Epi17 はじけてみたい夏休み

 夏休みという大きな連休が間近に控えている。

 薄着になって目のやり場に困ることも多くなるこの季節。勿論、それは明穂も例外じゃない、どころか、家に行くとわざとだろう、誘惑すべくノーブラタンクトップに短パン姿だ。明穂のお父さんにとっても目の毒だと思うんだけど、そこは一緒に居る時は上に一枚羽織って隠すという、なんとも父親泣かせな塩対応だった。


「明穂」

「見ていいんだよ」

「じゃなくて、ひょっとして短パンの下もまさか」

「穿いてないよ。足広げると具が見えちゃうんだよ。大貴はそれを見る権利があるんだよ」


 具とか言ってるし。

 胸元はゆらゆらしててつい目が追ってしまうし、足もわざと広げてみたりベッドに寝そべってみたり、どうあっても俺と繋がろうとする魂胆が丸見え。

 ここで折れてしまうと両親の期待に応えられない、そう考えれば血の涙を流してでも耐えるしかない。

 そうじゃない。


「八月はコンクール作品の応募が始まるんだよね」

「受け付けは十九日からだけど、今のペースなら間に合うでしょ」


 一編は仕上がって明穂に校正校閲を頼んでいる状態だ。

 もう一編は少し難儀してるのが現状。高校生らしい悩みと葛藤を描く、として書いてみたけどなんか中二病みたいな感じになってる。これ、モデルが俺自身だからかもしれない。明穂だったら等身大もいけたかもしれないけど、俺に女子の心理は描けないから、精神年齢を押し上げる必要がある訳で。


「大貴はね、すごく幼い部分と年食った部分が同居してるの。そのアンバランスさを描けばいいと思うんだ」


 ありのままの自分を出せばそれで高校生らしさは出るのだとか。

 むしろ幼い部分だの年食った部分だの、意識すればするほど中途半端な人間像になるらしい。

 明穂はまじめなことを言っている時は、あの性豪ぶりが嘘みたいに鳴りを潜める。

 でも、ベッドでごろごろしながら言ってるから、あんまり説得力がないんだけど。


「本格的に暑くなってきたら裸で過ごすのもいいよね」


 なんか言ってる。

 まじめな話をしてたかと思えば、突然おかしなことを言いだすのもすでに慣れっこだ。


「大貴もだよ」


 丁重にお断りします。

 なんで明穂はこんなにも性欲が強いのだろう。前も思ったけどその理由はまだ教えてもらってない。

 思うに「ニンフォマニア」って奴なんじゃないかとか。辞書に載ってたから調べたら、ちょっと興奮しちゃってそんなのもあるんだって。気分障害なのかもしれないけど、それを言ったらどう反応が返ってくるかわからない。だから言わない。

 現実に遭遇するとこれはこれで困ると理解したけどね。もし明穂がそうならば。


 明穂の家で夕食をご馳走になってると、お義父さんから耳元で呟かれた。


「まだやってないのか?」


 これはどっちの意味だろうか。手を出していないことを良しとするのか、手を出さないのは不自然だとするのか。

 お義父さんの表情から察するだけの観察力は生憎ない。

 でも次の言葉で理解した。


「別にやるなとは言ってないんだから、明穂が望んだらその時は応えてやってもいいんだぞ」


 そういうことなんですね。

 ひょっとして明穂から言われたのかもしれないし、お義父さん自身が感じ取ったのかもしれない。追加の文言で食べてるご飯を噴いたけど。


「最初のうちは猿みたいになるかもしれないけどな。中はいいぞ」

「あ、大貴。汚いって」

「なんか男同士でバカなことでも言ってたんでしょ」


 明穂のお義父さんはへらへら笑ってるだけだし、明穂はなんだか怪しい笑顔だし、お義母さんはたぶん想像が付いてると思う。


「最近泊っても行かないから、大貴君の鋼の意思を確認できたってことで、解禁してもいいんじゃないの?」


 この家に入り浸るようになって二か月以上経過してる。泊ったのは最初の一日だけ。以降は必ず帰ってるから誠実さを見て取った、と思っちゃうけど。


「明穂が煩いからさっさとやった方がいい」


 やっぱそうなんだ。明穂がお義父さんに言ってるんだ。俺の場合は誰かに猛烈に背中を押されないと、ちっとも踏ん切り付かないって、そう思われてるから手を打ってきたってことだろう。

