Epi12 本格的に取り組んで

「エッチする?」


 寸前までまじめな話をしていたはずなのに、話題が急変して思考もなにもかも吹っ飛んだ。

 明穂の顔を見るとにこにこ笑顔で、返事待ちなのか揶揄っているのか、さっぱりわからないし、考えがまとまらず視線も定まらないんだろう。なんかふらふらするし。


「大貴って、そっち方面ほんと弱いよね」

「あ、いや」

「いずれ誘ったら二つ返事で応えてくれることを期待して、今は我慢する」


 それでも「せっかく魅惑的な格好してきたんだから、少しは楽しめばいいのに」とも言ってるけど、何をどう楽しむのかなんて俺にはわかりません。


「太腿なでなでとか、その奥の方もなでなでとか、いろいろあると思うんだけどな」


 勇気が無くてごめん。

 でもいずれきちんと応えられると思う。もっと精神を鍛えないと相手もできないし、妄想に浸ってただけから現実を知るべきなんだろう。


「じゃあ、小説書いちゃおうか」


 そうだった。

 すっかりどっか飛んでたけど、土日は小説を仕上げるために費やすんだった。

 パソコンの電源を入れてサイトにアクセスして、編集ページを表示したら明穂からひと言。


「なんにも進んでないんだね」


 はい。

 まったくと言っていい程になにも進んでないのです。


「えっと、一応考えはしたんだけど、どうしても納得行かなくて」

「焦る必要は無いしこれだ、ってのが無いと書けないよね」


 椅子に座る俺の横に立つ明穂だけど、しっかり画面を覗き込んで距離近い。

 横を向いたらキスできそうな、そんな距離だけど、ここでキスしたら軽蔑されそうだ。


「!」


 なんで?

 俺の思ってることが見透かされてたのか。


「驚かなくても」

「だって、急に」

「真横にあるからいいかなって」


 なに考えてるのかつくづくわからない人だけど、まさかキスするとは思わなかった。柔らかい感触が心地良かった。でも、また無駄に反応して来てるし、なんか接触に弱過ぎる自分が嫌だ。


「あれかなあ。三人称だから書き辛いのかもね」


 また急に話しが切り替わったし。


「でも一人称書き易いけど、なんか幼稚な感じになるんだよね」

「書き方次第だと思うけどな。普通に思ったことを表現しちゃうと、設定した主人公の年齢に引っ張られるのと、書き手のレベルが如実に表れるから、どうしても幼稚さが出るけど」

「とりあえず一人称で書いてみる」


 プロットに従って書き出してみる。

 高校二年生でありながら進路が定まらず、両親からは早く決めろと催促され、数少ない友人からも「呑気だなあ」と言われる始末。そんな主人公の最初の行動。

 書き始めたら五百文字くらい一気に進んだ。


「なんかこれ」

「なに?」

「俺」

「だね」


 自伝かよ。まるっきり俺じゃん。そもそも設定の段階でなんか俺みたいだな、とか思ってたけど、書いてるうちに間違いなく俺だと認識できた。

 明穂もわかっててプロットに口出したのか?


「あの、これってそう仕向けた?」

「他人のことをそう簡単に書けると思う? 自分に近い設定なら悩まずに思った通り書けるでしょ。ものの考え方、行動、悩み方に至るまでリアルになるじゃん」


 明穂曰く、「小説なんて自分の分身なんだから、変に飾ろうとしないで、等身大の自分を描いた方が自然になると思う」んだそうだ。


「カッコつけたり、飾ったり、無理したら面白みなんて無いと思うよ。自分の分身を精一杯表現した方が、訴え掛ける作品になると思う」


 一理あるにはある。

 ファンタジーやラブコメなんてのは、妄想の世界でしか無いし、単に受け狙いで次々騒動を起こせばそれで済む。単純化してしまえば読む方も楽だし。でも、明穂と一緒に書こうとしてる作品は違う。純文に近い人間ドラマだ。だったら変に飾らない方がいいのかもしれない。

 隣で画面を見つめる明穂と、思い浮かぶ限りの言葉を白い画面にぶつける俺。

 今さら気付いたことがある。


「明穂さあ、ずっと立ってると疲れるでしょ。ベッドに座ってていいんだけど」

「画面見えない」

「いや、あの、ある程度完成したら校正とか校閲を頼むから」

「大貴と距離が離れる」


 あのー。それ、どうすればいいの。

 えっと、明穂さん。一体何をしてるのですか?


