Epi18 それまでは封印する

 過去を思い出して気分が塞ぐなんて、ちょっとしたトラウマになってるかも。

 明穂が「多感な時期に家族がしていいことじゃない」って文句言い出したけど。とりあえず母さんは反省したみたいだし、互いに和解したから蒸し返さなくていい、と言っておいた。


「そう言えば、大貴のお父さんって会ったことない」


 言ってないしいつも家に居ないし。あ、でも不和で居ない訳じゃなくて、理由は単純なんだけどね。


「今、単身赴任で博多に居る」


 ベッドに並んで寝そべっている状態から、覆い被さるように明穂が俺に乗っかって、「今どき単身赴任させるなんて、古風って言うか時代遅れな感じの会社だね」だって。言いながら中に手を入れて遊ばないで欲しい。どこにって、それはまあご想像にお任せって奴で。

 俺の手も柔い感触に誘導されて、いいんだけど、いいんだよ。でも気が散るし自重したいから、少しは互いに遠慮を覚えた方が、と言ったところで無駄なんだよね。


「明穂。顔近い」


 こう言うと口塞いでくるし。

 で、なんか言い出した。


「大貴のお父さんにも挨拶しておきたいな」


 なんで、なんてことをここで聞いてはいけない。先を見越して父さんにも結婚の意思を伝えるつもりだろう。まあ、父さんの場合は面倒臭がって、好きにすればいいとか言いそうだけど。


「戻ってきたら、になるけど」

「行けないの?」

「往復の旅費だけで今回の予算の半分近く無くなるけど」

「いつ帰ってくるの?」


 盆休みに一回戻ってくるのと年末年始は家に居るみたいだけど、と伝えたら。


「じゃあ、お盆休みに挨拶しよう」

「いいけど」

「家族旅行とかないんでしょ」

「陽和があんな状態だから無いだろうな」


 あんな状態とは俺とは口も利かず完全無視。母さんとも会話が減って俺と立場が入れ替わった感じ。中学生だし受験控えてるし、遊んでる余裕はないこともあって、学校から帰ると部屋に閉じこもり、休みの日も部屋から出てこなくなった。

 別に母さんと一緒に陽和の悪口言ってる訳じゃない。接点が急に減ったって言うだけで。


「反省はないんだ」

「しないでしょ。今も悪いのは俺で母さんは裏切り者扱いだと思う。あとは父さんが帰ってきた時にどう出るか」

「あ、萎えた」


 それは陽和を思い出したり母さんの顔を思い浮かべたからで。


「これじゃあ楽しめないじゃん」

「変な話題振るからだと思う」

「じゃあ元気にする」


 明穂がじっと俺の顔を見つめてくる。手の位置は変わらずだけど。

 あんまり見つめられると照れるんだよね。この状態になると次は、もうある程度行動パターンが読めてきた。口で口塞いでます。

 そして口が離れると。


「塗りつぶそう。あたしで」


 危険な感じがしてきた。


「明穂。それはなし」

「なんで? 下ろさないと入れらんないよ」

「だからなしで。初体験記念は旅行先でってことじゃないの?」

「今やって旅行はその記念でも問題ないじゃん」


 明穂はやっぱりスケベだ。

 でも奪わせる気はないけど。


「なしで」

「大貴、硬いのはあれだけでいいんだよ。今はちょっと力抜いてるみたいだけど」


 明穂の頬が俺の頬に寄せられて、まるっきり猫のスリスリみたいだ。

 でも、これはこれでいい。なんか嬉しくなるし、安らぐし。


「そう言えば鼻血出なくなったね」

「免疫ができたんだと思う」

「上下で紅白の演出はないんだ」

「それは要らないと思う」


 その後、危うく明穂に食われそうになるも、難を逃れ? 時間も時間だし帰ることにした。


「大貴って、変なとこ意志が強いよね。もっともそれがあるから、浮気の心配もないかなって思う」

「絶対ないってば。俺を相手にしてくれるのって、明穂だけだから」


 浮気も何も明穂みたいなもの好きは居ないでしょ。

 校内の誰もが驚く不釣り合いカップル誕生で、俺は男子のヘイトを買いまくってるわけだし。そのうち刺されるんじゃないかって、そっちが心配だよ。


「コンクールで賞を取ったり、出版されたりしたら大貴の魅力に気付く子も居るはずだよ。今は表面的なものしか見えてないから、あんな奴扱いしてるけど」


 それは無いって断言してもいいけどな。なんで明穂が俺なんかを選んだのか、今も不思議なんだし。野球部、サッカー部、テニス部とか爽やかかっこいい系男子もたくさん居て、成績優秀で顔が良くて頭のいい奴も居て、俺なんてやっぱ底辺だし。


