Epi13 文芸部での評価向上
文芸部で文化祭の時に発表する小説も書いている。
長編じゃなく主に短編。だから気分が乗ればそれ程時間をかけずとも書ける。中身に関しては誰にも評価されたことはないけど。
「文芸部の評価も一気に押し上げちゃおう」
「それは無理じゃないかと」
「なんで?」
「だって、俺だよ?」
明穂がちょっと怒り気味なのは気のせい、じゃなくて怒ってる。
「そろそろ自己評価を上げてもいい頃だと思う。今までは家族のせいもあって、自己肯定感を得られなかった。でも今はあたしが居て大貴は校内でも、注目を集める存在になった。だったら、もっと胸張って自慢してもいいんだよ」
主に明穂と付き合ってることを、とか言ってる。確かに明穂ほどの存在なら自慢の彼女だ。だからと言ってそれは明穂が凄いのであって、俺自体は明穂に張り付く、さながらザトウ鯨にへばり付いてるフジツボみたいなものだ。なんの自慢にもならない。
共生関係として考えれば、明穂に群がる害虫、即ち男の排除をし易いかもしれない。でも、俺の場合は下手すればフジツボ以下だ。明穂に極僅かな対価を与えて、自分が得るものの方が多過ぎるから。
ああそうだ、虎の威を借る狐とも言えるかもしれない。
「釣り合い取れてない」
「まだそんなこと言ってる」
「でも事実だと思う」
「大貴は自分で思ってるより優れたものを持ってる」
それが小説だとか。
俺の小説で感動したと言って来たのは、後にも先にも明穂以外居ない。
「設定とプロットは手伝ってあげるから、短編二つか三つ書いてみよう」
「ひとつだけでもしんどいんだけど」
「泣き言は要らないから、設定から考えようか」
問答無用でした。
俺の隣で一緒に考えてくれる明穂。抱き締めたくなる衝動に駆られるんだよね。
あ、そうそう。先日母さんがお詫びだとして、なにか欲しいものをと言って、じゃあ、ノートパソコンって言ったら即買ってくれた。小説を書くためだけのパソコンだから、高価なものは要らない。安価でそれなりに使えればいい、ってことで四万円ほどのノートパソコンを入手できた。
その結果、ベッドに並んで座って執筆活動ができる状況に。
「良かったね。お母さんと和解できて」
「本心は知らない。でも、少しでも詫びる気持ちがあるなら、それはそれで受け取っておこうと思って」
「妹の方は?」
「全然ダメ。あれはもう諦めた。後で自分が苦労すると思うけど」
そのせいか知らないけど、陽和は母さんとも少し距離ができたみたいだ。以前ほどに親し気な会話も無くなってきている。きっと母さんに裏切られたとか思ってるんだろう。
「大貴」
「ん?」
「遠慮しないで抱き締めてくれてもいいんだよ」
なんで俺の思考は全部筒抜けになってるんだろう。「ついでにいろいろお触りもありだよ」とか言ってるし。小説どころじゃなくなるから、それはまたの機会にと言って小説の方へと意識を向けた。
短編小説の方は部誌への掲載が前提で、文字数は二千文字以内程度。ある程度形が決まれば書き上がるまでの時間は掛からない。
だからと言って適当だと今まで同様、誰も評価しないしただの駄文扱いになる。今回は明穂が居ていろいろ言ってくるから、かなり内容はまともだし、ラストへ向けての捻りもかなり効いた感じになった。
「完成だ!」
「表現するべき部分は手抜き無し、省くべき部分は上手に省けば、コンパクトにまとまった上質な文章になるって、理解できた?」
「すごくよく理解できた」
この内容なら文芸部の誰よりもできがいい、と明穂は言ってるけど、そこまでは言い過ぎな気もする。
部長はともかく今年の一年生に、とんでもない文才の持ち主が居るって、騒ぎになったくらいだし。読んでみたけど凄いのひと言だった。臨場感みたいなのが見事に伝わって来て、読んでいると思いっきり引き込まれたからね。
「あー、あの一年生の子?」
「うん。空気感とか臨場感とかその表現が凄かった」
「でも中身はない」
「え?」
