Epi14 当面の目標を立てる

 文芸部での評価はこれまでと一変し、部長だけに留まらず顧問の先生もまた、驚きと喜びで迎え入れられた。


「そこでだ浅尾。お前には全国高等学校文芸コンクールに、小説を出品してもらう」


 ここでも無茶苦茶がまかり通りそうだ。


「小説は四百字詰め原稿用紙三十枚以内。二編まで応募できるから、今から頑張って創作に励んで欲しい」


 俺の意見は?


「応募票とか必要な手続きはこっちでやるから、お前は作品の執筆だけに専念して欲しい」


 だから、俺はまだやるとも受けるとも言って無いんです。


「今回うちの高校からはお前と一年生のホープだけだ。他は残念だが俺の目から見ても基準に至らないからな」


 せんせー。俺はやると決めた訳じゃありません。


「質問はあるか?」


 やっとだし。


「あの――」

「受けないってのは無しだ。その才を燻らせるのは惜し過ぎるからな」


 あれ?

 俺、受ける気ないんですけど、それは却下なんですね。

 マジか……。


「本当なら我が校の才女たる三菅に何か書いて欲しかったんだが」

「先生。あたしは大貴のサポートなんで無理です」

「大貴? え、と。浅尾のことか? お前ら付き合ってるのか?」

「当然です。あたしが大貴の才能を発掘したんですよ。育てるのはあたしの仕事ですから」


 部室内が騒がしい。

 もう、なんでもぶっちゃけちゃう明穂だから、なんで俺なんかと付き合ってるんだって、文句言う奴とか部長なんか撃沈してるし。一番腹立たしいのはやっぱ女子の言い分。「浅尾なんてネクラオタクボッチじゃん。才女とか言われてるのに、趣味最悪なんだ」だってさ。俺だけに留まらず明穂まで貶してるし。俺がなにか言い返そうとしたら、明穂が遮って放っておけばいいって。

 後で聞いたら「どうせ脳みそラノベ脳だから、深く読み込むだけの能力無いんだよ」だって。

 上っ面しか見れないから、その奥にあるものを読み取れない。だから書いてる小説もラノベが限界で、それも支持を得られないんだって、逆に散々な物言いだった。


 辛らつなんだよね。明穂って。

 でも、的確に物を見抜く力があるのは確かだと思う。

 俺はそれで救われてるし。


「コンクールで賞を取れたらお祝いだね」


 ちょっと浮かれてる明穂が居る。


「でもまだ賞なんて取れるかわかんないよ」

「大丈夫だって。必ず最優秀賞取れるから。あたしが太鼓判押してあげる」

「いやいや、いくら明穂でも」

「大貴の才能を見抜いたあたしの目を信じた方がいいよ」


 なんか俺以上に文芸部での評価が上がったことが嬉しいみたいだ。挙句「最優秀賞取れたらあたしを三日三晩好きにしていい。優秀賞で一日好きにしていい。もちろん、夜通しだよ? 褒美としてはいいと思わない?」とかもう、なに言ってくれてるのって感じで。「全裸で夜通し尽くしまくるんだよ。嬉しいでしょ」じゃないってば。「どんな要望も聞いちゃうよ」とか、明穂の欲望だけがストレートに出て来てて、しかも全部シモ方面ばっかりだし。

 そりゃ俺もそうなるといいなとか、少しは、ほんの少し、いや、かなりなんか望んじゃいそうだけど。


 あ、鼻血出て来た。


「大貴。興奮し過ぎ。上から赤いものが、下からは白いモノかな?」

「下は漏れてない」

「そうなんだ。紅白でめでたいとか思ったけど」


 そんな紅白は要らない。

 ティッシュを渡されて鼻に詰めて、少し頭を冷やしてから帰宅した。


「それでね、まじめな話。目標はもちろん最優秀賞だけど、二編応募できるから、テーマはそれぞれ変えて挑んでもらおうと思う」

「そこなんだけど、テーマって言われても、なにを書けばいいのかって」

「重要だからね。高校生らしいフレッシュな感性ってのを望むから、文章自体はあんまり凝る必要は無いと思う。もっと素直にストレートな表現の方が受けがいいんじゃないかな」


