Epi16 その理由が知りたい

 明穂の張り付き方や接し方は普通じゃない。

 強引な性格程度ならありがちではあっても、普段の生活の中で、場所を問わずべったり張り付くのは、やっぱりおかしいと思う。思うんだけど、その状況自体が嫌な訳じゃない。嬉しい気持ちもあるし恥ずかしさもある。でもやっぱ変だよ。


「あの、明穂」


 絡み付くが如く俺にべったりな明穂を見ると、顔を近付けて柔らかい感触が俺の口を塞ぐ。

 だから違うって。


「あ、明穂。あのさ」


 で、やっぱり塞がれた。

 今居る場所は駅前で衆人環視の中でもある訳で。こんなバカップルが居ない訳じゃない。でも、同じ高校の生徒も居る訳で、みんな遠巻きに眺めてるし。不潔、なんて言葉も聞こえない訳じゃないし。


「大貴の言いたいことはわかってる」


 口を塞ぐと言うことは言う気が無いってこと?


「じゃあ」


 だから口で口を塞がないで。


「いずれ話すから今は触れないで欲しい」


 そう言うことか。


 学校のある日は素直に家に帰ることにして、土日祝日に関しては午前中に明穂が家に来て、午後三時以降は俺が明穂の家にお邪魔する毎日だ。

 お泊りに関しては前回の一件以降、丁重にお断りしている。そのせいもあってか、張り付き方が尋常ではないのだろうと、勝手に思ってたけど、他に理由がありそうだし。


 コンクール用の小説は順調に仕上がってる。

 二人三脚で紡ぐ物語は幾度も調整して、短いながらも読み応えのあるものになってきているんだろう。明穂もこのできなら確実に賞を取れると断言してるし。

 とは言え、それに関しては他にもっと優秀な作品がある、その可能性は排除できないわけで、必ずしも受賞するとは限らない。


 土曜日の午前中、いつも通り明穂が来て俺の部屋で、最後の仕上げに掛かってる。


「いい感じだと思う。やっぱ大貴は大作家になれると思うんだけど」

「無理だと思う」

「なんで? これだけ書けてどうしてそう思うの?」

「いや、だって、世の中広いし才能で言えば、幾らでも優れた人は居ると思うし」


 明穂は少し呆れ気味に「まだ弱気なんだね」と言うけどさ、俺程度の作家志望なんて掃いて捨てる程居ると思うし。

 自信が無いと言うより弁えてると思ってもらえないのかな。


 それと、やっぱり後ろから俺の首に手を回して、しっかり密着状態なんだよね。

 胸思いっきり当たってるし、押し付けてるし、動かすし……。


「大貴」

「えっと。なに?」

「今日は泊って欲しいな」

「駄目だって。羽目外すなって言われてるでしょ」


 部屋で風呂でベッドでって、もう羽目外してるどころじゃ無いでしょ。

 行き過ぎてれば必ず制止されて、出入り禁止されるのがわかり切ってる。たぶんその辺はちゃんと見てるはずだから、きちんと自制できてるかどうかも。

 と何度か言ったんだけど、そのたびに悲しそうな表情するから、つい甘くなりがちだけど、やっぱ線引きは必要だからそこは我慢してもらってる。


「大貴。もう飽きたんだ」

「違うって」

「じゃあ泊まってってよ」

「だから――」


 また口塞ぐ!


「泊って行こうよー」

「駄目だってば。両親だって呆れちゃうでしょ。禁止されたらどうするの?」

「そこはそれ、バレない程度に繋がればいいと思うんだよね」


 そうじゃないってば。

 まだ繋がってないけどね。


「大貴」

「なに?」

「まだ最後まで行って無いんだよ」

「それは、まあ、そうだけど」


 明穂の家でもここでもだけど、どうにもその先へ進むには勇気が足りないと言うか、周りが気になると言うか。最後まで行けば明穂の両親には確実に知れる訳で。うちだと母さんや陽和も知るところになるだろうし。陽和はともかく、母さんに知れると恥ずかし過ぎるし、それは明穂の両親にしても同じだし。