どう言うことだろうかと訊くと「情景描写は確かにしっかりしてた。でもね、話の内容は大貴が読んでるラノベの域を出ない。あれだと大人は見向きもしないと思うよ」とまで言い切ってる。文学的表現とラノベの表現は異なるから、幾らスピード感とか手に汗握る展開を書いても、使われる文言は小学校レベル。だから感動は無いし読んでも飽きてくるのだとか。
「言葉が軽い」
「そう?」
「大貴の文章はそれとは真逆。チョイスされる単語がね深い。だからじっくり読み込むと感動するの」
その文言を使える感性こそが俺の武器だと。
「使いこなせないと浮いて来るんだけど、ちゃんと使えてるから浮かないし、馴染んでて違和感も無いの」
明穂は俺に自信を持たせたい。だから下手でも褒めるのかと思ってた。
「語彙が豊富なのかもね。どこで覚えたの?」
「えっと、全部辞書から」
「辞書を読むのが趣味とか、じゃないよね」
「それも趣味のひとつだった」
よくあるじゃん。思春期に辞書にあるちょっと猥雑で淫靡な言葉。あれらを見付けて密かに興奮してみたり。とは口が裂けても言いたくない。
「乳房とか陰唇とか? それ見て興奮してた?」
バレてるし。
「えっと……なんで?」
「だって、男子ならあり得るでしょ。男性って視覚情報の方がダイレクトに来るみたいだけど、妄想力に優れると言葉でも楽しめるし。あ、でも女性はね言葉で萌えるんだよ」
いやあの。なんの話をしてるんでしょう?
「耳元で甘い言葉を囁かれたり、ちょっとした気遣いの言葉とか、ちょっと淫靡さを漂わせる、ダイレクトじゃない言葉に萌えるの。覚えておいた方がいいよ」
ただし、と断りを入れて「受け手である女性に知性が求められるから、誰にでも通じるわけでもないんだよ」だそうだ。直接的表現より想像力を膨らませる言葉。それこそが響くのだとも言ってる。
「大貴はね、その点が優れてるの。みんな表面的な言葉を駆使してるつもりで、凄い文章とか言ってるけど、違うんだよね。そんなの全然響かない」
瞳。単純にその部位を表す言葉にも差があるんだとか。
「煌めくような瞳とか、ありきたりすぎてつまんないし。大貴はそれを表現する時にね、静寂を湛える湖面の如き瞳、なんて表現。比喩だよね。そのチョイスがいいの。だから他とは一線を画してるんだよ」
自分では気付かないって言うか、なんかそう言う表現を好んで使うのはわかってる。その方が文章が洗練された気になってたから。変態小説にはそんな言葉は使わない。流行り言葉で適当に書き殴ってたせいもあるんだろう。
適切な位置に適切な比喩表現がある。だから読んでいて楽しいのだそうだ。
「それって一種の才能だからね。だから自信を持っていいんだよ」
なぜか明穂が両手を広げて妙なポーズを取ってるんです。
「大貴」
「えっと。なに?」
「これ見てなにも思わないの?」
「えーっと……」
なんか頬を膨らませてるんだけどなんで?
「にぶちんにも程がある。こうしてるんだから、抱き締めてくれるのが正解でしょ」
そんな高度なことを申し出られても。
でも、いつまでもそんな格好をさせておくわけにも行かず、両脇より少し下に腕を這わせ、ギュっと抱き締めると明穂の腕も俺の体をギュっとしてきた。
なんか、あったかい。胸元にふわっとした感触があって、顔がすぐ傍にあって息遣いも伝わるし、でも、ヤバい。暴発しそうだ。
「スキンシップって大事なんだよ」
「えっと」
「求めてる時にすぐ応じてくれる、こんな雰囲気の時はこう、とかいろいろ言葉のチョイスと同じで、状況によって違うけど、できるようになるとね、あたしはすごく大貴を愛することができて、すごく安心できるの。だから気付いたら応じてくれると嬉しい」
明穂の顔が俺の方を向くと軽く目を閉じられて、その直後柔い感触が俺の口を封じてくれた。こういう行為は本気で愛してくれているんだと実感できる。
俺はそれにきちんと応えられるんだろうか。正直言ってまったく自信はない。それでも気持ちには精一杯応えたい自分が居た。
後日、文芸部で新生浅尾と称して、短編をお披露目すると俺に対する評価は一変した。
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