 テーマ自体はひとつは高校生の純愛。もうひとつは学校生活に悩む等身大の少年で決まった。


「純愛はあたしたちが参考に」

「ならないと思う。明穂は卑猥すぎるから」

「そんなこと無いと思うけどなあ」


 自覚無いし。

 明穂と俺じゃ十八禁になっちゃうでしょ。読む前に却下されて通報されそうだし。


「等身大は大貴を書けば問題無いよね」

「今は充実した感じだけど」

「あたしと付き合ってるからだね。その前の悩みとか書けばいいと思うよ」


 確かに明穂と付き合ってて、恥ずかしいことも多いけど楽しいし、毎日が充実した感じはある。でも、付き合う前は家族に疎まれて、クラスにも友達らしい友達は居なくて、小説も全然読まれなくて毎日が淀んでたかも。


 コンクール用の小説ができるまでは、俺か明穂のどっちかが、常にどっちかの家に入り浸ることになった。平日は無理だけど土日祝日とか重点的に。


「泊り掛けもいいと思わない? あたしの部屋」

「無理だってば」


 夜寝られるかどうかもわからないし、そもそも寝かせてくれるのかって。


「そうかなあ」

「例えば、最優秀賞を取った後なら明穂の両親も、才能ありって感じで多少認めるかもしれないけど、今はなんの実績もないただの高校生だよ?」

「婚約しちゃえば大丈夫じゃない?」

「それは、まだ先の話で」


 自宅最寄り駅で降りるはずだった。


「降りないの?」

「えっと」


 躊躇してたらドアが閉まった。


「大貴。泊まる気満々じゃん! いいよ。遠慮要らないし、あたしの部屋で一晩中乳繰り合おう」

「あの、そうじゃなくて、明穂の下車駅で折り返して帰るから」

「なんで?」

「いや、あの、泊まれるとは思ってないし、許可しないでしょ」


 なんでと来たもんだ。

 いきなり明穂の部屋で、ち、乳繰り、なんてできるわけ無いし、誰がそんなことを許すのかって話しだし。

 すごく残念そうだけど、その前にきちんと許可取って欲しい。無理なのは百も承知だけどね。アホな高校生を野放しにする程、両親も抜けちゃいないでしょ。まだお互いに一線引いておかないと。


 明穂の下車駅に着くと俺を改札へと引き摺ろうとする。


「大貴。行くんだよ」

「駄目だって」

「一緒に寝るんだよ」

「ちょ、恥ずかしいから外でそんなこと言わない」


 抵抗虚しく強制的に引き摺り出されたのは言うまでもない。


「あたしの家に帰るんだよ」

「泊りなんて許されるわけ無いじゃん」

「大丈夫だってば」

「もし泊まれたら明穂の両親の頭疑っちゃうって」


 俺の方は大丈夫としても女の子の親が、こんな冴えない馬の骨を本気で受け入れる訳がない。それでもコンクールで賞でも取れば、多少は違ってくるだろうけど、今はどう考えても無理だ。


 家まで来てしまった。


「夕飯なにがいい? リクエスト受け付けるよ」

「あの。帰っていい?」

「駄目。ここまで来て帰るなんて許さない」


 どこのラブコメだよ。

 家に引き摺り込まれる俺は、さながら蟻地獄に嵌った哀れな蟻だ。逃れようの無い恐怖に抗いつつも食われる運命だった。なんて。

 家に入ると明穂の母親が出て来て、ちょっと不思議そうな表情をしたけど。


「泊るの?」

「あたしの部屋でいいかな?」

「羽目外さないでね」

「わかってるってば」


 あれ?

 これは一体どういうことでしょう? 普通は「なにバカなこと言ってるの? あんたたち自分の年齢考えなさい。そんな関係になるのは大人になってからでも遅くは無いでしょ」って言うんじゃないの?

 明穂は俺の手を引いて自分の部屋に連れ込んで、「着替え持って来るね」と言って部屋を出た。

 どうすればいいんでしょう。人生最大の危機では無いかと。


 部屋に戻ってきた明穂は、ジャージ上下を持ってた。


「これに着替えて。制服しわになっちゃうから。あとね、お母さんが家に連絡したのかって。だからちゃんと泊まるって言っておいて」


 問答無用だ。

 手渡されたジャージは誰が着ていたものなのだろう。サイズは問題無いのかな。


「って! あ、明穂?」

「なに? あたしも着替えないと。大貴もさっさと着替えて」


 俺居るんだけど。

 今、目の前に繰り広げられる様は、もう卒倒ものです。と言うか正視できない。

 でも、視線が吸い寄せられるのはどうしてだろうか。


「大貴。着替えないの?」


 下着姿でなんか言ってる。

 促されて何だかわからない内に、制服脱いだら歓喜する明穂が居た。


 で気付いた。自分の状態に。

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