Epi11 母と息子の関係性は
夕飯の時間になったと思う。
でも、陽和が居ると思うと不愉快だから、その時間帯にダイニングへは行かない。一時間半はずらさないと遭遇してしまうから。でも、その時間に行くと食事は無いんだよね。結局、冷蔵庫にあるものか、カップ麺をすするのが日課になりそう。
明日からは朝と昼は持って来てくれると言ってた。明穂の気持ちが嬉しい。
部屋で少し勉強してから、小説に手を付け始める。
先日明穂と一緒にプロットを完成させて、少しだけ書いたけどしっくりこない。また初めから書き直してみるけど、何度やっても納得行かないし、書きたいのはこんなことじゃない。もっと心の奥底から湧き上がる、なにかが今は足りて無いんだろう。
仕方なく一旦終わらせて、久しぶりにラノベに目を通してみる。
「この小説、凄い評価だな。こっちも。そして俺の変態小説は相変わらずのゼロ」
比較してなにが駄目なのかと確認しても、その違いはさっぱりわからないし、なんでこんなにも差が出てしまうのか。
文章自体に大きな差は無いし、展開にしてももたつくことはないはず。セリフも多く取ってやり取りも軽快だと思ってる。地の文は最小限。いちいち説明もしないし。
「わっかんねー!」
自分に足りてないもの。いくら考えても答えは出ない。
深い溜息しか出なかった。
こんなこと、言いたくないし思いたくもないけど、明穂の言う通り読者が未熟なのかなあ。でも、中には緻密な描写の作品だって読まれてる。だとしたらやっぱ俺の問題だよなあ。
なんて考えてたらドアがノックされた。
勿論シカトだ。いちいち出て不愉快になる理由がない。けど、ドアの向こう側から声がする。母さんだ。言ってることは「ご飯食べに来て。ちゃんと用意してるんだから」だそうだ。
陽和が居るんじゃ食べに行けるわけがない。
暫くしたら離れたようだ。と思ったらまたドアがノックされ、「夕飯、ここに置いておくから、ちゃんと食べてね」だそうだ。ドアの前に置いてったようだ。
うーん。この状況ってヒッキーだよね。ヒッキーじゃないけど。
離れたのを見計らってドアを開けると、そこにはトレーに乗った夕飯があった。そして紙切れも一緒に置いてある。
さっと部屋に引き込んで食事をしながら、紙切れを開いてみると。
『大貴。ごめんね。母さんバカだった。もっと大貴を大切にしてあげればって、今になって気付いて。でも、それでも大貴は愛する大切な息子だから、機嫌が直ったら一緒にご飯食べようね。あと、お弁当。作ってあったのに今日置いてった。大貴のことを考えて作ってるから、明日は持って行って欲しい。本当にごめんね』
母さんの言い分は考えるのを放棄した。
ほんとに今さらだよ。
俺に居場所なんて無かった。少なくともこの家には。でも居場所は明穂が作ってくれた。一緒に居ると恥ずかしいことも多くて、でも心地良くて安らいで、笑顔が素敵で俺に正面から向き合ってくれて。
翌日から暫くは家での食事は取らなかった。朝も昼も夜までも。弁当は明穂が持参してくることもあり、母さんが作った奴は置いてったからだ。
夕飯抜きはちょっときつい。でも、なんだか負けたみたいな気がして、部屋の前に置かれた食事はそのまま。できる限り家族と接触しない生活が続く。風呂は深夜にこっそり入ってた。朝は誰よりも早く起きて家を出る。俺にも意地があるんだってことを見せてやりたかった。
土曜日になると明穂を迎えに駅まで出向く。
合流すると状況を尋ねて来た。
「最近どうかな?」
「俺の方から無視してる」
「進展なかったの?」
「えっと、母さんの手紙はあって、謝ってたけど」
夕飯も食べてないと言ったら、「そんなところは、あたしの時もそうだったけど、凄い頑なな部分だよね」と言っているけど、確かに明穂の告白を信じないで、頭から無いと決めつけて言い分を聞かなかった。
「でもあんまり意地張ってると疲れちゃうよ」
「まあ、そこは否定できないけど。夜中腹減ってしようが無いし」
「食べておけばいいじゃん。毒盛られてるなら別だけど」
陽和はどうなのかも訊いて来る。
「あっちは駄目かも」