「変わり者だよね。明穂って」

「まだ自己評価が低いんだね。でもきっと、賞を取ったら変わると思う」


 成功体験があれば自信も付くとは言ってる。

 これまで無かっただけじゃなく、家族にまで蔑ろにされてたから、自己評価が低かったけどひとつ、なにかあるだけで劇的に変われると明穂は胸張って言ってた。ついでに胸もよく揺れるんだけど。ノーブラだから。


 帰って欲しくないってのがよくわかる行動。玄関前ではなかなか俺の腕を離さないし、体をぴったり寄せて俺を見上げるその表情。寂しげで「なんで泊ってくれないの」と、猛烈に訴えてる。


「旅行までは我慢した方がいいと思う」

「お父さんもお母さんも、なに遠慮してるって言ってたじゃん。好きなだけ泊って好きなだけ貪ればいいのに」

「年齢を少しは考えようよ。大人になったら好きにできるんだし」


 こういう時の明穂は俺より遥かに子供っぽい。唯一俺と明穂の立場が逆転する感じ。普段の大人っぽさとか、優れた観察眼とか見抜く目とか、全部どっか行っちゃうんだもん。


「駅まで一緒は?」

「それだと明穂は俺を見送って一人で家に帰ることになるし、それはそれでその格好だと問題が多いと思う。夜は物騒でなにがあるかわからないから」


 胸ゆらゆらさせて街を歩かせるわけにいかないし、しかもノーパンだし。変態とかに襲ってくれって言ってるようなものだし。明穂は男の目を引くから正直、夜に一人歩きさせるのは怖い。

 で、両手を広げて変なポーズ取ってる。これはあれだ。


 ぎゅっと抱きしめてキスして頬のスリスリをして、またキスして離れると、名残惜しそうだけど玄関先で見送る明穂だった。

 本音で言えば俺も明穂の傍にいつも居たい。でも、それは高校生の付き合いじゃない。だからここは耐え忍ぶしかないと思う。大学生になったら明穂と一緒に生活すればいいことだし。それまでは我慢我慢。


 家に帰ると母さんに明穂と旅行の件を話しておく。「ちょっと待ってて」と言われ待っていると「これ」と言って手渡されたのは、封筒だった。


「さすがに全額持ってもらう訳に行かないから」


 中を確認すると「今用意できるのがそれ」だそうだ。

 無理しなくてもいいとは言ってみたけど、そのくらいの余裕はあるんだから、先方に負担掛けないように気遣わせて欲しいと。


「家族旅行ずっとなかったでしょ。だからその分使わずに貯めてて、これでも結構へそくりあるから心配要らない。しっかり楽しんできなさい」


 恭しく受け取って部屋に戻って数えたら、きっちり五万円。

 親同士の見栄の張り合いでもあるのだろうか。


「初体験が済んだらお赤飯でも炊く?」


 と言われたけど、それは勘弁して欲しいと言っておいた。大学合格とかじゃないんだし、そこまでめでたい訳じゃないし、普通多くの男子はどこかで卒業する訳だし。

 逆にそんなことで赤飯とかいって祝ってると、俺が女子と経験することが、大学合格並みに難関だって言ってるに等しいんじゃ、って言ったら「それもそうか」となった。


 母親相手にそういう話題は恥ずかしいから、避けて欲しいんだけどね。


 部屋に戻ってスマホを見ると明穂からのメッセージが入ってる。


『いつ行く? あ、いくのはね、旅行先で思いっきりだよ』


 前半はスケジュールを決めたいのだろう。後半のは欲望全開、明穂らしいといえばらしい。

 俺はいつでもいい。明穂の都合を優先できる、とメッセージを送信したら。


『七月二十五日からでいい? それでね、初夜は長いから覚悟してね』


 日にちはそれでいいとして、初夜とか、新婚旅行じゃあるまいし、しかも長いって言われても、こっちの体力には限界があって、夜通しとか翌日に影響出るのも無理だし、いきなりケダモノになりきらず、そこはゆっくり育もう、って返した。

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