 ついに手を付けやがったな、的に見られると恥ずかしさで顔も見れないだろうし。

 もうひとつ懸念事項が。


「仮にさ、最後までやったとして、明穂は我慢できるの? 普段の生活の中で」

「いくらあたしでも四六時中大貴と繋がるなんて無いよ。大貴のが萎れたままになるじゃん。打ち止めもありそうだし」

「いや、あの、そうじゃなくて。泊まる度にしてたら、やっぱいい顔しないと思うよ」


 実に残念そうだ。

 俺の頬に明穂の頬が押し付けられて、これまたなんとも言えない感じだけど。


「あ、三時になったからうちに行こうよ」


 もうそんな時間だったんだ。

 出かける準備をして部屋を出ると陽和とばったり出くわした。こっちをチラッと睨みつけると部屋に入ったけど。


「嫌われてるね」

「仕方ないよ」


 俺としては居ないもの、として扱うことにしてるし、どうせまともに会話もできないし。考えてみれば仲が良かったのも俺が小学生までだった。中学に上がる頃には少しずつ距離を取って、変態小説を見られたことで決定打になり、以降は完全に見下すだけ。


「友達とか多いのかなあ」

「少なくはないと思うけどよく知らない」


 俺が例外的に友達が居ないのであって、陽和にはそれなりに居るんだろう。


「誰かきちんとお説教した方がいいと思う」

「尊敬する人じゃないと聞かないでしょ。明穂もあんまり羽目外してると説教してもらうよ」

「あたしはいいんだよ」

「よくないでしょ。明穂のお母さんも言ってたけど、成人したら好きにすればいいって。でもそれまでは節度を持たないと」


 ちょっとむくれ気味だけど「大貴が説教してる」とか言って、大げさに驚くポーズを取らなくても。

 母さんに明穂の家に行ってくると伝え家を出た。

 この前は勢いに流されて泊ったけど、それ以降は泊りはなくちゃんと午後九時には帰宅してる。それもあって母さんも快く送り出してくれていた。


「大貴は最近冷たいな」

「なにそれ」

「釣った魚にエサはやらないんだ」


 釣られたのは俺で釣ったのは明穂だと思う。


「俺は釣った覚えないんだけど」

「あたしが釣られて告白したんだよ。釣ったのは大貴じゃん」


 絶対違う。

 告白というエサで一本釣りされた俺が、地面に埋められたガチョウの如く、無理やりエサを食わされ続けてると思うけど。いい具合に脂肪肝になったところで、ご馳走だとして頂かれるんだろう。

 そのご馳走にありつけなくて、欲求不満なのが明穂なんだろうな。


「ってことじゃないの?」

「大貴って時々変な例えをしてくるよね」

「的確だと思ってるんだけど」

「じゃあ大貴はフォアグラなんだ。そうかそうか。じゃあ、よく育ったところだし、今夜はしっかり食べないとね。きちんと剥いて奇麗にして元気なうちに捌かないと」


 またその気になってるし。

 ここで俺が理性を保ち続けてお断りしないと、歯止めが利かなくなるのは目に見えてる。これまでは流され捲って明穂のなすがままだったけど、両親の印象が悪くなる前に線引きだけはしとかないと。


「明穂」

「ん? なに?」

「ないから」


 急に立ち止まらないで欲しい。そして目を剥いて俺を見ても覆らないんだよ。


「大貴」

「なに?」

「入れないの?」

「うん」


 往来のど真ん中でしゃがみ込まないで欲しい。

 俺を見上げるその目が語るのは、「なんであたしの処女を放置してるのか」って、問い掛けてるんだろう。次のステップへ行けないことで少し苛立ちもあるのかも。


「大貴はあたしにたくさん借りがあるのに、それを一切返さず自分の都合を押し付けるんだ」


 借りはあるけど、それとこれとは別だと思う。返す形の問題で。


「違う形で返せばいいと思う」

「あたしの望む形がいい」

「それだと俺、明穂との交際を禁止されるよ」

「大丈夫だって」


 明穂の両親は口うるさく言う感じじゃない。だからこそ、こっちが試されてるんだと思う。無言の圧力に気付ければ交際も自由にしていいとなるし、それに気付けず好き放題やってれば当然禁止されるだろう。明穂だってそれを理解してると思うんだけどな。余りある性欲が勝って盲目になってるのかな。


 明穂の手を取って立ち上がらせると、抱き着いてくるし、しな垂れて口を塞いでくるし。


「ないからね」

「頑固だ」

「明穂もだと思う。でもさ、ほんとはわかってるんじゃないの? 俺より頭いいし人を見てるし。こんな調子じゃ近いうちに交際禁止されるって」


 項垂れちゃった。

 でも、わかってるはず。高校生らしい付き合いがあるってことも。

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