「まあ、あたしも妹の方にはなにも言ってないし」
「変わりそうにないなあ」
「じゃあ、あたしがきっちり説教しておこうか?」
それは止めた方がいい。他人の癖に家庭のことに首突っ込むなって、言われるのがおちだし、わざわざ憎まれ役を買わなくてもいいんだし。陽和の件はもう無駄だとして放置で決定。顔さえ合わせなければ影響はないに等しい。親は居ないと困るが妹なんて居なくても困らない。
そう言ったら。
「そう思うんならなにも言わないけど、辛くなったらあたしに言ってくれればいい」
「大丈夫。少し距離を置いたらなんか、悩んでたのもバカバカしくなってるし」
家に着き玄関を開けたら陽和が居る。
互いに目が合うと陽和が目を逸らしたけど、明穂を見て舌打ちしてた。
「あたしも嫌われてるね」
「あれは駄目だろ。もう坊主憎けりゃになってるみたいだし」
「ちょっとお灸据えた方がいいよ。あのままだと、対人関係で先々困ることになるし」
「いいよ。困るのは陽和だし俺じゃないし」
あんなに増長した状態じゃいずれトラブル起こすだろうな。
まあ、それもいい勉強になると思う。
部屋に連れて行くと早速ベッドに腰掛ける明穂だった。
「今日、スカート短いと思わない?」
はい。気付いてました。やけに短いなと。で、座るとね、眩しいんです。太腿が。
「頬ずりしていいよ」
「えっと、それはちょっと」
「なんで? いろいろ試せばいいのに」
と言いながら短いスカートを更にたくし上げようとしてるし。それ以上やったら見えちゃうし。目の毒すぎて思考が飛んじゃいそうだし。
「明穂。今日は小説書くんじゃないの?」
「それも目的のひとつだね」
「ひとつ?」
「もうひとつはね、もっと距離を縮めること。だって、大貴奥手すぎるから、挑発して誘わないと指一本触れてくれない」
なんて話をしてるとドアがノックされた。
「母さんかな」
「とりあえず出てみたら?」
という事で今日は心強い味方も居るから、堂々とドアを開けると、やはりそこには母さんが居て、トレーにジュースだの菓子だの載せて、済まなさそうに明穂に挨拶してる。
でだよ、お願いがあるみたいで明穂を貸せと言い出した。
「いいよ。少し話してくるね」
そう言うと俺の部屋を後にして、母さんと明穂はたぶんリビングに行ったんだろう。一人部屋に残された俺は仕方ないから、ジュースを飲んで戻って来るのを待つことに。
二十分ほどで戻って来た。で、開口一番。
「許して欲しいって。ほんとにバカなことしたって、凄く悔やんでるし、最後の方泣いてたし。妹に合わせ過ぎちゃって加減できなかった。だけど大貴が無視してると凄く悲しいって。いずれ出て行くのは当然だけど、それまでは親として見届けたい、そんな気持ちもあるからって、泣きながら言ってたよ」
かなり堪えてるみたいだったそうだ。「やっぱ息子は可愛いんだよ」と明穂も言うけど、俺としてはなかなか難しい問題だ。ずっと虐げて来たのは他ならぬ母さんだし。可愛いと思うなら、冗談で済ませられるレベルで揶揄っていれば良かったのに。
「あたしからはこれ以上なにも言わないよ。あとは当事者同士でどうするか決めればいいんだし」
まあそうだよね。明穂を通じてだけど母さんは伝えたいことを伝えた。後は俺がどう何を伝えるかだけだし。このままでもいいし、いっそのこと家を今すぐ出てってもいい。明穂は迎える気満々だし。
「あとね、妹のことだけど」
陽和の件もあったんだ。
「言っても聞かないから、どうにもならないって。たぶん第二反抗期なんだと思う。だから言うこと聞かないし逆らっちゃうし、あたしも少しあったけど、嵐が過ぎ去るのを待つしかないと思うって」
そう言えば、そんなのもあるんだっけ。
過ぎ去ればまた仲良くできる可能性もあるし、見聞を広めることで大貴が特別変態なわけでもなく、男の子としてごく普通なんだって、いずれは知るはずだからとも。
「大貴」
「なに?」
「エッチする?」
思考が一瞬で吹っ飛んだ。
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