は寝るようにしてちゃんと考えてね」と軽い説教を食らった。


 学校には十一時頃着いて、先生には母さんから体調不良で寝てて、良くなったから行かせたと、とぼけた言い訳で押し通してある。だから、先生も「まあ、今の時期は夏風邪もあるし無理すんな」と言われて済んだ。


 昼になると明穂の居る教室へ出向く。


「あ、大貴!」


 俺を見るなり眉尻が下がって目に涙を溜め、凄く心配そうな表情で駆け寄ってきた。そして、まあ、多くの生徒が見ている中で、猛烈な勢いでハグされてちょっとだけ呼吸困難に。

 他の生徒たちからは溜息と「またこれかよ」とか「見せつけやがって」とかいろいろ。毎回のことだからある程度慣れてきたみたいだけど、やっぱり見てらんないってのはありそうだ。主に俺に対しての文句だけどね。男子は明穂に文句言えないみたいだし。女子はどうなんだろ?


「もう。心配したんだから」

「ごめん」

「大貴のお母さんに電話したら、全然起きないし最初死んでるのかと思ったって」


 大袈裟すぎだってば。


 明穂と昼ご飯を済ませて教室内で向き合ってる。


「とりあえずコンクール用の小説はできた」

「見せてくれる?」

「えっと、パソコンの中」

「じゃあ、今日行くから」


 まさか、無いとは思うけど泊って行こうとしたりしないよね。

 放課後になって家に帰るんだけど、明穂はしっかり付いて来て、手はしっかり俺の手と絡み、腕もまたしっかり絡まされてさらに、胸元に顔を押し付けながらで歩き辛い。でも、今日は心配かけさせたからこれもやむ無し。


 家に着くとさっそく見せろと騒ぐから、椅子に座てもらって読んでもらう。


「大貴」

「えっと、どう、かな?」

「誤字脱字がすごいけど、等身大の大貴がここに居るってわかる」


 つまり、高校生ならではの悩みや葛藤が、きちんと表現できていて明穂としては、傑作だって言ってる。

 コンクールでどう評価されるかなんてわからない。でも、明穂にとって唯一無二の作品なのだとか。俺を見つめる目は尊敬も混ざってるのだろうか。でも、なんか怪しいんだよね、動きが。


「大貴」

「えっと、なに?」

「完成祝いやろうか」

「それって」


 まあ、もうここまで来ればなにをしたいかなんて、考えるまでもない。

 泊りがけで俺を愛し続けるってことだろう。


「ってことだよね?」

「理解が早くなって説明しなくて済むのはいい傾向だね」


 泊る気満々だし、食後に風呂入って身を清めたら、俺は貪れられるんだろう。でも、最後までは行かないけどね。それは旅行まで絶対お預けだから。

 明穂はルンルン気分でお義母さんに電話してるし、その会話の内容から「微妙かも」「大貴次第」とか、俺の方を見て「着替え無いんだけど」とか話してるみたい。


「大貴。下着買うから」


 そう言って無理やり連れ出され、明穂が下着を買うのに付き合わされた。


「同じものを明日穿いてはいけないし、洗濯しても間に合わないでしょ」


 制服のシャツはどうするのか、と思ったら俺のを着れないかとか言ってるけど、サイズもそうだし男性用と女性用じゃ違うし。袖を捲って着れば多少だぶだぶでもいいとかで、とりあえず着てもらったけど、うん、なんかだぶっとした格好が可愛いんだけど。袖を捲りだぶだぶシャツを着た明穂は、なんか抱き締めたい衝動に駆られる。と思っていたら、両手を広げるあのポーズだ。


 しっかり抱き締め合いました。


「ところで、今少し冷静に考えると、俺のシャツ着てるってことは、泊りましたと校内で公言したことにならないかな?」

「大貴。そんなの気にしちゃ駄目。あたしと大貴が深い関係なのは、みんな気付いてるんだから放置でいいんだよ」


 口にこそしないけど、見てれば誰でも気付くほどに二人は仲が良すぎて、張り付き方も尋常じゃないから、すでに経験済みだとまで思われてるらしい。

 まだなんだけど。


 その後、夕食の時に泊ると言って、母さんも明穂の両親が許可してるなら、ってことで許可されて、風呂も入ってしっかり蹂躙されて、部屋でもやっぱり蹂躙されて出涸らし状態の俺になった。


「大貴。旅行の時はもっとだからね」

「いや、無理」

「遠慮要らないんだよ。繋がるんだからきっと頑張れるよ」


 そういう頑張りはあんまり要らないと思う。過ぎたるは及ばざるが如しとか言うじゃん。初めてで飛ばし過ぎは無いと思うんだよ。

 と言ってみたけどそこは聞こえない振りをされた。


「楽しみだなあ。あ、コンクールもだからね」


 明穂は楽しみたくさんだ。

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