 それにしても大事な娘じゃないのかな。そうなんでもほいほいくれてやる、そういうものじゃないと思うんだけど。


「もうすぐ夏休みだしな。行きたい所とかあるんじゃないのか? 二人での旅行も許可するから楽しんでくればいい」

「家だと踏ん切り付かないなら、旅行先でもいいし、その方が記念になりそうだからね。いいと思うの」

「大貴。行こう。海でも山でもラブホでも」


 これを断るのは俺には無理でした。

 両親揃って押してくるし明穂はノリノリだし。


 夕食後どこに行くか検討することに。


「あんまり遠くは無理だよね」

「夏はやっぱ海かなあ」

「湘南とか?」

「近すぎるしあんな雑然としたところじゃ楽しめないじゃん」


 候補として伊豆とかどうかな、とか言ってる。お洒落なペンションとかホテルとか多いから、若い人が行くにも都合がよくて、観光施設も多く楽しめるんだとか。

 ここで問題があるんです。

 俺には旅行資金がほぼありません。今からだとバイトしても間に合わないだろうし、小遣いは毎月ほぼ使い切ってるから貯金もない。千円二千円程度ならなんとかなっても、万を超える単位になると手も足も出ない。母さんが小遣いで万単位で出すか、と言えばさすがに無理だろうし。


「あの明穂さん」

「なに? 改まって」

「とても言い難いんですが、小遣いがなくて旅行資金がありません」


 固まったみたいだ。


「明穂?」


 俺を見て動かなくなった、と思ったら。


「あたしが出す」


 いやいや、出すって言ってもいくら掛かるのさ。一万とか二万じゃすまないでしょ。


「お父さんに言って小遣いせびる」

「二人分だよ」

「初体験記念旅行だからって言えばきっと出す。出さない選択肢なんて与えない」


 最悪お母さんのへそくりから捻出してもらうんだとか言ってるし。

 家族に被害が生じるような旅行はちょっと遠慮したい。うちじゃせいぜい五千円が精一杯だろうなあ。その十倍は必要な気がするんだけど。

 ベッドから起き上がると直談判に行ったみたいだ。


「ちょっと待ってて。むしり取ってくるから」


 この行動力というか向こう見ずなところは誰に似たんだろ。

 少ししたらドタドタ激しく踏み鳴らしながら戻ってきた。


「今回だけってことで旅費は工面できた」

「え?」

「額聞きたい? 聞きたいでしょ? 聞きたいよね?」

「えっと、まあ、その」


 行先は伊豆、伊豆って言っても伊東あたりから伊豆下田まであるけど、伊豆高原から下田あたりまでの旅費を出すらしい。総予算は軽く計算してみても一人五万円。二人分で十万円も用意するって言ってる。金持ちだな。余った分でお土産よろしくと言われてるらしい。


「太っ腹というか、ちょっと考えられない」

「だから今回だけ。次は自分たちで行ける範囲でって。遠出したいならバイトして稼げって」

「だろうね。そもそも初体験記念旅行とか言ってる時点で、頭おかしいし」

「おかしくない。大貴にはなにかイベントがないと先進まないから、無理にでも連れ出す必要がある」


 性欲の権化がなにか言ってる。でも、脱童貞したらなんか違った風景が見えるのかな。妙な期待とかしない方がいいんだろうけど。


「プランを練ろう」

「プラン?」

「二泊三日だからね。ちゃんと行先決めないと無駄に動くことになるでしょ」


 確かに。

 あれかな、遠足の時の旅行のしおりみたいな。


「行ってみたい所とかある?」

「とくには」

「ないの? 熱川ババナワニ園とか、下田海中水族館とか、伊豆シャボテン動物公園とか」

「名前は聞いたことあるな」


 小さい頃は、まとまった休みが取れた時に家族で少し遠出もあったけど、中学二年の頃からは一度もないな。母さんや陽和に気味悪がられたのは、一昨年あたりからだったけど。勝手に読んで勝手に気持ち悪がって、それを母さんに言って一緒になってクズ呼ばわりだもんな。


「大貴。どうしたの?」

「あ、いやちょっと」

「過去を思い出したとか?」

「えっと、まあ」


 やっぱ、こういうところは鋭いんだよね。表情でわかるらしいんだけど。

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