「あ、あの」

「なに?」

「その、抱き付かれてる気がするんだけど」


 後ろから首に手を回して体を完全に俺に預けて、密着度合いが凄いんだけど。


「抱き付きたかったから素直に欲求に従っただけ」


 ほぼ後頭部よりやや下に、ふたつ感じる感触が気になり過ぎて、小説書くどころじゃ無いし反応しちゃって下半身が苦しい。


「ほんとは今反応してるそこに手を置きたいんだけど」


 俺の目の前に手を出して来て、にぎにぎしてるし。

 やっぱノートパソコンにしようかな。それならベッドで並んで小説書けるし……。じゃなくて! 気が散るどころじゃないし、その内取り出されて遊ばれそうな気が。

 それも期待しちゃいそうだ。じゃない! なんか、考えが流される。


「明穂さん」

「気になる? じゃあさ、スッキリしちゃえばいいんじゃないの?」


 誘われてるとしか思えないその言葉。積極的だとは思ってたけど、実は凄い性豪だとかってオチじゃ無いよね。もしそうならどうなるんだろう。なんかヤバい!


「大貴。これも精神修養だと思えば有意義だと思わない?」

「はい?」

「煩悩を振り払って集中すればいろいろ役立つと思うよ」


 蛇の生殺しだ。

 完全に明穂におちょくられてる。


「そんな耐性無いから無理」

「わかってた。反応早いしすぐ赤くなるし」


 明穂ってひょっとしてひょっとしなくてもサディスト? 真綿で首絞める趣味でもあるのか。


「生の感触だとどうなるんだろうね」


 暴発を繰り返して確実に死にます。


「聞くまでもないね」

「わかってるなら、少し集中したいんだけど」

「仕方ないなあ。大貴がウブだからあたしはベッドで待ってるよ」

「ぜひそうしてください」


 やっと俺から離れてベッドに腰掛けたみたいだ。


「あ、そうだ明穂……!」


 普通に座れないんですか? この人は。


「どうしたの?」

「だから……普通に座って欲しい」


 ベッドで体育座り。しかも脚広げてるから中央が良く見えて、眼福、じゃなくて目の毒なんだってば。

 俺が頭を抱えてるとケラケラ笑って、「好きなだけ見ればいいのに」とか言ってるし。少しは恥じらいを持って欲しいと願うのが、間違っているのでしょうか?


「今度は穿かないのもありかなあ」

「やめて」

「なんで?」

「死んじゃう」


 白い小さな布だけでも暴れて困るのに、無かったら即死案件だと思う。


 暫くして落ち着いてやっと小説に向き合えて、凡そ三千文字書き上がった時点で、明穂に添削指導を乞うことに。


「うん。誤字脱字が凄いね。煩悩が多過ぎるんじゃないのかな」


 全部明穂のせいだ。あんな格好を何度も見せられたら、気が散るなんてもんじゃない。


「ここ、ここ、ここも、それとこっちは誤用だし、辞書引いて都度確認した方がいいよ」

「はい」


 修正してる最中に「感情表現がいいね。やっぱり大貴の本領はここにあると思う」だそうで。


「十万文字にはまだ程遠いよね」

「原稿用紙二百五十枚分くらい必要」

「書いて書いて書き捲るしかないね。あ、一人でかくのも時々はあっていいと思うけど、無駄に出すならあたしに頂戴ね」


 なに言ってるんですか、明穂さん。

 意外と下の話が好きなのか、とにかくやっぱり開けっ広げな性格なんだ。


「明穂って、俺の変態小説、普通に読めるんじゃ?」

「大貴の小説は全部読んだけど、ちょっと違うんだよね。女子目線で書いてあればたぶん、うんと感情移入できると思うけど、男子目線だからあっちもこっちも変。少し女心を理解しないと共感できないんだよね」


 それは無理難題って奴だと思う。


「だから、あたしが教えてあげる。心も体も。そうすれば変な小説がランクアップすると思うよ」


 妄想だけではリアリティすらない。女性どころか経験した男性にすら、共感を得ないのだから読まれるはずもないと。それを読んで面白がるのは、女の子をまったく知らない童貞くらいだとか。

 明穂に掛かると男子総なで斬りされてる感じになるかも。


「辛辣だよね」

「事実だし」

「もう少しオブラートに包んでくれても」

「それじゃ意味無いもん」

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